1 侵入者の有無
病室と隣接する詰所との間には、常時開放されている扉と透明ガラスの大きな監視窓があった。病室の廊下側扉にも、透明ガラスの窓があった。詰所には、少なくとも4名の看護師が在室していた。死角はあるにせよ、病室が見えるところに看護師がいたこと、それにもかかわらず、いずれの看護師も、病室に入った第三者の存在を認識、指摘していないことを認定した。そこで、看護師詰所側扉、廊下側扉からの侵入を否定した。「バルコニーを通行すれば、病室内外からその姿を見られる可能性は十分あった。また、3階の廊下には、監視カメラも設置されていたし、バルコニーに出る窓、浴室への入口、非常階段への入口は、内側からとはいえ、通常は施錠されていたと認められるから、バルコニー側から開けることは難しいうえ、内側からこれを開錠してバルコニーに出るなどしようとすれば、本件病院の関係者および患者やその関係者に見られる可能性は、十分にあったものといえる」とした。高裁判決は、通常施錠されているバルコニーの掃出窓からの侵入の可能性も否定した。
2 医療従事者の過失の有無
院長が事故後に家族に「現状では多量の喀痰または分泌物が口腔または気切部から流出した場合にそれをティッシュペーパーで拭うことは日常によく行われている。分泌物の流出が多い場合に周囲の病衣やリネンが汚染しないように分泌物を吸収させる目的で患者の体上に敷いておくこともよくあった」と説明し、「今後はティッシュペーパーで痰を吸収させるような手順を禁止しようと思う」と述べたことを認定した。
病院が事故後に作成した再発防止策の一つに「分泌物および喀痰が多量であった場合にティッシュで拭う時は、拭ったその手で廃棄する」等と書かれていることを認定した。
そして、この事実から「看護師等本件病院の医療従事者が、患者が本件病室に戻った後に、気切部(スリップジョイント周辺)の汚れを取り、あるいは、痰を吸わせる意図でティッシュを詰めるという行為に及んでいた可能性は否定できない」と認定した。医療従事者がティッシュを除去することを失念して放置した過失を認めた。
3 心静止の原因
「患者は、本件カニューレに本件ティッシュが詰められたため、激しく流出し続ける粘性が強い痰が、本件ティッシュと本件カニューレとの間に付着した結果、本件カニューレが閉塞し、窒息となったものと認めるのが相当である」と認定した。「低酸素血症の兆候としてのチアノーゼの出現は、感度が低いとされているうえ、低酸素血症による中枢型チアノーゼがみられるのは、急性呼吸困難が発症し、努力呼吸、血圧上昇、低酸素脳症および脳組織への二酸化炭素の蓄積に起因するけいれん、心電図上の上室性期外収縮、非持続性心室頻拍が生じるころであり、心肺停止に至った場合にもこれがみられることについては、否定的な見解もある」として、「患者にチアノーゼがみられなかったからといって、その一事をもって、患者の心静止の原因が窒息であることが否定されるものではない」とした。
4 結論
高裁判決は、患者の死亡についての病院開設者の責任を認め、請求全額3000万円の支払いを命じた。
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