本事案では、補助循環の早期導入義務違反が認定されています。被告は、PCPS装着を優先させた場合に心臓の蘇生を遅らせるリスクがあること、他方PTCAにより急性閉塞した冠動脈の再疎通が早期に成功すれば全身の臓器機能が回復可能であるとして、緊急PTCAによる再疎通を優先させ11時54分には収縮期血圧が86mmHgまで回復をみて心原性ショックを離脱したこと、PCPS自体に体動による回路屈曲での脱血不良や動脈壁損傷などの合併症リスクがあるので安易に用いられるべき装置ではない、12時13分には補助循環IABPを実施している、などと主張しました。しかし判決では、医師4人が交代で約40分間にわたり患者の心臓マッサージに当たっていたこと、心臓血管外科医も本件PTCA実施時に待機していたことから、再度のPTCAを行うとともにPCPSの装着も十分可能であったので、被告病院医師らは、PTCAによる冠動脈の血行再建を図ることを行うのみで、早期のPCPS装着による全身の血液循環を確保する義務を怠った(後のIABPでは足りない)、と判断しました。
さらに被告は、患者は緊急PTCAにより11時54分には、血圧が86mmHgまで回復し心原性ショックから離脱できていたが低酸素脳症を防ぐことができず、PCPS装着には最短でも15分を要するのでこれを優先させても同じ結果だったと主張したのに対し、判決では、PCPSの有用性について「心筋梗塞などの重篤な循環不全に対応されるものであり、まさに本件はこれに当てはまる」として、安易に用いられる装置ではないとの被告の主張を排斥しつつ、PCPSの全身補助循環機能は強力なものであり、ショック状態になった時点でPCPS装着に取り掛かっていれば脳障害の発症を防ぐことができた、と認定しました。
判決文の記載からは、裁判所のこのようなPCPSの有用性、早期装着義務懈怠の認定や、装着していれば低酸素脳症の罹患は避けられたとの判断には、裁判所の選任した鑑定人の鑑定意見が影響しているように読めますし、PCPSの一般的かつ本件での有用性は、被告が提出した医師意見書でも肯定されているようです。
本事案のような、冠動脈再建において補助循環の導入業務が争われた裁判例は多くないと思われますが、PCIに伴う死亡など合併症発症に関する訴訟はそこそこ見受けられます。PCI実施に当たり塞栓などによる心筋梗塞などの合併症が生じ得ることはよく知られていますし、動脈硬化、冠動脈病変部の高度石灰化が見込まれる患者に対しPCIでのロータブレーターを使用することで、動脈硬化部分の内容物が剥離粉砕され末梢動脈の塞栓をもたらし術中の心筋梗塞を生じさせるno-reflowの合併症も発症しやすいとされます。
PCIの合併症に関する訴訟で想定される主な争点は、そもそもPCIではなくCABG(冠動脈バイパス手術)を選択すべきであったとの適応違反、PCIの手技ミス(実施過程における血管損傷などが生じた場合の手技不手際を問う)、PCIが客観的には選択の余地がある治療法であったとしても、患者への説明義務を欠いたためにCABGが実施されなかったという説明義務違反などです。
本事案では、PTCA実施3ヶ月ほど前の主治医らによる合同カンファレンス段階で当初のCABG実施予定がPTCAに変更になっているのですが、このことから原告が被告病院内の循環器・心臓血管外科医間の力関係や連携を疑問視していることがうかがえ、適応や説明義務違反も争点としています。判決ではPTCAの選択を過失としてはいませんが、肥満で糖尿病(その病態の軽重に争いはあるようですが)、実質3枝病変と認定された本件患者について、そもそもCABGを選択した方が適切ではなかったかと推察するところです。
現在多くの医療機関で対象患者の病変数や位置において「安定的冠動脈疾患における待機的PCIのガイドライン」上、CABGのエビデンスや推奨度の方が高くてもPCIが実施されることも多いと思われます。その選択自体が不適切ではないとしても、PC I のハイリスク症例で術中・術直後の心筋梗塞など合併症が生じた場合、補助循環の速やかな実施が求められるのです。