裁判では、輸液投与についての義務、急変後の連絡についての義務、因果関係等が争われたが、主要な争点はAの死因と輸液投与についての注意義務であった。
1 死因について
(1) 死亡に至る機序の問題でもあるので初めに取り上げると、原告らは、Aの死因は循環血液量減少性ショックであると主張したが、一方で、B病院は、誤嚥による窒息であるとして争った。
(2) 本件では、「4月28日の午前中に体温、血圧および脈拍の測定ならびに血液検査をして以降、同日午後5時30分ごろから同日午後6時30分ごろまでの間に体温の測定をしたのみ」であり、「被告においてバイタルチェック等が十分にされていないため、亡Aの死因を探求する大きな手掛かりになると考えられる本件急変前の亡Aの状態は、十分に明らかになっていない。」という背景があった。
(3) データが不足する中での争いとなったが、判決は、急変直後のAの状態が循環血液量減少性ショックの症状および診断基準に合致している一方、循環血液量減少性ショックの症状と矛盾するものは見当たらないこと、急性膵炎は当初軽度でも急速に重症化することがあり、その場合は循環血液量減少性ショックも急速に進行すると考えられること、Aの排尿の時期、回数、量は明らかでなく、尿が出ていても循環血液量減少性ショックに陥っている可能性はあること等から、死因が循環血液量減少性ショックであることは否定されないとした。
他方で、誤嚥による窒息の可能性については、それを積極的に裏付ける事情があるとは言い難いこと、急性窒息の経過と合致しないこと、急変直後口腔内に嘔吐物が無かったことから、誤嚥による窒息の症状と整合し難いとした。
さらに、急性膵炎の主な死因は循環不全に伴う臓器不全であること、急性膵炎ガイドラインには入院後に急激に重症化した例が相当数含まれていること、他の死因として合理的と考えられるものが見いだし難いことを総合し、Aの死因につき「循環血液量減少性ショックである高度の蓋然(がいぜん)性が認められるというべきである」と判断した。
2 適切な輸液投与を実施すべき注意義務について
(1) 輸液投与についての注意義務は主要な争点となったが、上述のバイタルチェックの不足が大きく影響した。
(2) まず、Aが入院時に急性膵炎に伴う麻痺性イレウスに罹患していたと認定したうえで、「C医師としては、急性膵炎に伴って生じた麻痺性イレウスの重症化に伴う脱水進行に留意することが求められていた」とした。
さらに、急性膵炎ガイドラインで定められるように、急性膵炎の重症度判断は、入院後経時的に繰り返すことが重要であり、そのためには血液検査、尿量測定ならびに血圧、体温、脈拍および呼吸数等のバイタルチェックが必要であること、呼吸・循環モニタリングが推奨されているのは、「急性膵炎の重症度判定に必要になることの他、急性膵炎により死亡する場合の主な死因である循環不全が、心拍数の増加、血圧の低下および呼吸促拍といった症状を呈し、血圧値が診断基準にもなっていることから、急性膵炎の進行により循環血液量減少性ショックに陥っていないかどうかを判断する指標にもなることを踏まえてのものであると考えられる」こと、ガイドラインの内容は当時の一般的な外科医師の医療水準であったことを認定した。
そして、C医師には、Aが「本件病院への入院当時に脱水症状が進行していたか否かにかかわらず、その重症化に留意することが求められて」おり、「急性膵炎との確定診断に至った時以降、経時的にバイタルチェック等を行い、その結果を踏まえて、輸液過剰にならないように注意しつつ適量の輸液投与を実施すべき注意義務を負っていた」と判断した。
そのうえで、Aへの点滴の投与の経過と量を踏まえ、前述のバイタルチェックの実施状況に照らし、「急性膵炎の重症度判定ならびに脱水の進行の有無および状況を把握することが可能となる程度のバイタルチェック等をしていたとは言い難く、バイタルチェック等の結果を踏まえた輸液投与もされていない」とし、「経時的にバイタルチェック等を行い、その結果を踏まえて、輸液過剰にならないように注意しつつ適量の輸液投与を実施すべき注意義務に違反した」と認定した。
裁判例に学ぶ
1)本件は急性膵炎の患者への輸液投与が問題となった事案ですが、患者のバイタルチェックが十分になされておらず、経過や死因を探求する手掛かりとなるデータが明らかとは言えませんでした。裁判では原告である患者側に立証責任があるため、データが十分に無いことは患者側の立証の障害にもなり得ますが、本来、経時的にバイタルチェックをすべきであったところがなされなかったためにデータ不足となっているのであり、その不足による不利益を患者側が受けることは公正性を欠く結果となり得ます。
この点、本裁判例は、循環血液量減少性ショックにつき、医学的知見を丁寧に認定したうえ、症状や診断基準に照らして「急変直後のAの状態で循環血液量減少性ショックの症状と矛盾するものは見当たらない」とするなどし、さらに、被告の主張する誤嚥による窒息とAの症状との不整合を認め、「本件全証拠によっても他にAの死因として合理的と考えられる死因は見いだし難い」として、循環血液量減少性ショックによる死亡の高度の蓋然性を認めました。データ不足を多方面からの検討によってカバーしようと努めた認定だったと言えるでしょう。
バイタルチェックを経時的に行い適切に記録を残すということは、患者側だけでなく、当然に医療者側のためにもなるものです。重症度判定に対する注意の高さを示し、後手に回らない姿勢を示すことにもつながります。再発防止の検討のためにも、記録化の重要性を改めて認識させられる事案であると考えます。
2)また、本裁判例は、バイタルチェックの必要性につき、急性膵炎の重症度判断だけでなく、循環血液量減少性ショックに陥っていないかの判断の両面から認めました。
3)この他、本件では、急変後に直ちに当直医に連絡がなされず、当番医として自宅にいた担当医に連絡がなされたという経過があり、ご遺族はその点の義務違反も争いました。担当医の自宅位置や処置の時間などをもとに結果としてこの点の義務違反は肯定されませんでしたが、急変時の対応はご遺族の不信感につながり、紛争につながったように思います。急変時の連絡方法につき平常時からシステム化され周知徹底されるべきと言えるでしょう。