vol.215 薬剤処方時の医師の注意義務

―抗てんかん薬過剰投与による重症薬疹で患者が死亡した事例―

東京地裁 令和2年6月4日判決(確定)
協力「医療問題弁護団」 飯渕 裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、抗てんかん薬過剰投与により重症薬疹を生じて死亡した患者の遺族が、医療機関および関係医師に対して、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

1 平成25年、亡D(40代女性)は、膠芽(こうが)腫を患い、開頭手術・放射線治療を受け、その後、被告Fを主治医とし被告病院に通院した。

2 平成26年にかけて、Dは、抗てんかん薬のイーケプラ(後に中止)・デパケン(バルプロ酸)の投与を受けていたが、7月、膠芽腫再発が指摘された。

Dは、夏のサンバ大会出場を希望していたが、8月20日、けいれん発作が出現したため、被告病院を救急受診した。

その際、当番医の被告Gは、Fに相談の上、Dに付き、ラミクタール錠100mg・1回1錠を1日2回(1日合計200mg)およびマイスタン錠5mg・1回1錠(1日1回)を、各7日分を処方した(「本件処方」)。

同月29日、Dは、被告病院に入院したが、9月1日、薬疹を疑われ前記処方は中止された。

治療が行われたが、同月9日、中毒性表皮壊死(えし)症(TEN)による両側肺炎等により、死亡した。

ラミクタールの添付文書(平成26年8月)には、投与によりTENおよびSJS(皮膚粘膜眼症候群)等の重篤な皮膚障害が現れることがあるので投与に当たっては十分に注意するようにとの警告欄があり、また、用法・用量として、成人に用いる場合でバルプロ酸ナトリウムを併用する場合、最初の2週間は1回25mgを隔日に経口投与、次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与、その後は1~2週間ごとに1日量として25~50mgずつ漸増し、維持用量は1日100~200mgを2回に分けて服用する、との趣旨の記載があった。

3 原告は、①添付文書に従わないラミクタール投与上の過失、②ラミクタール投与に当たって添付文書に従わないことなどの説明義務違反、について主張した。

被告らは、本件当時、TENによる死亡可能性については十分に精通しておらず、死亡の具体的予見可能性がない、また、用法用量の不遵守が直ちに危険を招来するものではない、Dらのサンバ大会出場の希望をかなえるためにけいれん発作を抑制する必要があった、などの趣旨の反論をしていた。

判決

1 裁判所は、前記①の薬剤投与上の過失に付き、「ラミクタールにはSJSやTENといった重篤な副作用の発現がみられるところ、臨床試験の結果によれば、初期投与量を減量して漸増させることによってその発現率を低めることができることが確認されたので、前記の重篤な副作用を防ぐために、前記のとおり投与量を漸増させるという用法・用量の定めが設けられたことを容易に読み取ることができる」とし、さらに添付文書以外にもこれに沿う知見があるとして、合理的理由がない限り、添付文書記載の用法・用量を遵守する義務があったとした上、本件ではそのような合理的理由が無いとして注意義務違反を認定した。

その際、被告らの前記の各主張に対しては、「SJSおよびTENは重症薬疹であることやTENを発症した場合の死亡率が10ないし30%であることは、本件処方当時から認められるものであり、被告Fもこのことを十分認識していたのであるから、本件処方をするに当たり、被告Gおよび被告Fは、添付文書の用法・用量を大幅に超えたラミクタールを処方することにより、SJSおよびTENを発症する危険性があり、これら(特にTEN)が発症した場合には死亡する危険があることを認識し得たものと認めることができる」、「本件処方を行ったとしても、サンバの大会までの短期間においてラミクタールの血中濃度を安定させることができたのかは疑義があること、たとえ投与量は少なかったとしても種類の違う抗てんかん薬を投与するだけで一定の発作抑制効果が認められることは、いずれも被告Fが供述するところであって、これらによれば、被告らの前記主張を踏まえてもラミクタールについて添付文書に反する本件処方をしたことについて合理的な理由があったと認めることはできない」等としていずれも敗訴。

2 なお、投与上の過失に付き、主治医であったが本件処方を開始したわけではないFは、投与量は指示していないので自己は責任を負わない旨述べていた。

判決は、「本件処方に当たって被告Gが被告Fに対して相談の電話をしたことは被告病院に勤務する医師であるところ、外来当番医としてDを1回限り診察したにすぎない被告Gが、主治医であった被告Fの指示がないにもかかわらず添付文書に反する用法・用量でラミクタールを処方したとは考え難いし(被告Fは8月26日にラミクタールの処方量を把握したのにその内容を被告Gと意見交換することもなく継続していることからも被告Gの独断での処方量とは考え難い)、仮に用法・用量について被告Fが具体的な指示をしていなかったとしても、被告Gに用法・用量の判断を委ねたものであって8月26日にDを診察した際、その用法・用量を中止することなく継続したことも考え合わせれば、本件処方について容認したものと認められるから、いずれにしても本件処方についての責任を免れるとはいえない」として、責任を肯定した。

3 さらに、説明義務違反の点も、「本件処方は、ラミクタールの添付文書に記載された用法・用量に従わない処方でありそのような処方によって致死率が高いTENおよびSJS等の重篤な皮膚障害が現れる可能性があることは前記2に認定説示したとおりであるからこのような処方を行う医師には、添付文書と異なる処方を行う理由や、その場合に起こり得る副作用の内容や程度等について、患者が具体的に理解し得るように説明すべき義務があった」とした上、そのような説明は履践されていないとして説明義務違反を認めた。

4 判決は、本件処方と死亡結果との因果関係も認めた。

裁判例に学ぶ

1 本件は、筆者自身が他の弁護士と共に原告ら代理人として得た判決です。

内容は、添付文書上、当初1回25mgの隔日投与として漸増の上で維持用量に至るべきラミクタールを、いきなり最大量で投与し(つまり、通常の8~16倍の投与)、患者が重症薬疹を発症して死亡した事案です。

薬剤投与時の医師の注意義務については、最高裁平成8年1月23日判決(ペルカミンS事件)が、「医師が医薬品を使用するに当たって文書(医薬品の添付文書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」としており、本判決もこの枠組みにのっとったものと理解され、その判断は全般的にオーソドックスと考えます。

このように、法的には、添付文書の位置付けが非常に重要であり、添付文書の記載要領に変更があった現在も、この点は変わらないと思われます。

もちろん、臨床現場では、添付文書と異なる処方も一定数あり得るでしょう。

前記最高裁判所判決の枠組みも、合理的な理由があれば医療機関が責任を負わないことを明確に留保するものです。

本判決も、単に添付文書を大きく逸脱するだけで違法としたのではなく、サンバ大会出場という患者側の希望を踏まえても、ラミクタールの血中濃度安定が可能か疑義があること・違う抗てんかん薬を投与するだけで一定の発作抑制効果が認められることなどから、結局、医学的必要性がそもそもないとして、添付文書を逸脱する本件投与に合理的理由がないとするものです。

2 また、本判決は、事例判断ですが、添付文書と異なる処方の際、同処方により大きな危険が生じ得る場合には、添付文書と異なる処方の理由・副作用等を説明すべきとの考えを前提としていると思われ、添付文書と異なる処方の際の在り方として、示唆のあるところです。

3 さらに、本件では、ブルーレターや注意喚起の改訂経緯上は、過剰投与→重症薬疹による「死亡」の事例が明示的に注意喚起されたのは本件後のことであったため、死亡の具体的予見まではできなかったとの主張に対しては、本件薬疹の死亡率が高いとの知見等から、判決はこれを否定しており、薬剤処方(特に添付文書と異なる処方)時には、あらためて、副作用の内容や危険性もよく検討されるべきであると言えそうです。

4 最後に、本件処方は、判決も過失であると認定しているように、添付文書からの逸脱度合い・その際の医学的必要性・許容性の低さから、率直に、極めて異例の処方であり、不思議を感じます。

本件処方時、薬剤師が処方量に付き疑義照会をしたが医師は同処方量で良いと回答し疑義照会でも阻止できなかった経緯もあり、システムとして、適正で妥当な処方が実質的に確保される(単純なエラーだけでなく、適切と考えにくい処方を再考する)システムが構築されて機能し、法制度レベルでも、院内レベルでも仕組み的に薬剤処方による過誤をなくす取り組みの必要性が感じられるところです。