(1)Z病院でのXの状態は、硬膜外カテーテル抜去後ヘパリン投与を1時間待つことができないような治療に緊急性のある状態ではなかった。
(2)そもそも、Z病院のA医師は、硬膜外カテーテルを抜去する際、1時間の休薬期間を置かずにヘパリンを投与する行為が「禁忌」に当たる行為であることを具体的に認識していなかったし、その場にいた他の医師も、硬膜外カテーテルの抜去を行うにおいて、「禁忌」に当たる行為のリスクと硬膜外カテーテルを留置したままヘパリンを投与する際のリスクとを比較して、前者のリスクを上回る救命治療の有用性について検討していなかった、と原判決を補正したうえで、次のとおり判示した。
(1)について「本件ヘパリン投与時点では、Xが肺血栓塞栓症を発症して1分程度失神してからすでに3時間以上が経過しており、循環動態は安定していた(証人Y病院医師)。また、Z病院においても、先着の他の患者の処置を先行して行うなど、Xが一刻を争う緊急の対応を要する状態であることを示すような対応はしていない」としても、Z病院における当初の検査などでも、中等度以上の重症度と認めるに足りるものであり、文献上、肺血栓塞栓症は心原性ショックを示さない事例でも6%の死亡率があるなどと述べ、控訴人らの主張をしりぞけた。そして、平成16年に日本循環器学会ほか6学会が参加した合同研究班における『肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン』が別に存在していたところ、その中では、肺血栓塞栓症に対する処置としては、ヘパリンの投与による抗凝固療法が第一選択とされ、禁忌でない限り、重症度によらず最初に必ず実施すべきものとされていることからすれば、本件においてもZ病院の医師らの判断は正当なものであった。
そして、(2)についても、本件のヘパリン投与が行われた平成18年9月の時点では、硬膜外カテーテル抜去後にヘパリンを投与する場合において、硬膜外血腫の発生について、具体的にどの程度の危険性があるか、さらには、これを回避するためにはどの程度の休薬期間を置くべきかについて具体的な知識を一般的には有してはいなかったものとみることが相当であるから、硬膜外カテーテル抜去後にヘパリンを投与する場合には1時間の休薬期間を置くべきことが、麻酔科以外の医師に係る医療水準として確立していたとまでは認めることはできない。よって、麻酔科医の関与なく行われた本件ヘパリン投与において、硬膜外カテーテル抜去後に1時間の休薬期間を置かなかったこと、また、1時間の休薬期間を置かないで投与を行う場合の硬膜外血腫発生のリスクの増大を明確に認識して考慮することなく本件のヘパリン投与の判断(硬膜外カテーテルを留置したままヘパリンを投与するか、抜去したうえで投与するかの判断を含む)を行った事実があるとしても、これ自体をもって、本件ヘパリン投与に関係したZ病院の医師らに過失があったと認めることはできない。そして、同医師らに麻酔科の医師の意見を確認したうえで本件ヘパリン投与を決定すべき注意義務があったと認めることもできない。