vol.213 美容診療における説明義務違反

―美容診療における説明義務違反によって、施術費用や慰謝料等の損害賠償を認めた事例―

大阪地判 平成27年7月8日判決(判例時報2305号132頁)
協力「医療問題弁護団」 伊藤 祐介 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

1 被告は、医療法人で、口腔内から採取した細胞を培養し、これを対象部位に注入することによって皮膚のしわ、たるみ等を除去、改善することを目的とした「スーパーリセリング」と称する美容療法を実施する医療センターを開設していました。

2 原告である患者は、担当医とのカウンセリングにおいて、特に眉間および下眼瞼部のしわとたるみが気になる旨を伝え、担当医からの説明(説明内容には不備あり)を経て、被告の実施する高額のスーパーリセリングを受けることに同意しました。

3 患者は、2月13日、口腔内から歯肉を切除され、スーパーリセリングに用いるための培養細胞の元となる細胞を採取された上、プレリセリングと呼ばれる、血小板を多く含んだ患者自身の血清を治療基本部位に注入する術前措置を受けました。

その後、3月19日、4月2日および同月16日と、3回にわたり、培養した自己の細胞を眉間や下眼瞼部に注入するスーパーリセリングの施術を受けました。

4 施術後、患者は期待していた効果がなかったとして、事前の適用検査義務違反および説明義務違反を主張し、①施術費用、②逸失利益、③慰謝料等約356万円の損害を請求しました。

判決

まず、適用検査義務違反の主張については、裁判所は、患者の主張を、「スーパーリセリングの効果が現れなかったことをもって、単に後方視的な主張をするにとどまるものであり、注意義務違反の対象となる義務の内容および存在を、具体的主張をもって主張立証して」いないとして、退けました。

次に、説明義務違反の主張については、以下のとおり判示して、被告の注意義務違反を認めました。

すなわち、「美容診療は、生命身体の健康を維持ないし回復させるために実施されるものではなく、医学的に見て必要性および緊急性に乏しいものでもある一方、美容という目的が明確で、しかも、ほとんどの場合が自由診療に基づく決して安価とはいえない費用をもって行われるものであることを考えると、当該美容診療による客観的な効果の大小、確実性の程度等の情報は、当該美容診療を受けるか否かの意思決定をするにあたって特に重要と考えられる。

そして、美容診療を受けることを決定した者であれば、医師から特段の説明のない限り、主観的な満足度はともかく、客観的には当該美容診療に基づく効果が得られるものと考えているのが通常と言うべきである。

そうすると、仮に、当該美容診療を実施したとしても、その効果が客観的に現れることが必ずしも確実ではなく、場合によっては客観的な効果が得られないこともあるというのであれば、医師は、当該美容診療を実施するにあたり、その旨の情報を正しく提供して適切な説明をすることが診療契約に付随する法的義務として要求されているものと言うべきである。

従って、医師が、右記のような説明をすることなく、美容診療を実施することは、診療対象者の期待および合理的意思に反する診療行為に該当するものとして、説明義務違反に基づく不法行為ないし債務不履行責任を免れない」として、被告の責任を認めました。

その上で、裁判所は、被告に対して、患者の施術費用の全額、患者がスーパーリセリングの美容効果を高めるものとして購入させられた基礎化粧品費用、慰謝料30万円、弁護士費用30万円の計約203万円の損害を認定しました。

裁判例に学ぶ

本件は、美容医療の特殊性を踏まえつつ、美容クリニックに説明義務違反があるとして、患者側の請求を認めた事例です。

そもそも、美容医療が、いわゆる「医療行為」に当たるか否かについては、かねて議論があるところです。

現在では、美容医療も「医療行為」に当たると考えた上で、美容医療の特殊性を踏まえ、美容診療契約の法的性質や、医師の注意義務の程度を議論する見解が多数であるように思います。

ここで言う、美容医療の特殊性とは、おおむね以下のとおりです。

すなわち、①患者の生命身体の健康を維持ないし回復させるために実施されるものではないこと、②医学的に見て必要性および緊急性に乏しく、患者の主観的願望を満足させるためのものであること、③ほとんどの場合が自由診療に基づく決して安価とはいえない費用を要すること、です。

本件で、裁判所は、上記美容医療の特殊性を踏まえつつ、クリニックの説明義務違反を認定しています。

一般的に、美容医療については、純粋な医療行為としての医学的必要性・緊急性が乏しいと考えられ、通常の医療行為の場合に比べ、患者に対してより十分な説明が必要です。

本件で、裁判所が認定した、クリニックの患者への説明ですが、「①65歳くらいの人が50歳にしか見えない、②しわが取れてしわがきれいになる、③スーパーリセリングの方がリセリングよりも個人差に左右されず、効果が高い、④細胞を注入した後はすぐに効果を実感でき、遅くとも施術後3カ月で効果が出る」などの内容でした。

このときクリニックは、施術結果に患者が主観的に満足を得られないことがある場合や、客観的に結果が変わらない場合もあることについて説明をしていませんでした。

また、クリニックへの同意書には、スーパーリセリングを受けた後に腫れや赤みが生じる場合があること、キャンセルをしても返金できないことについての記載はありましたが、スーパーリセリングには効果が生じない場合があることや、そのような場合にも返金や減額には応じない旨の記載はありませんでした。

医師の説明義務を導く法的根拠として、「患者の自己決定権」を重視する見解と、診療契約(準委任契約)における義務の一内容として捉える見解とがありますが、一般的な医療行為の説明義務について、裁判実務は後者に依拠しています。

すなわち、本来の医療行為においては、患者が医師の助言に基づいて決定するのではなく、医師が患者の希望を踏まえた上で責任をもって行うことが、前提となっているように推察されます。

しかし、美容医療における説明義務については、本件も含め、裁判例上、通常の医療行為の場合のそれと比べて、患者の自己決定権がより重視されているように感じられます。

本件は、患者の意思を重視した丁寧な認定、判示をしている点で、美容診療における説明義務違反について、重要な意義を有する裁判例です。