vol.218 心房細動カテーテル・アブレーション治療中に心タンポナーデを合併させ患者を死亡させた事案について、同治療の適応がなかったとして医師の過失を認め、遺族の請求を認容した高裁判例

東京高裁令和2年12月10日判決(確定)、横浜地裁横須賀支部平成30年3月26日判決
協力「医療問題弁護団」 金﨑 浩之 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

徐脈傾向があり、長年にわたり動悸などに悩んでいた患者(50代男性)に対し、主治医は、洞不全症候群などを疑って電気生理学検査を実施したところ、心房細動の心電図所見が出現したことから、患者の疾患を心房細動と診断しカテーテル・アブレーション治療を実施した。

ところが、患者は、術中に心タンポナーデを合併して遷延性意識障害に陥り、その後死亡したという事案である。

主な争点は、①電気生理学検査中に誘発された心房細動の所見を根拠に心房細動と診断してよいか、②電気生理学検査中に「いつもと似た症状を感じた」という患者の発言があったか否かである。

②の争点は、このような患者の発言が認められれば、心房細動と診断したことを正当化できる余地があるという点で、①の争点と関連している。

原審(一審)は、電気生理学検査中に「いつもと似た症状を感じた」という患者の発言があったとする主治医の証言を採用し、主治医が心房細動と診断してカテーテル・アブレーション治療を実施したことに注意義務違反はないとして、患者遺族の請求を棄却した。

そして、控訴審では、3人の医師による書面鑑定が実施された。

控訴審判決

1 争点①に関連する医学的知見、争点②に関連する事実関係

争点①との関係で問題となった頻回刺激法という電気生理学検査は、右心房に電気的刺激を頻回に与えたうえで、刺激を止めた後の洞調律の回復時間を診る検査である。

本件患者については、速やかに洞調律が回復したため、洞不全症候群などの診断には至らなかったが、心房細動の心電図波形が出現したことから、主治医は、心房細動と診断している。

しかしながら、医学的知見によると、心筋に頻回刺激を加えれば、心筋が頻回に興奮して心房細動が誘発されることがあるということであった。

言い換えると、心房細動に罹患(りかん)していない患者であっても、人為的に電気的刺激が頻回に加えられることによって、心房細動が誘発されてしまう場合があるということになる。

そこで、このような検査で誘発された心房細動の心電図所見に臨床的意義があるか否かが争われた。

次に、争点②に関連して、主治医の心房細動の診断根拠は、電気生理学検査中における心電図所見に加え、検査中に上記のような患者の発言があったことを決め手にしている点にあった。

ところが、看護記録には、「検査中、脈が速くなり気持ちがよかった」という内容の患者の説明が記載されていたため、主治医の右証言内容の信用性が争われることになった。

2 電気生理学検査中に誘発された心房細動の所見を根拠に心房細動と診断してよいか(争点①)

3人の鑑定人のうち2人は、心房細動の診断には、12誘導心電図、ホルター心電図などにより自然発生的な心房細動の所見を認めることが必要で、電気生理学検査で誘発された所見を根拠に心房細動と診断することはできないとしたのに対し、1人は心房細動と診断したことは不適切ではないとした。

ところが、不適切ではないとした鑑定人も、カテーテル・アブレーション治療の適応との関係では、12誘導心電図やホルター心電図などで心房細動の所見を認めることが必要であるとした。

控訴審は、これらの鑑定意見を踏まえ、本件診療当時の医療水準としては、心房細動と診断するためには、12誘導心電図、ホルター心電図などにより、自然に発生した心電図を記録するのが原則であるとした。

3 電気生理学検査中に「いつもと似た症状を感じた」という患者の発言があったか否か(争点②)

争点②との関連では、仮に主治医が証言している内容の患者発言があった場合であっても、カテーテル・アブレーション治療の適応について疑問とする鑑定意見で一致した。

しかしながら、そのような患者発言が存在したのであれば、心房細動を疑う根拠にはなるとして、疑診の段階であることを患者に説明したうえで患者がカテーテル・アブレーション治療を希望したのであれば、不適切ではないとする鑑定意見も見られた。

このため、主治医の証言するような患者発言があった場合、本件カテーテル・アブレーション治療が正当化される余地を残した。

しかしながら、控訴審は、患者発言に関する主治医の証言について、「検査中、脈が速くなり気持ちがよかった」という看護記録の記載と矛盾し信用できないとして、主治医の証言を退けた。

4 鑑定後における病院側の新たな主張と裁判所の判断

ところで、この事件では、鑑定後に、病院側が新たな主張を展開した。

その内容は、「心房細動と診断できないことを患者に説明したが、それでも患者がカテーテル・アブレーション治療を強く希望したので、同治療を行った」というものであった。

この新たな主張は、心房細動と診断したことを前提にカテーテル・アブレーション治療の適応があったというそれまでの病院側の主張を変遷させるものであり、また、鑑定結果に沿うように自己の主張を修正していることがうかがえた。

もっとも、原審において、主治医自身が心房細動と確定診断した旨を証言していたため、この主張は、控訴審において退けられている。

5 控訴人(患者側)の請求をほぼ全面的に認容する逆転判決

そして、上記各鑑定意見を踏まえ、控訴審は、心房細動カテーテル・アブレーション治療の適応がなかったと判断し、医師の注意義務違反を認め、被控訴人(病院側)に対し、約7000万円の損害賠償の支払いを命じる判決を下した。

裁判例に学ぶ

原審・控訴審を通じ、患者側代理人として訴訟活動を行った弁護士の立場から、いくつか指摘しておきたいことがあります。

第1に、原審と控訴審の結論は真逆となりましたが、この2つの裁判例は、両立する余地を残しています。

なぜなら、控訴審では鑑定が実施されているのに対し、原審ではそれが実施されていないため、裁判所の判断の前提となる証拠資料が異なるからです。

言い換えれば、原審で鑑定を実施していれば原審においても患者側が勝訴した可能性があり、また、控訴審で鑑定を実施していなければ原審と同様に病院側が勝訴した可能性があったということです。

共通の証拠資料を前提に判断が分かれたわけではありません。

したがって、判断が分かれた決め手は、鑑定の実施に尽きるといえます。

第2に、この事案は、鑑定が実施されれば主治医の責任を肯定する内容の鑑定結果が出そろうことが予想されたため、控訴審のような結論は意外ではありませんでしたが、このようなことはあまり一般的なことではありません。

私の経験では、鑑定が実施された場合、鑑定人の間で意見が分かれることの方がむしろ多いと思われます。

そのような場合、裁判所は、真偽不明状態に陥り、病院側に有利な判断となることも少なくありません。

したがって、鑑定を実施することの意義については、事案ごとの検討が必要です。

第3に、この事件では、病院側と病院側の弁護士との間で十分な打ち合わせがなされておらず、病院側の意向を反映していない主張が提出されていた可能性が示唆されます。

特に、控訴審における病院側の主張の変遷は、病院側の意向を反映しているとは思えませんでした。

そして、このような訴訟経過が控訴審の心証に大きく影響した可能性があります。

というのも、控訴審は、一度も和解による解決を促すことなく、原審を覆す判決を出しているからです。

いずれにしても、この事件は、鑑定が実施されれば、病院側の敗訴が予想されたので、原審で和解による解決の道を探るのが得策でした。

病院側は、医療の専門家ですから、患者側以上に敗訴リスクを適切に見積もることができると思われます。

したがって、当該事案の敗訴リスクに関する認識を弁護士と共有し、事件の落としどころについて、弁護士と綿密に協議しておくことが望まれます。