1 本件は、筆者自身が他の弁護士と共に原告ら代理人として得た判決です。
内容は、添付文書上、当初1回25mgの隔日投与として漸増の上で維持用量に至るべきラミクタールを、いきなり最大量で投与し(つまり、通常の8~16倍の投与)、患者が重症薬疹を発症して死亡した事案です。
薬剤投与時の医師の注意義務については、最高裁平成8年1月23日判決(ペルカミンS事件)が、「医師が医薬品を使用するに当たって文書(医薬品の添付文書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」としており、本判決もこの枠組みにのっとったものと理解され、その判断は全般的にオーソドックスと考えます。
このように、法的には、添付文書の位置付けが非常に重要であり、添付文書の記載要領に変更があった現在も、この点は変わらないと思われます。
もちろん、臨床現場では、添付文書と異なる処方も一定数あり得るでしょう。
前記最高裁判所判決の枠組みも、合理的な理由があれば医療機関が責任を負わないことを明確に留保するものです。
本判決も、単に添付文書を大きく逸脱するだけで違法としたのではなく、サンバ大会出場という患者側の希望を踏まえても、ラミクタールの血中濃度安定が可能か疑義があること・違う抗てんかん薬を投与するだけで一定の発作抑制効果が認められることなどから、結局、医学的必要性がそもそもないとして、添付文書を逸脱する本件投与に合理的理由がないとするものです。
2 また、本判決は、事例判断ですが、添付文書と異なる処方の際、同処方により大きな危険が生じ得る場合には、添付文書と異なる処方の理由・副作用等を説明すべきとの考えを前提としていると思われ、添付文書と異なる処方の際の在り方として、示唆のあるところです。
3 さらに、本件では、ブルーレターや注意喚起の改訂経緯上は、過剰投与→重症薬疹による「死亡」の事例が明示的に注意喚起されたのは本件後のことであったため、死亡の具体的予見まではできなかったとの主張に対しては、本件薬疹の死亡率が高いとの知見等から、判決はこれを否定しており、薬剤処方(特に添付文書と異なる処方)時には、あらためて、副作用の内容や危険性もよく検討されるべきであると言えそうです。
4 最後に、本件処方は、判決も過失であると認定しているように、添付文書からの逸脱度合い・その際の医学的必要性・許容性の低さから、率直に、極めて異例の処方であり、不思議を感じます。
本件処方時、薬剤師が処方量に付き疑義照会をしたが医師は同処方量で良いと回答し疑義照会でも阻止できなかった経緯もあり、システムとして、適正で妥当な処方が実質的に確保される(単純なエラーだけでなく、適切と考えにくい処方を再考する)システムが構築されて機能し、法制度レベルでも、院内レベルでも仕組み的に薬剤処方による過誤をなくす取り組みの必要性が感じられるところです。