Vol.198 気切カニューレにティッシュが詰め込まれて窒息した事案

大阪高裁平成30年9月28日判決(平成29年(ネ)第1183号事件、判例集未登載)
協力「医療問題弁護団」 谷 直樹弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

誰が気切カニューレにティッシュを詰めたのか、患者はティッシュで窒息したのか、が争われた事件である。
1審(神戸地裁)は患者の請求を棄却した。2審(大阪高裁)は、請求を認めた。病院開設者が上告したが、最高裁は平成31年2月28日上告を棄却し、大阪高裁判決が確定した。

事実

脳内出血の入院患者(昭和19年生・男性)が平成23年6月29日、1階の検査室に運ばれ、3階の病室に戻された。この時、同病室には他に抑制中の2名の患者がいたのみであった。看護師と看護助手は、痰の吸引、おむつ交換、右上肢の抑制等の処置を行い、隣の看護師詰所に戻った。午後2時20分ごろ、別の看護師が、同日退院した患者の杖を探しに病室に入ったが、病室内に侵入者はいなかった。
午後2時25分ごろ、患者は、心肺停止の状態で発見された。5日前に装着された気切カニューレからTピースが外れており、カニューレの入口にティッシュが詰め込まれていた。
患者は、蘇生後脳症となり、裁判中の平成26年5月死亡した。

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神戸地裁判決

神戸地裁平成29年3月21日判決は、ティッシュを詰めたのが医療従事者とは言えないと判断し、請求を棄却した。
判決は、3階病棟には各病室および詰所を囲むようにバルコニーが設置されており、バルコニーを介して本件病室に侵入することも可能な構造になっていたと指摘した。
また、チアノーゼが本件患者にみられなかったことから、窒息を否定した。

大阪高裁判決

1 侵入者の有無

病室と隣接する詰所との間には、常時開放されている扉と透明ガラスの大きな監視窓があった。病室の廊下側扉にも、透明ガラスの窓があった。詰所には、少なくとも4名の看護師が在室していた。死角はあるにせよ、病室が見えるところに看護師がいたこと、それにもかかわらず、いずれの看護師も、病室に入った第三者の存在を認識、指摘していないことを認定した。そこで、看護師詰所側扉、廊下側扉からの侵入を否定した。「バルコニーを通行すれば、病室内外からその姿を見られる可能性は十分あった。また、3階の廊下には、監視カメラも設置されていたし、バルコニーに出る窓、浴室への入口、非常階段への入口は、内側からとはいえ、通常は施錠されていたと認められるから、バルコニー側から開けることは難しいうえ、内側からこれを開錠してバルコニーに出るなどしようとすれば、本件病院の関係者および患者やその関係者に見られる可能性は、十分にあったものといえる」とした。高裁判決は、通常施錠されているバルコニーの掃出窓からの侵入の可能性も否定した。


2 医療従事者の過失の有無

院長が事故後に家族に「現状では多量の喀痰または分泌物が口腔または気切部から流出した場合にそれをティッシュペーパーで拭うことは日常によく行われている。分泌物の流出が多い場合に周囲の病衣やリネンが汚染しないように分泌物を吸収させる目的で患者の体上に敷いておくこともよくあった」と説明し、「今後はティッシュペーパーで痰を吸収させるような手順を禁止しようと思う」と述べたことを認定した。
病院が事故後に作成した再発防止策の一つに「分泌物および喀痰が多量であった場合にティッシュで拭う時は、拭ったその手で廃棄する」等と書かれていることを認定した。
そして、この事実から「看護師等本件病院の医療従事者が、患者が本件病室に戻った後に、気切部(スリップジョイント周辺)の汚れを取り、あるいは、痰を吸わせる意図でティッシュを詰めるという行為に及んでいた可能性は否定できない」と認定した。医療従事者がティッシュを除去することを失念して放置した過失を認めた。


3 心静止の原因

「患者は、本件カニューレに本件ティッシュが詰められたため、激しく流出し続ける粘性が強い痰が、本件ティッシュと本件カニューレとの間に付着した結果、本件カニューレが閉塞し、窒息となったものと認めるのが相当である」と認定した。「低酸素血症の兆候としてのチアノーゼの出現は、感度が低いとされているうえ、低酸素血症による中枢型チアノーゼがみられるのは、急性呼吸困難が発症し、努力呼吸、血圧上昇、低酸素脳症および脳組織への二酸化炭素の蓄積に起因するけいれん、心電図上の上室性期外収縮、非持続性心室頻拍が生じるころであり、心肺停止に至った場合にもこれがみられることについては、否定的な見解もある」として、「患者にチアノーゼがみられなかったからといって、その一事をもって、患者の心静止の原因が窒息であることが否定されるものではない」とした。


4 結論

高裁判決は、患者の死亡についての病院開設者の責任を認め、請求全額3000万円の支払いを命じた。

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裁判例に学ぶ

看護文献に、気切カニューレの取扱いで、ティッシュで汚れを拭う、ティッシュを詰めるなどという記載はない。本件のような事故も報告されていない。
そこで、神戸地裁は、看護師が気切部にティッシュを詰めるはずがないと考え、争点になっていないバルコニーからの第三者侵入の可能性まで示し、請求を棄却した。心電図記録、詰められたティッシュ、防犯カメラの記録が破棄されていたことも、正確な事実認定を難しくした。
しかし、本件病院では、看護師が日常的に頻繁にティッシュを用いていた。通常のマニュアルにないことが行われた場合、事故が起きる危険性が高い。高裁は、丁寧に証拠を検討し、看護師は、気切部(スリップジョイント周辺)の汚れを取るなどの意図で、ティッシュを詰め、詰めたことを失念して退室したために、事故が起きたと認定した。
ティッシュを詰めている看護師がいることが分かれば、不衛生でもあり、危険でもある逸脱行為を止めさせるよう自浄作用が働くべきであった。
病院側は、気切カニューレに詰められたティッシュでは窒息しない、と繰り返し主張したが、事故の背景には、そのような誤った認識があったと考えられる。
なお、事故後に行われた院内調査は、風で飛ばされたティッシュが自然に詰まったという内容だったが、裁判では病院側も人為的なものであることを認めた。誤った院内調査が裁判を招き、解決まで時間を要することになったと考える。