1 診療記録の記載①救急搬送決定時刻
Yは、カルテ記載に基づき搬送決定時刻を「0時15分」と主張した。
裁判所は、高次施設が搬送の連絡を受けた時刻(0時50分ごろ)、P家族の携帯電話に搬送の連絡をした時刻(0時43分ごろ)、119番通報時刻といった客観的な裏付けのある事実などをもとに、Yの主張を認めず、搬送決定時刻を「0時30分ごろ」と認定した。
2 診療記録の記載②ショックインデックス(SI)
Yは、23時10分ごろのSI(心拍数/収縮期血圧)の記載「133/101」は「101/133」の誤記であり、SIは1.0未満だったと主張した。
なお、Yでは術後もPの血圧、心拍数などをモニターしていたが、印刷前に助産師がモニター電源を切り、データ保存がなされなかった。
裁判所は、単にバイタルサインを記載するのではなく、敢えて「shock index」「<1.5」と記載したこと、23時30分ごろにパスロン投与したこと、前後のバイタルサインとの整合性などから、Yの主張を認めず、23時10分ごろのSIは約1.3だったと認定した。
3 診療記録の記載③出血量
Yは、クリニカルパスの出血量は実際の計測値を記載しており、23時10分ごろの時点で合計1395ml(羊水込み)だったと主張した。
裁判所は、「多100」の記載形式、極めて切りの良い数字が続いていることなどから、実際の計測値とは認め難いと判断し、23時10分ごろのSIが約1.3であることから、この頃の出血量は2L弱程度と認定した。
4 産科危機的出血時の高次施設搬送義務
裁判所は、以下3点の理由から、23時40分ごろまでに産科危機的出血に陥ったと判断すべきであり、Yでは輸血や外科的処置を実施できない以上、高次施設へ搬送すべき義務があったとして、0時30分ごろの搬送決定は義務違反であるとした。
①23時10分ごろのSIは1.0を超えており、分娩時異常出血の状態だった。
②23時45分ごろに子宮底圧迫により120mlの出血があり、なお出血が持続していた。
③術後の尿量が20時50分ごろに累計300mlとなった後、継続的に輸液がなされていたにもかかわらず、搬送までの間に尿量増加がなく、無尿または乏尿であった。
5 因果関係(救命可能性)
裁判所は、死因について、0時30分ごろの血液凝固が余りない出血を発症時期とするDIC先行型(子宮型)羊水塞栓症と判断した。
その上で、限られた人員で、搬送手配、診療情報提供書の作成、P家族への連絡などの作業をする時間を考慮して、搬送決定から高次施設到着までに必要な時間を最大50分程度とした。
そして、(23時40分の50分後である)0時30分ごろに高次施設に到着していれば、ショックとなる前か軽度ショックの段階で抗DIC療法などの治療が開始され、Pを救命し得たものと認めた。