Vol.200 胃がん検診を担当した医師に受診者に対して速やかにX線検査の結果を通知し受診指導をすべき注意義務違反が認められた事例

―検診結果の通知・受診指導は速やかに―

東京地裁 平成29年5月26日
協力「医療問題弁護団」松田 耕平弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者(男性・昭和9年生まれ)は、かかりつけ医として日頃受診していたA医師の診療所(内科、消化器科などを診療科目として標榜するクリニック)において、平成12年以降、年1回、胃がん検診(B市が実施する胃がん検診事業に係る個別検診方式)を受けていた。

平成23年7月16日、患者は胃がん検診(胃部X線検査)を受診したが、A医師は、穹窿(きゅうりゅう)部に隆起性病変あり、要精密検査と診断し、B医師会の二次読影を担当する読影委員会も、穹窿部にポリープ様隆起あり、要精密検査と診断した。

A医師は8月4日ごろまでには二次読影の結果を把握したが、患者には自身のX線の所見も含めて連絡せず、患者が9月7日にA医師を自ら受診した際に、検診で胃の穹窿(きゅうりゅう)部にポリープ様隆起が認められると伝えた。9月13日に胃の内視鏡検査を実施されたが、そこでも穹窿(きゅうりゅう)部にポリープ様隆起が確認され、病理組織検査の結果、胃がん、中分化型管状腺がんと診断された。

患者は総合病院を紹介され、諸検査を経た後の10月26日に胃悪性腫瘍手術(胃の全摘出手術)などを受けたが(後の外科手術後の診断はTNM分類T3N1M0、外科的ステージⅢA)、翌年(平成24年)5月11日に多発肝転移が出現し、同年8月2日に肝臓がんにより死亡した(当時78歳)。

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争点(本稿に関連する争点のみ)

A医師には、平成23年7月16日の胃部X線検査実施後、患者に対し、速やかに検査結果を通知して受診指導をすべき義務違反があったか否か。

判決

東京地方裁判所は、概要を次のとおり判示して、A医師の義務違反を認めました。

● B市の胃がん検診事業においては、個別受診方式で胃部X線検査を実施した医師が、X線写真の読影結果により精密検査を要するとの所見を得たときには、受診者に対し、速やかにその旨を通知するとともに、B市胃がん精密検査依頼書を交付して医療機関において精密検査を受けるよう指導すべきものとされている。

● X線写真からは明らかな隆起性病変が認められ、前年までのX線写真と比較して、その様相は急激に変化し、丈も直径も増大化が明瞭で、胃がんが疑われる所見であることは、各鑑定人の意見がほぼ一致している。

● A医師も、遅くとも平成23年7月21日までには、前年のX線写真と異なり、胃の穹窿(きゅうりゅう)部に腫瘤様の隆起性病変を認めて要精密検査との診断をし、同年8月4日ごろまでには医師会の二次読影を担当する読影委員会による同旨の二次読影所見を得ていた。しかも、前年度までの病変の大きさが実測で直径約10mmであったのに対し、平成23年では実測で直径約18mmと急激に増大しており、これまでと明らかに次元の異なる腫瘤様の占拠性病変である旨の認識を有していたことなどからすると、A医師は、X線写真から胃がんを疑う所見を得て、要精密検査との診断をしたものと優に推認することができる。

● 以上の点を踏まえると、少なくとも、個別受診方式による検査結果の通知などに係る仕組みの下では、胃部X線検査の結果、前年のX線写真より病変が増大化し、明らかな隆起性病変を認めるなど、当該医師が胃がんを疑い、二次読影の結果も踏まえて、精密検査を要すると診断した場合には、受診者に対し、速やかにその旨を通知して精密検査を受診するよう指導すべきである。

● A医師においては、遅くとも、読影委員会による二次読影の結果が判明した平成23年8月4日以降、速やかに診断内容を通知して医療機関において精密検査を受診するよう指導すべき注意義務を負っていたものと認めるのが相当である。

● A医師は、平成12年以来、患者のがん検診を行ってきたかかりつけの医師であり、患者の電話番号などを把握していたことが認められるのであって、A医師において速やかに患者に対して通知や指導することについて障害となるような事情もなかった以上、義務違反があったものと認めざるを得ない。

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裁判例に学ぶ

A医師が胃がん検診の二次読影でも要精密検査と判断されたことを知ってから患者に通知・指導するまでの期間は約1ヶ月でしたが、裁判所は、この約1ヶ月の遅れが、「速やかに診断内容を通知して医療機関において精密検査を受診するよう指導すべき注意義務」に違反するものであったと認定しました(ただし、速やかに通知・指導していたとしても死亡は避けられなかった可能性が高いとして賠償額は220万円と認定)。

裁判において、A医師側は、通常、検診の受診者に対しては2週間後に二次読影の結果が返送されてくることを説明し、そのころの再来院を指示しており、それ以上に個々の受診者に対して検診結果を通知し、または検診結果を聞くために再受診するよう積極的に連絡を取るべき法的な注意義務まではないなどと争いました。

しかし、裁判所は、平成23年の検診(胃部X線検査)結果は「それまでの検査結果とは異なり、明らかに胃がんを疑うべき所見であって、A医師も胃がんを疑って要精密検査との診断をしたこと、患者がA医師の診療所において、平成12年から10年以上にわたり、毎年欠かさず胃がん検診などの受診を続け、要精密検査の指導があればそれに従って精密検査を受診していたもので、かかりつけの医師であるA医師は、患者ががんの早期発見を強く期待していることを認識していたものと考えられることなど、本件の事実経過の下では」9月7日に至って診断内容を伝えたことは、患者に対し、診断結果を速やかに通知して受診指導をしたものとは言えないとして、A医師側の反論を退けています。

本件で裁判所がA医師の義務違反を認めた要素として、(1)B市の個別受診方式による胃がん検診では異常所見を認めた場合に速やかに通知・受診勧奨するよう定められていたこと(検診の制度内容)、(2)異常所見が明らかに胃がんを疑うようなものであったこと(異常所見の程度)、(3)A医師は患者のかかりつけ医を長年つとめ、患者ががんの早期発見を強く期待していたことを認識・承知していたこと(患者の期待とその認識)、(4)通知・指導することに特に障害もなかったこと(通知・指導の容易さ)等の事情が挙げられます。

このように本件では個別事情が考慮されているので、約1ヶ月の通知・指導の遅れがあれば直ちに損害賠償責任が認められるとまでは言えません。しかし、事情によっては法律上の義務として速やかな通知・指導をすることが求められる場合があり得るので、医師・医療機関は、検診の目的や検診結果の内容、患者との関わり等を踏まえた個別的な対応を意識する必要があると言えます。