Vol.207 クローン病の回腸結腸吻合部切除術における出血性ショックによる脳障害について、術後管理の注意義務違反を認めた判例

―術後管理についての看護師への指示は数値を示すなど具体的に―

福岡高等裁判所 平成31年4月25日判決(判例時報2428号)
協力「医療問題弁護団」 佐藤 光子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

Y1の開設する病院でクローン病の治療のために回腸結腸吻合部切除術等の手術を受けたX1とその親族ら(X1の父X2、母X3、妻X4、子X5、妹X6、弟X7)が、X1 に術後の出血により出血性ショックが生じ、それに伴う低血圧によって脳に障害が残ったのは、執刀医のY2、主治医のY3、Y4、5Y、担当看護師のY6の術後管理等に過失があったことによるものであると主張して、Y1およびY2ないしY6に対し、不法行為に基づき、連帯して、X1につき5億4995万6797円、X2、X3につき各880万円、X4、X5につき各1100万円、X6、X7につき各550万円の支払いを求めた。

一審判決は、Y1および主治医であるY3ないしY5の責任を認め、連帯して、X1に対し1億5290万8765円、X2、X3に対し各165万円、X4、X5に対し各220万円、X6に対し110万円、X7に対し55万円の支払いを命じ、執刀医であるY2、担当看護師であるY6の責任は否定した。
この判決を不服とする原告被告双方が控訴した。

判決

1 手術後の出血、出血性ショックの予見可能性

本件手術の術後管理について主治医であるY3ないしY5に過失があったか否か。

(1)出血量について

X1の出血量は、その循環血液量を超える6046mlを超えているところ、手術中に大量出血や大量輸血がされた後には凝固因子の減少により出血傾向にあること、体内から6000mlもの血液が失われると、その後の循環動態は不安定な状態であることから、改善するためには数日を要する。
また、手術中に5000ml以上の大量出血が生じた場合の術後30日までの転帰については、58.6%の症例が死亡し、12.7%の症例が何らかの後遺症の残存を認めたとの報告がある。さらに、術後のリスクとして、一般的な出血、循環器障害、呼吸器障害のみでなく、重篤な状態になる可能性が考えられる。

(2)クローン病の特徴

X1はクローン病に罹患(りかん)したが、クローン病の特徴の一つとして突然の大量腸管出血があり、時には致死的出血に至る場合もあること、多くの場合、出血の兆候を把握することは極めて困難であり、出血源の同定すら困難な場合が少なくないこと、クローン病の既手術例においては術後1%以上の割合で再出血が発生するとの報告もあることなどが認められる。
そして、X1は、過去2回に及ぶクローン病の手術歴があり、本件手術後の急性期にX1が出血を来すことを予見することは可能であったというべきであり、本件手術後の急性期においては術後出血を念頭に置いた術後の管理が求められていたというべきである。

(3)予見可能性

術後の出血により比較的急速に血液が失われると、重要な臓器や組織への血流が不足し、組織での酸素代謝が障害される出血性ショックに陥る恐れがあることからすれば、術後の出血に対する処置が遅れれば出血性ショックが生じる可能性を予見することもできたと言え、本件手術後の急性期においては、術後出血によって出血性ショックが生じる可能性を念頭に置いた術後管理を行う必要があった。

2 本件指示の適否

(1)どのような指示をすべきであったか

術後急性期においては、術後出血をあらかじめ起こり得る合併症として念頭に置き、早期発見、早期治療に努めるべきであるとされていることからすれば、出血性ショックの診断と治療が速やかにされるような管理が求められるというべきであるから、医師が看護師に対して術後管理のための指示を行うに当たって、出血性ショックか否かを医師が迅速に診断できるような内容の指示を行う必要があると言うことができる。
本件では、急変時には主治医に連絡するという態勢であったのだから、少なくとも出血性ショックを疑わせるような重要なバイタルサインについては、主治医に連絡すべき場合を具体的数値で示すなどした上で明確に指示することが求められる。加えて、医師が帰宅すると判断したのであるから、医師が看護師からの連絡を受けて到着するまでの時間も考慮して、早期の兆候が生じた時点での連絡を指示することが求められていた。また、医師としては少なくとも収縮期血圧と脈拍数につき、具体的数値を示した上で明確に指示すべきであった。
初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下が見られない場合があり、脈拍数が120回を超える一方で収縮期血圧が90以上の場合には、脈拍数(心拍数)や収縮期血圧の経時的変化により綿密に確認し、中等度ショックを示す収縮期血圧の低下が見られた場合(90か少なくとも80を下回った場合)には、直ちに医師に連絡するように指示を行うべきであるとした。

(2)本件の指示

本件で医師の指示は、収縮期血圧80から140の間で維持し、80以下となった場合には、いったん昇圧剤であるイノバンを増量し、それでも70台を継続する場合には、主治医に連絡するという内容であった。
脈拍数については何ら触れられておらず、それ以外に口頭での指示もされておらず、初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下の認めない場合もあることからすると不適切なものであったとした。また、収縮期血圧が90を下回り、さらに80を下回った場合においてでさえ、看護師において直ちに医師に連絡することを必要とせず、昇圧剤の増量のみで対応し、70台を継続するに至って初めて医師に連絡をするという内容であり、継続することの意味も曖昧であり、医療水準に反した不適切なものとした。

(3)結論

以上により、控訴審判決では、Y1、主治医であるY3ないしY5の責任を肯定し、執刀医であるY2、担当看護師であるY6の責任は否定した。 これは一審判決と同様の判断であるが、X1について、将来の介護費用、将来雑費、将来の交通費の認容額を一審判決の1億5290万8765円から1億6115万1583円に増額した。

裁判例に学ぶ

本件は患者の出血性ショックにつき、予見可能性やそれを前提とする主治医の担当看護師への指示等の術後管理が適切であったかが問題となりました。


クローン病の特徴の一つとして突然の大量腸管出血があり、時には致死的出血に至る場合もあること、クローン病の既手術例においては術後1%以上の割合で再出血が発生するとの報告もあるなどのクローン病の一般的特徴とともに、患者は過去2回に及ぶクローン病の手術歴があるという点も考慮し、本件手術後の急性期においては術後出血を念頭に置いた術後の管理が求められていたと判示しました。
その上で、具体的にどのような指示をすべきであったかについて、詳細に検討しています。


術後管理にかかる医師が帰宅する判断をした場合は、医師が看護師から連絡を受けて患者の元に到着するまでの時間も考慮して、より早期の兆候が生じた時点での連絡を指示することまで求められています。
看護師には、術後管理のための指示を行うに当たって出血性ショックか否かを迅速に医師が診断できるような内容の指示を行う必要があり、出血性ショックを疑わせる重要なバイタルサインは、主治医に連絡すべき場合を具体的数値で示すなど明確にすべきとしています。
少なくとも、収縮期血圧と脈拍数については、具体的数値を示した上で、明確に指示すべきであったとしています。


本件判例は、看護師への指示の具体性について、どの程度のことが必要か、参考になる判例と言えます。