Vol.206 医療従事者による褥瘡の発生防止および治療についての義務違反が認められた事例

―ガイドライン、看護計画および院内マニュアルに基づく褥瘡管理の徹底が求められた事案―

東京高等裁判所 平成30年9月12日判決(原審:東京地方裁判所・平成30年3月22日判決)
協力「医療問題弁護団」山本 悠一弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

本件は、Y病院に入院中に褥瘡が発生し、その後転院先で死亡した患者(昭和10年生まれ・当時77歳、男性)の相続人Aが、患者が死亡時までに複数の医療機関での褥瘡治療を余儀なくされたのは、Y病院の医療従事者の褥瘡予防義務違反および褥瘡治療義務違反によるものであると主張して、債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。

患者は、平成22年ごろから前立腺がんの治療のためB1病院に通院し、同年9月28日に歩行障害のためB2病院を受診(11月17日から精査のため入院)し、大脳皮質基底核変性症と診断された。その後患者は、同年12月4日に退院して自宅療養をしていたが、平成24年7月2日には要介護5と診断された。また、患者は平成25年2月9日からB3病院に入院し、誤嚥性肺炎と診断された。

患者は、平成25年(以下の日付は、特に断りのない限り、同年のものである)3月15日から、リハビリテーションなどのためY病院に入院したが、遅くとも6月18日までに、Y病院の看護師により、仙骨部に発赤があることが確認され、6月20日の褥瘡回診の際に、同病院の医師により、仙骨部にⅡ度の褥瘡があることが確認された。

その後患者は、褥瘡の治療などのため転院を繰り返したが、全身状態が悪かったため手術は断念され、7月31日に終末期医療を受けるために別病院に転院し、11月、敗血症により死亡した。


争点 ※本稿に関連する争点のみ

Y病院に次の過失があったか。

1 患者の褥瘡発生を防止すべき義務を怠った過失(過失1)
2 6月20日の初回の褥瘡回診後、患者の褥瘡を適切に治療すべき義務を怠った過失(過失2)


判決

本件の原審である東京地方裁判所は、次のとおり判示して、Y病院の注意義務違反を認めた。なお、控訴審(東京高等裁判所)でも、原審の判断の過程や内容に不合理な点があるとはいえず原審の判断は是認できる、とされた。
1 過失1について

●患者は褥瘡発生のリスクが高い状態であり、Y病院の医療従事者には、褥瘡発生防止のための対策を行うべき一般的な義務がある。

●Y病院における患者の褥瘡管理が、ガイドライン、看護計画および院内マニュアルなどに基づくことを考慮すれば、Y病院の医療従事者は、患者に対し、体位変換を最低2時間ごとに実施する、体圧分散マットレスを使用する、皮膚に異常がないか観察する(異常がある場合にそれが褥瘡であるか否かを鑑別することを含む)といった具体的な義務を負う。

●患者には、Y病院の4階に移動した5月27日から7月10日までの間、通常のマットレスが使用され、体圧分散マットレスが使用されていなかった。そのような状態で、Y病院の医療従事者が2 時間を空けない体位変換をルーティンワークとして実施しなかったことから、患者の褥瘡発生を防止すべき義務を怠ったといえる。

●Y病院側の「ガイドラインの性質やその推奨度から体位変換を2時間ごとに行う義務はない」といった主張については、Y病院では、体位変換を最低2時間ごとに行うことおよび体圧分散を図ることなどを看護計画として設定しているのであり、自ら設定した看護計画などを遵守しないということは妥当ではないと考えられる。患者は褥瘡発生のリスクが高い状態であり、圧力が皮膚組織に与える影響をも考慮すると、少なくとも体圧分散マットレスを使用していない状態では体位変換を2時間ごとに実施すべきであったのだから、Y病院側の主張は採用できないと判断した。

2 過失2について

●6月20日に患者の仙骨部にⅡ度の褥瘡が認められたことから、その後、Y病院の医療従事者は、患者に対し、褥瘡のステージに応じた適切な治療を行うべき義務がある。

●体圧分散マットレスは、褥瘡の悪化を防止するためにも必要かつ効果的であるから、Y病院の医療従事者は、褥瘡の治療に当たり、体圧分散マットレスの有無・用法などを検討する義務を負う。また、褥瘡はステージによって予後が異なり、Ⅱ度までとⅢ度以上ではデブリードマンの要否も異なることなどから考えると、医療従事者は、褥瘡のステージや病態を正確に判断したうえで、当該褥瘡に応じた適切な治療などを行う必要がある。院内マニュアルに、デブリードマンの実施や褥瘡感染についての言及がある以上、Ⅱ度以上の褥瘡に対する治療方法を個別に規定していないことを考慮しても、Y病院の医療従事者は、褥瘡のステージを正確に判断することはもちろん、細菌検査や創培養などによって感染の評価をすべき義務や褥瘡管理を徹底する義務を負う。

●Y病院では、褥瘡発生の認識後も通常のマットレスを使用し、褥瘡診断の後に細菌検査を行わず、感染兆候があったにもかかわらず創培養を行わなかった。黒色壊死や一部肉芽形成があるにもかかわらず、壊死組織の除去を実施しなかったことから、褥瘡に対して適切な治療をすべき義務を怠ったと判断した。


裁判例に学ぶ

褥瘡とは、寝たきりなどによって、局所に持続的な圧力が加わり続けることで局所皮膚の血流が途絶え、阻血性壊死を生じたものが、低栄養、感染等により、難治性皮膚潰瘍となったものをいいます。

これまで介護福祉施設などにおいて褥瘡発症を発見すべき注意義務ないし褥瘡発症を予防すべき注意義務に違反したか否かが争われた裁判例は、相当数ありましたが(例えば、東京地判平成26年2月3日「判例時報」2222号P.69など)、本件は、医療機関における褥瘡の発生防止および治療義務について具体的に検討した新規の事例として、今後の実務の参考になると思われます。

介護福祉施設などに勤務する介護職員やケアマネジャーの場合は、褥瘡の有無を含む身体状態を確認すべき注意義務や、褥瘡発症を予防すべき注意義務があるとは考えにくいですが、病院の医療従事者の場合には、患者に褥瘡が発生することを予防するための対策を行うべき一般的注意義務が認められます。また、当該患者に認められる褥瘡発生の危険因子(加齢のほか、寝たきりや日中の大半を車いすで生活するなど、自力で動くのが難しいこと、低栄養、やせ、脳神経系の基礎疾患〈脳血管障害、パーキンソン病〉など)を踏まえて、ガイドライン、看護計画および院内マニュアルに基づき、褥瘡管理を適切に行うことが強く求められます。

実際に、本件において、Y病院からは「褥瘡対策には、利用可能な資源を考慮する必要があり、かつ、それで十分である」といった主張もなされましたが、裁判所(東京地裁判決)は、「本件病院(Y病院)は、亡A(患者)が入院した3月15日に看護計画として、褥瘡の発生を予防するために体位変換を最低2時間ごとに行う、体圧分散マットレスなどにより体圧分散を図る、身体の清潔を保つとともに皮膚の観察を行うことをケア項目として掲げていたのであるから、これらの事項が本件病院の利用可能な資源に照らし、不可能なものであったと認めることはできず(そもそも本件病院の利用可能な医療資源の現状なども明らかではない)、上記結論は覆らない」と判断しています。病院の医療従事者には、看護計画やガイドライン、院内マニュアルに従って、褥瘡の発生・悪化を防止するための必要かつ効果的な処置をすることが求められています。