vol.211 医師の不作為と結果との因果関係

―医師が血糖値を測定していなかったことと新生児の低酸素性虚血性脳症などによる脳性麻痺との因果関係―

大阪高等裁判所 平成31年4月12日判決(判例タイムズ1467号・71頁)
協力「医療問題弁護団」 河村 洋 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

患者X(新生児)は、Y産婦人科医院において出生し入院していたところ、出生の3日後に吐血し、Z市民病院のNICUに搬送されたが、脳性麻痺などの後遺症が残った。

Y医院の代表者で担当医の乙医師がXの血糖値を測定すべき注意義務を怠り、Xが低血糖であることを看過したため、Xが低血糖に起因する胃の出血により出血性ショックに陥り脳性麻痺などが残ったなどと主張して、Xの家族はYに対し不法行為などに基づき損害賠償を求めた。

第一審は、乙医師の血糖値測定義務違反を認めたが、急性胃粘膜病変(AGML)の原因が低血糖以外の子宮内胎児発育遅延(IUGR)や分娩期周辺のストレスである可能性が排除できないこと、胃の出血の原因もAGMLではなく真性メレナの可能性もあること、脳性麻痺などの原因も胃の出血ではなく高カリウム血症による致死性不整脈の可能性もあることから、乙医師が血糖値を測定していたとしてもXに脳性麻痺などが生じていた可能性があるとして、血糖値測定義務違反と脳性麻痺などとの因果関係を否定した(請求棄却)。

本件はその控訴審で、血糖値測定義務違反と脳性麻痺などとの因果関係を認めた(認容額約1億4500万円)。

判決

1 血糖値測定義務の有無

控訴審は、第一審の判決を引用した上で、乙医師の血糖値測定義務違反を認めた。すなわち、Xは、妊娠期間40週5日で出生し、出生児体重2124gのIUGR児であったが、低出生体重児やIUGR児は低血糖を発症しやすいと認められる。

そして、低血糖の症状に特有のものはないため、診断には血糖値の測定が必須であり、症状の有無にかかわらずIUGR児のようなハイリスク児に対する血糖値測定はルーティンとする医学的知見が、X出生当時までに確立していたと認められる。

それ故、低出生体重児については、低血糖を発症しやすいと考えられ、血糖値を定期的に測定し、必要に応じて静脈栄養などを行うか、あるいは、予防的に早期にブドウ糖溶液の点滴を行うことが必要であり、このことは乙医師のような開業医にも妥当する。

2 血糖値測定義務違反と脳性麻痺などとの因果関係

(1)Y産婦人科医院におけるXの血糖値

IUGR児には低血糖が高頻度で認められていること、Xの血糖値は、Z市民病院においてショック状態と低血糖に対する治療を受けても容易には回復しておらず、Xの低血糖は出血性ショックによる一時的なものではなく、グリコーゲンの貯蔵能力が低かったためといえること、ショックによって血糖値が低下するとの証拠はないことから、XはY医院入院時から低血糖状態であった。

なお、Y医院入院時におけるXの血糖値を推認させるデータは必ずしも十分ではないが、それは血糖値を測定しなかったという乙医師の注意義務違反に起因するものであって、血糖値の推移の不明確を乙医師にではなく患者の不利益に期することは条理にも反する。

(2)Xの主たる症状

搬送先のZ市民病院の医師は一貫してXの症状を胃の出血による出血性ショックとして診断しており、肺出血については出血性ショックによるものとみられているため、Xの主たる症状は胃の出血であった。

(3)AGMLの原因は胃の出血か

XはZ市民病院入院時、胃破裂を疑わせるほどの胃の出血を起こし、出血性ショックに陥っていることから、XはY医院においてすでに低血糖状態であり、低血糖はAGMLの一つの原因であるため、低血糖は胃の出血の発生原因となった。

Xの血液凝固能は基準値以下であったが、へパプラスチンテストの値が20%以下となると凝固因子血病による消化管出血を来す危険性が高まると指摘されていることからすれば、へパプラスチン値が44%であったXの胃の出血の主たる原因が凝固異常であったとはいえない。

(4)AGMLの低血糖以外のストレス原因

出生直後の状態に異常はなく、出生後72時間以上経過していたXについて、分娩自体のストレスがAGMLの主たるストレス原因になったとは考えにくい。

また、Xは197cmの過長臍帯で、消化管やその他臓器の発達が未熟であった可能性があり、胃のストレス耐性が低かったことが胃の出血の原因となった可能性も否定できない。

しかしながら、過長臍帯でIUGR児であったから臓器の発育が未熟である可能性を前提に治療に当たるべきであったのに、血糖値測定などが行われていなかった本件では、因果関係の判断に当たり前出の可能性を重視することは相当でない。

(5)出血性ショックを来すほどの大量出血の有無

XのZ市民病院入院時における脈拍は1分間に200ないし230回で頻脈であり、血圧低下という重度の出血性ショックの症状を呈しており、Z市民病院の医師は一貫して出血ショックと診断していたため、Xは出血性ショックに陥っていたとみるほかない。

小児は血液量が体重の19分の1と少なく、少ない出血量でもショックを起こすものとされ、新生児では30mlの出血でも生命に関わることがあるとされており、赤血球の輸血がされていなかったことは出血性ショックを否定することはできない。

胃内の出血は胃液によってヘモグロビンが変色するので、吐血に新鮮血が混ざっていないことは、出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことと矛盾するものではない。

IUGR児は多血症が頻度の高い合併症として出現するので、ヘモグロビン値が低下していなくても、出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことは否定できない。

(6)高カリウム血症

高カリウム血症の原因の一つとして消化管出血が挙げられていること、Xのカリウム値は時間の経過とともに低下しており、一時的なものと考えられ、Xの高カリウム値は出血性ショックを原因とするものとみられる。

(7)Xは、Y医院において低血糖状態であり、それがストレスとなりAGMLを発症し、出血性ショックに陥り、循環動態が不安定になり、低酸素性虚血性脳症を発症したと認められる。

これに加え、Z市民病院において孔脳症の原因として低血糖による中枢神経障害が指摘されていること、低血糖の存在が神経障害の程度を高めた可能性があるとの医師の指摘があることも考慮すると、乙医師の血糖値測定義務違反とXの後遺症との間には因果関係があるといえる。

裁判例に学ぶ

作為と結果との因果関係は、現実に行われた身体に対する侵襲行為とその後に現実に生じた一連の経過を追っていき、因果関係の有無を判断します。

一方、不作為と結果との因果関係は、「仮にあるべき行為がなされていれば」現実の結果が変わっていたかという仮定の判断となりますが、現実にはあるべき行為(本件では血糖値の測定)がなされていないのですから、仮にあるべき行為がなされた場合の因果関係を検証するための資料が不足する場合がほとんどです。

本判決は、Y医院の入院時における血糖値が必ずしも明らかでないことは「血糖値を測定しなかったという乙医師の注意義務違反に起因するものであって、血糖値の推移の不明確を乙医師にではなく患者の不利益に期することは条理にも反する」とし、また、AGMLが低血糖以外の他の原因で生じたものであるかどうかの判断に際して「過長臍帯でIUGR児であったから臓器の発育が未熟である可能性を前提に治療に当たるべきであったのに、血糖値測定などが行われていなかった本件では、因果関係の判断に当たり上記〔注:胃のストレス耐性が低かった〕可能性を重視することは相当でない」とし、医師の注意義務違反のために因果関係の有無検証のための資料が不足した場合に、その不利益を患者に負担させることは不公平であるとの立場から、不作為と結果との因果関係の有無について判断しました。

もとより訴訟における因果関係の証明は自然科学的証明とは異なりますが、法的責任原因として因果関係の有無の判断においては、自然科学的判断とは異なる価値判断が考慮され得ることをご理解ください。