vol.214 他科受診の必要性を認めた際に医師の取るべき措置とがんの検査義務違反

―医師が他科受診の必要性を認識した場合に取るべき措置を具体的に示し、患者の主訴から大腸がんの検査として下部消化管検査を実施すべきであったのにその義務を怠ったとして医師の過失を認めた事案―

東京地裁 平成19年8月24日判決(判例時報1283号216頁)
協力「医療問題弁護団」 村手 亜未子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事実関係

1 事案の概要

亡A(女性・死亡当時51歳)は、平成13年8月30日、高血圧を主訴として被告病院の内科を受診し、翌14年5月17日に軟便、肛門の腫れ、出血等を主訴として被告病院の外科を受診しそれぞれに通院を継続していたところ、同年7月15日に原発巣を大腸がんとする転移性の肝がんが発見され、同年8月20日に死亡した。

被告病院は学校法人によって開設された総合病院で、A死亡の翌年には、地域がん診療拠点に指定されている。

本件裁判では、担当医が他科(自己の領域外の科)を受診する必要を認識した場合に他科の受診を勧めることで注意義務を尽くしたといえるか、診療過程でがんの見落としがあったか否かが争われた。

2 診療経過は、次の通りである。

▼平成13年
8月30日 高血圧を主訴として被告病院の内科を受診。血圧、胸部レントゲン、心電図検査。
9月3日 心エコー検査。
9月20日 内科受診。軽度左心室肥大、小球性低色素性貧血と診断。医師は婦人科外来、消化器科外来の受診を勧めた。
10月2日 ブドウ糖負荷試験、血液検査。
10月11日 内科受診。鉄欠乏性貧血、重度糖尿病と診断。医師は婦人科および消化器科外来の受診を勧めた。
11月1日 内科受診。血糖、HbA1c、尿検査と投薬治療を継続。
11月22日 内科受診。医師は消化器科を受診しない理由を質問。
12月20日 内科受診。血糖、HbA1c、尿検査と投薬治療を継続。
▼平成14年
1月17日 内科受診。血糖、HbA1c、尿検査と投薬治療を継続。
2月25日 内科受診。アムロジンを服用すると下痢をするとの訴えがあり、アテレックに変更。医師は消化器科を受診するよう勧めた。
3月25日 内科受診。便に血が混じるとの訴えあり。医師は消化器科ではなく外科受診を勧めた。
4月22日 内科受診。外科の受診をしていないとAが述べたため、医師は「なぜ外科に行かないのですか。今から外科に行くように」と進言。
5月17日 外科受診。問診表に軟便、肛門の腫れ、出血等の記載あり。下痢、血便が出る、便が細い、おなかが張る、体重が減った、よく眠れないの項目に○印あり。直腸診と直腸鏡による検査。医師は内痔核と診断し、痔疾用剤(ネリプロクト)を処方して経過観察、便潜血反応検査および注腸造影検査は内痔核の症状が落ち着いてから行うことに決定。Aは内科で鉄欠乏性貧血と診断されたことを告げず、医師は内科への検査データの照会を行わず。
5月20日 内科受診。Aは痔で外科を受診し良くなったと医師に報告。
5月31日 外科受診。
6月7日 外科受診。Aは軟便の症状をよくしたい、ピンク色の便が出ると訴え。直腸診と直腸鏡による検査が行われたが、内痔核および肛門周囲は初診時より改善、出血や腫瘍の所見なし。
6月21日 外科受診。Aは軟便が続いている、胃が重い、舌があれていると訴え。過敏性腸炎治療剤(ポリフル)を追加処方。
6月24日 内科受診。医師は顔色蒼白、瞼結膜はひどい貧血をうかがわせる旨カルテに記載あり。
7月5日 外科受診。Aは貧血と浮腫が気になると訴え。腫瘍マーカーなどを含む血液検査を実施。
7月15日 胃内視鏡検査において異常なし。しかし、CEA、CA19-9がいずれも測定上限を超えていたため急遽腹部エコー検査および胸腹部レントゲン検査を実施。多発性びまん性の肝転移、多発性肺転移、横隔膜下腹水貯留確認。緊急入院。
7月23日 大腸内視鏡検査。原発巣としての直腸RS部に全周性の隆起を伴うがんの所見。
7月25日 高分化型腺がんとの診断。保存的末期治療。
8月20日 転移性肝がん、直腸がん、肝不全等により死亡。

争点と判決

1 主たる争点

①外来患者に他科を受診する必要が認められた場合に、医師はいかなる措置を取るべきか

②次の各日において大腸がんを見落とした過失があるか

・平成13年8月30日 ・平成13年10月 ・平成13年11月 ・平成14年2月25日 ・平成14年3月25日 ・平成14年5月17日

2 判決

裁判所は、争点①について、医師は必要な措置を取っており被告病院には過失はないと判断した。

一方争点②について、平成14年5月17日の時点で直ちに大腸がんを疑い下部消化管検査を実施すべきであったのにこれを怠り、内痔核が落ち着くまで経過観察をすることにしたことについて過失を認めた。

判決の判断理由

1 争点①について

裁判所は、「医師が通常有すべき医学的知見に照らして他科領域における診察ないし検査が必要な状態にあると認められる場合には、当該患者に対し、他科の受診を勧めるべき義務を負う」として患者に対して他科の受診を勧める義務を認めたが、多数の診療科を有する総合病院に勤務する医師は、外来患者に他科領域の疾病等の疑いがあると認めた場合には、患者の状態等に照らし緊急に他科の診療を要することが明らかなときなど、特段の事由があるときを除き、他科の受診を勧めれば足り、それ以上に、患者の転医、転科措置を講ずるまでの義務はなく、また、他科の医師に対して診療情報提供書(院内診察依頼・報告書等)を作成して患者の状態を説明し、診療行為の内容等を告知し、受入先の承諾を得た上で時機を失しないよう患者の転科措置を取ることは、いずれもその義務はない旨を判断した。

2 争点②について

平成14年5月17日の時点について、Aが問診表に記載の下痢、血便、便柱の狭小、腹部の張り、体重の減少といった症状の項目に○を付すとともに、医師に対して、軟便、肛門の腫れ、出血を訴えていたことをあげ、裁判所は、「これらの症状は大腸がんの典型的な症状であるから、外科担当医である医師には、Aに内痔核の存在を認めたとしても、直ちに大腸がんを疑い、下部消化管の検査を実施(予定)すべき注意義務があったというべきである」として、病院側の過失を認めた。

その他の時点における注意義務違反は認めなかった。

裁判例に学ぶ

自己が専門外(他科)の疾患を疑った場合、医師は患者に対して他科受診を勧めれば足り、それ以上に診療情報提供書(院内診察依頼・報告書等)を作成し、他科の医師に必要な診療の内容を告知して転科の措置を取ることまでは必要ないと裁判所は判断しています。

この点についての原告側の主張は、適切な治療を受けるべき時期を失しないよう適宜の時期に転科の措置を取る義務を負うというものでした。

本件の被告病院が総合病院であって、単科病院に比較すると他科と連携することは容易かもしれませんが、医師が患者の意向を無視して他科を受診させることを認めるべきではありませんし、診療情報提供書の作成を当然に期待することもできませんから、本件の結論は適切なものと思われます。

がんの見落としに関しては、Aの問診の結果が大腸がんの典型症状を示していることや、内痔核では便柱狭小や下痢、腹部の張りについて説明がつかないとして、内痔核が落ち着いてから検査を実施ないしはオーダーしたのでは遅いとして、病院側の過失を認めました。

問診は、問診表の記載も含め、診断の基礎になるものとしてその内容を十分にチェックすることが求められているものと思われます。

なお、本件では、被告病院に検査義務違反を認めたものの、平成14年5月17日の時点で大腸がんを疑い直ちに検査を実施(予定)していたとしても、Aの肝転移の状況からして死亡日時点でなお生存していた高度の蓋然性は認められず、相当程度の可能性にとどまるとして、可能性侵害に対する慰謝料150万円と弁護士費用(総額16万円)について病院側に支払いが命じられています。