判決は、前提として、患者が右上下肢麻痺、左下肢麻痺、遷延性意識障害という状態に至った原因は第2手術後に拡大した脳梗塞にあると判断し、また、第2手術において合計30分程血流遮断をしたことは過失とはいえないと判断した。その上で、以下のように判断して、B病院の責任を認めた。
1 争点:第1手術でクリップを掛け間違えたことについて
判決は、一般に、前交通動脈瘤の手術は、脳動脈瘤が正中線上にあり術野が深いこと、脳動脈瘤の付近に5本の血管が存在することから、難易度が高い手術であることを認めた。ただ、脳動脈瘤頸部クリッピング術の目的は脳動脈瘤の再破裂を予防することにあることから、執刀医は、脳動脈瘤頸部を確認の上クリッピングを行い、かつ、クリッピングが正確に行われたかどうか確認すべき注意義務があるとした。
この点に関して、本件では、術中ビデオを証拠として採用した上で、クリッピングの前に脳動脈瘤頸部の正確な確認をしておらず、また、クリッピングの後の確認作業も十分ではなかったと判断した。その結果、第1手術においてクリップを脳動脈瘤ではなく前交通動脈に掛けたことは、注意義務に違反すると判断した。
ただし、第2手術中に脳動脈瘤が破裂していることなどから考えて、第1手術において、クリッピングの前に脳動脈瘤頸部を確認するために脳動脈瘤を露出していれば、第1手術において脳動脈瘤が再破裂し、結局のところ、テンポラリークリップでの血流遮断をせざるを得なかった可能性が高かったと判断した。つまり、判決は仮に第1手術において十分な確認をしていたとしても、第2手術と同じ結果が生じた可能性が高いとして、因果関係を否定し、この点について、B病院には法的責任がないとした。
2 争点:第2手術の術前説明について
次に、判決は、第2手術の術前説明について、まず、医師の患者に対する説明義務の一般論として、「医師には、診療契約に基づき、または患者の人格権を尊重するため、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。また、患者が自己決定をできない状況にあるときは、近親者など従前からの患者の生き方・考え方に精通し、患者の自己決定を代替し得る者にこれらを説明する義務がある」と判示した。
そして、判決は、担当医が、患者の父に対して第2手術の必要性を説明する際、「第1手術前や術中に発見できなかった脳動脈瘤の一部か、別の脳動脈瘤が残存している」という、患者の現状とは異なる説明をし、第1手術のクリップが前交通動脈に掛かっていることを説明しなかったことを認定した。
その上で、「クリップが脳動脈瘤ではなく前交通動脈に掛かっている事実は、正に原告の病状に関する事項であるところ、係る事実は、第2手術の内容、危険性および必要性に直結するものであるから、医師の患者等に対する説明義務の対象になる事項である」と判断し、「このため、担当医は、原告が再度第1手術と同じ脳動脈瘤頸部クリッピング術である第2手術を受けるのか、受けるとしても被告病院で受けるかどうかについて判断するに十分な情報を与えられていなかったと言わざるを得ない」ため、担当医に説明義務違反があるとして、B病院に対して250万円の賠償を命じた(なお、担当医が第1手術のクリップが前交通動脈に掛かっていることを説明していたとしても、患者の父が、第2手術以外の術式を選択したり、別の医療機関に転院していたとは考え難いとして、説明義務違反と第2手術後に発生した原告の後遺障害との間の因果関係は認めなかった)。
裁判例に学ぶ
本事例は、脳動脈瘤頸部に対してクリッピング術(第1手術)を施行したところ、クリップが脳動脈瘤ではなく前交通動脈に掛かってしまい、術後に脳梗塞になったため再手術(第2手術)をしたところ、再手術中に脳動脈瘤が再破裂してしまったという事案です。
この点、判決は、第1手術でのクリップの掛け間違いについて、B病院の法的責任はないとしています。また、第2手術時に動脈瘤が再破裂してしまったことや、破裂後にテンポラリークリップで血流を遮断した時間が長いと責めているわけでもありません。
そうではなく、判決は、第2手術の必要性を説明する際に、患者の容態について真実(クリップが脳動脈瘤ではなく前交通動脈に掛かっていること)とは異なる説明をした点で、B病院の法的責任を認めました。
仮に「患者の容態について真実を話していれば、患者がクリッピングとは別の術式を選択していただろう」と考えられる場合や、「別の医療機関に転院していただろう」と考えられる場合には、この判決は理解しやすいと思います。真実を説明すれば患者のその後の選択(自己決定)が変わるわけですから、真実を説明しないことが説明義務に反することは明らかでしょう。
しかし、本件は、そうではありませんでした。つまり、脳動脈瘤の再破裂を予防し、かつ、前交通動脈に掛けられたクリップを除去するためには、再度脳動脈瘤頸部クリッピング術を行う他ありませんでした。また、別の医療機関に搬送する途中に患者の脳動脈瘤が再破裂する可能性も考えられました。そのため、患者の容態について真実を伝えたとしても、結局、患者の父の判断は変わらなかったといえる事案であり、判決もそのように認定しています。しかし、判決は、「それでも真実を説明せよ」と判示しているわけです。
この点に関して、クリップが脳動脈瘤ではなく前交通動脈に掛かっていたことは、担当医としては、予期せぬ事実であり、その法的責任の所在はさておき、できれば患者に隠しておきたい事柄だったでしょう。それを正直に伝えれば患者の家族から反発を受けることが想定される状況で、ニュアンスを変えて説明してしまいたくなるのは、人の情としては分からなくはありません。
しかし、ここで立ち返らなくてはならないのは、「医療とは誰のためにあるのか」という視点です。それは当然ながら「患者のため」です。医療行為を受けて病が治癒するのは患者ですが、合併症などのリスクを負うのも患者です。その患者が、自己の置かれている状況や容態について十分な情報を得ておくべきことは論をまちません。
本事例のように、患者やその家族に対して真実を話すのに勇気がいる場面というのはあると思います。ただ、プロフェッションである医師には、それでも患者としっかり向き合い、誠実な説明を心掛けていただきたいと願います。