Vol.202 ハイリスクの冠動脈狭窄病変にPCIを実施する場合の補助循環準備の重要性

―冠動脈カテーテル治療中に急性冠閉塞などの合併症が発症しショック状態に陥った患者に対し直ちに補助循環する注意義務とこの懈怠(かいたい)を認定した事例―

松山地裁平成15年9月16日判決(平成12年(ワ)228号(ウエストロー掲載))
協力「医療問題弁護団」大森 夏織弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、冠動脈狭窄病変の治療のためPCI(経皮的冠動脈インターベンション)(事件当時はPTCA(経皮的冠動脈形成術))を受けた患者が、手術終了直後に急性冠閉塞を起こして死亡した案件につき、重症心原性ショック状態に陥った患者に対し速やかにPCPSを装着すべき義務を怠ったと判断された事案です。事件と判決はやや古いものの、いわゆる冠動脈狭窄病変の治療選択と術中心筋梗塞の発症、補助循環準備の重要性などは現在でも日々直面する課題なので紹介します。

不安定狭心症と診断され、術前カテーテル検査で左前下行枝近位部に83%、左回旋枝に74%狭窄の2カ所を含む4カ所の狭窄、右冠動脈の形成不全かつ肥満・糖尿病の58歳男性に対し、平成9年1月、左前下行枝の経皮的冠動脈形成術PTCA(本件当時。現在はPCI)施行。11時3分手術終了、11時15分心臓カテーテル室退出直後に患者が胸の違和感を訴え、再度カテーテル室に搬入、11時35分実施の緊急心臓カテーテルによる左冠動脈造影の結果、左前下行枝が血栓により完全閉塞し、さらに一部の血栓が流れ込んだ左回旋枝の閉塞も判明、11時38分心原性ショックと全身の間代性痙攣(けいれん)が生じ、医師4人が交代で約40分間の心臓マッサージを施行とともに、11時45分診断カテーテルより血栓溶解薬注入、11時50分に再びPTCAを試み、他方で循環補助のためIABP(大動脈内バルーンパンピング)を実施すべくバルーン挿入を行い、11時54分に心臓の自己調律を示す不整脈出現と収縮期血圧86mmHg、12時13分にIABP開始、12時24分まで心臓マッサージを実施して血行動態は回復したが、患者は低酸素脳症に罹患(りかん)したまま約1年半後に死亡しました。

被告は県内の中核病院です。遺族原告の主張は多岐にわたりました。(病変数評価による手技選択やステント選択ミス、心臓血管外科医を待機させなかった過失、急変時の補助循環導入の懈怠、説明義務違反など)


判決

判決は、2枝病変であるとの被告の主張を退け、実質3枝病変であると認定しつつも「冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドライン」上PTCAが禁忌とまではいえない、心臓血管外科医が緊急CABGに備えて待機していた、と認定し、原告によるPTCA適応違反の主張や心臓血管外科医待機懈怠の主張は採用しませんでした。

しかし、左冠動脈造影が施行された約3分後に重症心原性ショック状態になった患者について、左冠動脈造影の結果、左前下行枝が血栓により完全閉塞し、さらに一部の血栓が左回旋枝に流れ込み左回旋枝も閉塞していることが判明しているため、合併症の部位・程度を把握し、冠動脈血行再建のための適切な措置を取りうる状態にあったところ、PTCAにより冠動脈の血行再建を図るのみならずPCPS装着により全身の血液循環を確保する義務を怠った、PCPSの全身補助循環機能は強力なものであり、医師らは15分程度でPCPSを行うことができたと認められるので、再度のPTCAを行うとともにPCPS装着に取り掛かっていれば患者の脳障害と後の死亡は生じなかったと認定し、約7375万円の賠償を命じました。(松山地裁 平成15年9月16日判決)
被告は控訴しましたが、高松高裁でも一審の結論が維持されました。(高松高裁 平成16年7月20日判決)


裁判例に学ぶ

本事案では、補助循環の早期導入義務違反が認定されています。被告は、PCPS装着を優先させた場合に心臓の蘇生を遅らせるリスクがあること、他方PTCAにより急性閉塞した冠動脈の再疎通が早期に成功すれば全身の臓器機能が回復可能であるとして、緊急PTCAによる再疎通を優先させ11時54分には収縮期血圧が86mmHgまで回復をみて心原性ショックを離脱したこと、PCPS自体に体動による回路屈曲での脱血不良や動脈壁損傷などの合併症リスクがあるので安易に用いられるべき装置ではない、12時13分には補助循環IABPを実施している、などと主張しました。しかし判決では、医師4人が交代で約40分間にわたり患者の心臓マッサージに当たっていたこと、心臓血管外科医も本件PTCA実施時に待機していたことから、再度のPTCAを行うとともにPCPSの装着も十分可能であったので、被告病院医師らは、PTCAによる冠動脈の血行再建を図ることを行うのみで、早期のPCPS装着による全身の血液循環を確保する義務を怠った(後のIABPでは足りない)、と判断しました。

さらに被告は、患者は緊急PTCAにより11時54分には、血圧が86mmHgまで回復し心原性ショックから離脱できていたが低酸素脳症を防ぐことができず、PCPS装着には最短でも15分を要するのでこれを優先させても同じ結果だったと主張したのに対し、判決では、PCPSの有用性について「心筋梗塞などの重篤な循環不全に対応されるものであり、まさに本件はこれに当てはまる」として、安易に用いられる装置ではないとの被告の主張を排斥しつつ、PCPSの全身補助循環機能は強力なものであり、ショック状態になった時点でPCPS装着に取り掛かっていれば脳障害の発症を防ぐことができた、と認定しました。

判決文の記載からは、裁判所のこのようなPCPSの有用性、早期装着義務懈怠の認定や、装着していれば低酸素脳症の罹患は避けられたとの判断には、裁判所の選任した鑑定人の鑑定意見が影響しているように読めますし、PCPSの一般的かつ本件での有用性は、被告が提出した医師意見書でも肯定されているようです。

本事案のような、冠動脈再建において補助循環の導入業務が争われた裁判例は多くないと思われますが、PCIに伴う死亡など合併症発症に関する訴訟はそこそこ見受けられます。PCI実施に当たり塞栓などによる心筋梗塞などの合併症が生じ得ることはよく知られていますし、動脈硬化、冠動脈病変部の高度石灰化が見込まれる患者に対しPCIでのロータブレーターを使用することで、動脈硬化部分の内容物が剥離粉砕され末梢動脈の塞栓をもたらし術中の心筋梗塞を生じさせるno-reflowの合併症も発症しやすいとされます。

PCIの合併症に関する訴訟で想定される主な争点は、そもそもPCIではなくCABG(冠動脈バイパス手術)を選択すべきであったとの適応違反、PCIの手技ミス(実施過程における血管損傷などが生じた場合の手技不手際を問う)、PCIが客観的には選択の余地がある治療法であったとしても、患者への説明義務を欠いたためにCABGが実施されなかったという説明義務違反などです。

本事案では、PTCA実施3ヶ月ほど前の主治医らによる合同カンファレンス段階で当初のCABG実施予定がPTCAに変更になっているのですが、このことから原告が被告病院内の循環器・心臓血管外科医間の力関係や連携を疑問視していることがうかがえ、適応や説明義務違反も争点としています。判決ではPTCAの選択を過失としてはいませんが、肥満で糖尿病(その病態の軽重に争いはあるようですが)、実質3枝病変と認定された本件患者について、そもそもCABGを選択した方が適切ではなかったかと推察するところです。

現在多くの医療機関で対象患者の病変数や位置において「安定的冠動脈疾患における待機的PCIのガイドライン」上、CABGのエビデンスや推奨度の方が高くてもPCIが実施されることも多いと思われます。その選択自体が不適切ではないとしても、PC I のハイリスク症例で術中・術直後の心筋梗塞など合併症が生じた場合、補助循環の速やかな実施が求められるのです。