分娩時に産科危機的出血に陥ったときの高次施設への搬送

vol.219

救急搬送時刻や出血量などのカルテ記載が正確でないと認定され医療機関の賠償責任が認定された事例

東京地裁 令和2年1月30日判決(裁判所ウェブサイト)
協力「医療問題弁護団」 松井 菜採 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事案の概要

Yクリニック(以下、Y)における分娩後異常出血による妊産婦死亡例である。

妊産婦P(35歳、初産婦)は、軽度の妊娠高血圧症候群と診断され、妊娠39週1~2日に分娩誘発が行われたが、分娩停止となった。

妊娠39週2日18時3分ごろから緊急帝王切開術を受け、18時10分ごろに児娩出、18時40分ごろに手術終了した(術中出血量525g)。

18時50分ごろ、Pはリカバリー室に入室した。

助産師記載のクリニカルパスによると、出血量は入室後1時間時点「多100」、2時間時点「多100」、3時間時点「100+α」だった。

22時40分ごろ、外出していた医師は、助産師から電話報告を受け、出血量の再確認などを指示した。

助産師はパッド内の出血量を測定し、クリニカルパスの4時間時点に「200」と記載した。

この頃の血液検査の結果は、Hb7.8、Ht23.2、血小板数11.1だった。

医師は、外出先から戻り、23時10分ごろにPを診察し、子宮内と腟内のコアグラ(370ml)を除去した。

内診後、Pは嘔吐した。

医師は、この頃の所見として「shock index 133/101<1.5」と記載した。

23時30分ごろ、18Gのルート確保、パスロン投与を開始した。

日付をまたいだ0時以降、Yは高次施設への救急搬送を決定し、高次施設に受け入れ依頼をした。

1時3分ごろに救急要請、1時18分ごろに救急隊が出発したが、搬送途中に心肺停止し、1時27分ごろに高次施設に到着した後、7時57分ごろ、死亡確認された。

判決

1 診療記録の記載①救急搬送決定時刻

Yは、カルテ記載に基づき搬送決定時刻を「0時15分」と主張した。

裁判所は、高次施設が搬送の連絡を受けた時刻(0時50分ごろ)、P家族の携帯電話に搬送の連絡をした時刻(0時43分ごろ)、119番通報時刻といった客観的な裏付けのある事実などをもとに、Yの主張を認めず、搬送決定時刻を「0時30分ごろ」と認定した。

2 診療記録の記載②ショックインデックス(SI)

Yは、23時10分ごろのSI(心拍数/収縮期血圧)の記載「133/101」は「101/133」の誤記であり、SIは1.0未満だったと主張した。

なお、Yでは術後もPの血圧、心拍数などをモニターしていたが、印刷前に助産師がモニター電源を切り、データ保存がなされなかった。

裁判所は、単にバイタルサインを記載するのではなく、敢えて「shock index」「<1.5」と記載したこと、23時30分ごろにパスロン投与したこと、前後のバイタルサインとの整合性などから、Yの主張を認めず、23時10分ごろのSIは約1.3だったと認定した。

3 診療記録の記載③出血量

Yは、クリニカルパスの出血量は実際の計測値を記載しており、23時10分ごろの時点で合計1395ml(羊水込み)だったと主張した。

裁判所は、「多100」の記載形式、極めて切りの良い数字が続いていることなどから、実際の計測値とは認め難いと判断し、23時10分ごろのSIが約1.3であることから、この頃の出血量は2L弱程度と認定した。

4 産科危機的出血時の高次施設搬送義務

裁判所は、以下3点の理由から、23時40分ごろまでに産科危機的出血に陥ったと判断すべきであり、Yでは輸血や外科的処置を実施できない以上、高次施設へ搬送すべき義務があったとして、0時30分ごろの搬送決定は義務違反であるとした。

①23時10分ごろのSIは1.0を超えており、分娩時異常出血の状態だった。

②23時45分ごろに子宮底圧迫により120mlの出血があり、なお出血が持続していた。

③術後の尿量が20時50分ごろに累計300mlとなった後、継続的に輸液がなされていたにもかかわらず、搬送までの間に尿量増加がなく、無尿または乏尿であった。

5 因果関係(救命可能性)

裁判所は、死因について、0時30分ごろの血液凝固が余りない出血を発症時期とするDIC先行型(子宮型)羊水塞栓症と判断した。

その上で、限られた人員で、搬送手配、診療情報提供書の作成、P家族への連絡などの作業をする時間を考慮して、搬送決定から高次施設到着までに必要な時間を最大50分程度とした。

そして、(23時40分の50分後である)0時30分ごろに高次施設に到着していれば、ショックとなる前か軽度ショックの段階で抗DIC療法などの治療が開始され、Pを救命し得たものと認めた。

裁判例に学ぶ

第1に、分娩時異常出血では、カルテ記載の出血量が正確とは限らないことを前提とした対応が求められる。

本例では、カルテ記載上は23時10分ごろまでの出血量は1395mlだったが、裁判所は、実際の計測値とは認め難いと判断し、同時刻までの出血量を2L弱と認定した。

明記された計測量よりも出血量が多いことを考慮した対応が必要である。

第2に、産科危機的出血の判断基準はSIのみではない。

本例でも、SI:1.5以上に至ったか否かではなく、SI:1.0以上になった後の出血持続やバイタルサイン異常(乏尿など)をもとに産科危機的出血の状態と判断された。

輸血や開腹止血措置等の外科的処置を実施できない施設では、明らかにSI:1.5以上に至っていなくても、患者の状態により高次施設への搬送決定をしなければならない場合がある。

第3に、常日頃から出血量の正確な測定と正確な経時的カルテ記載を心掛け、緊急時でも正確な測定と記載がなされるようにするとともに、モニターデータの保存方法と保存基準を院内で再確認されたい。

本例では搬送決定時刻や出血量の記載が正確でないとされた上、モニターデータの保存もなく、SIに関する医師主張は認められなかった。

カルテ記載の正確性が疑われる例、モニターデータが保存されていない例は、患者や家族の側からは「逃げた、隠した、ごまかした」と受け止められ、事故後の紛争化を避けられない。

分娩に関わる施設の医療スタッフは、最新の「産科危機的出血への対応指針」を重ねて確認し、院内研修、自施設の状況点検、シミュレーションなど実施いただきたい。