巨大児の出生につき、帝王切開をすべき注意義務、帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務について

vol.221

分娩方法については患者に十分な説明と納得を

大阪地方裁判所 令和2年3月13日判決(判例時報2482号掲載)
協力「医療問題弁護団」 佐藤 光子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

Xの母であるCは、1型糖尿病に罹患(りかん)し、その後、第1子、第2子をYが開設・運営する病院(本件病院)で出産し(いずれも経膣分娩)、平成25年に第3子Xを出産した。

Cは、第2子の出産の際、児頭娩出後、肩甲娩出までに時間を要し、重症新生児仮死の状態での出産となった。

本件病院の担当医師であるA医師は、Cの既往を認識していた。

Cは、帝王切開を選択肢としてA医師に伝えていた。

Cは、「妊娠38週4日、1型糖尿病合併、巨大児疑い」との診断の下、陣痛誘発目的で本件病院に入院した。

Cに陣痛促進剤の投与が開始され、陣痛が始まった。

児頭は娩出したが肩甲娩出が困難であり、巨大児かつ肩甲難産のため、娩出まで時間がかかった。

Xは出生した際、児頭娩出から肩甲娩出までの約9分間の臍帯圧迫、頚部圧迫等の影響により、重症新生児仮死の状態であった。

本件は、右上肢肩肘機能全廃の後遺障害が残ったXが、A医師に、帝王切開をすべき注意義務違反、帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務違反があったなどと主張して、Yに対し、不法行為(使用者責任)に基づき、後遺障害逸失利益等の損害賠償金4764万1018円および遅延損害金の支払いを求めた事案である。

判決

1 判決では、A医師が、帝王切開をすべき注意義務、帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務を負っていたか否かにつき判示された。

2 帝王切開をすべき注意義務違反があるか

本判決は、平成25年当時、巨大児であるか否かの正確な診断は困難であり、巨大児が全て難産であるとも限らなかったことなどから、巨大児であるか否か、またはその疑いがあるか否かを基準にして帝王切開を実施するという医療水準はまだ確立していなかったといえるとした。

本件の具体的な事情に即してみても、胎児(X)が巨大児でない可能性や、仮に巨大児であったとしても、肩甲難産が生じない可能性が認められたこと、Cは、平成21年および平成23年当時、1型糖尿病に罹患していたが、第1子(出生体重3066グラム)および第2子(出生体重4760グラム)を経膣分娩で出産したこと、帝王切開を実施した場合の危険性が重大であること、特に、Cのように1型糖尿病に罹患している場合にその危険性がさらに高まること、Cは当時、分娩遷延・停止の状態に陥ったともいえないことに照らせば、仮に、胎児(X)が巨大児で、かつ、肩甲難産が発生し得る可能性があり、この場合に胎児(X)に生じ得る後遺障害が重大なものとなり得ることを考慮しても、なお帝王切開をした場合の危険性が高かったといわざるを得ないのであって、A医師が、帝王切開をすべき注意義務を負っていたとまではいえないとした。

3 帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務違反があるか

当時、巨大児か否かの正確な診断は困難であり、巨大児の全てが難産であるとも限らなかったことなどから、巨大児であるか否か(またはその疑いがあるか否か)を基準にして帝王切開を実施するという医療水準はまだ確立していなかったことに照らせば、Cの出産において、分娩前の段階で、帝王切開が選択されるべきであったとはいえない。

また、同年当時、分娩遷延・停止となった場合、帝王切開を実施するという医療水準がまだ確立していたとまではいえないことに照らせば、仮に、Cの出産において、分娩遷延・停止となったとしても、直ちに帝王切開へと分娩術を変更すべきであったとはいえない。

さらに、同年当時、肩甲難産が生じた場合、人員を確保するとともに、会陰切開・マックロバーツ体位・恥骨上縁圧迫法などにより娩出を図ることを考慮することが勧められていたものの、帝王切開へと分娩術を変更することは勧められていなかったことに照らせば、仮に、Cの出産において、肩甲難産が生じたとしても、帝王切開へと分娩術を変更すべきであったとはいえない。

そうすると、本件において、選択的帝王切開と緊急帝王切開のいずれも実施することが想定されない状況であった以上、A医師が帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務を負っていたとはいえないとした。

4 結論

本判決は、A医師に帝王切開をすべき注意義務、帝王切開へと分娩術を変更できるような態勢を構築すべき注意義務があったとはいえないとして、Xの損害賠償請求を認めず、Xの請求を棄却した。

裁判例に学ぶ

本判決は、巨大児であるか否か、またはその疑いがあるか否かを基準にして帝王切開を実施するという医療水準が確立していたかをまずは確定し、さらに本件の具体的な事情に即して、丁寧な検討がなされました。

結論としてXの請求が棄却されましたが、事実認定のレベルでは、必ずしもA医師の主張が認められているわけではないことには注意が必要です。

Cは第2子が難産であったことからA医師や助産師に、帝王切開も選択肢として考えている旨を診療の当初より伝えていました。

A医師はCからは聞いていないと証言していたため、Cがそのような意思をA医師に伝えていたかも本判決では丁寧に事実を認定し、A医師の証言は信用性がないと判示されています。

診療録に帝王切開についてのCの希望が記載されていないのは、A医師は医学的に帝王切開の適用がないと自己の中で判断し、Cの話を重要視せず発言に真摯に耳を傾けていなかったために診療録にも記載はなかった可能性が認められると判示しています。

巨大児であることを疑われた場合には、巨大児の正確な診断は困難であることを十分に説明した上で、患者と相談して分娩方針を決定することはガイドライン上も考慮されるべきとされていました。

ただこの点は、ガイドライン上は3段階の推奨レベルのうち、最も推奨レベルの弱いレベルのものにとどまっており、本判決では診療上考慮に値するものと値するという程度を超えて法的な意味での注意義務を直ちに構成するとは言い難いとしています。

そのため、本件では結論としてはA医師の注意義務違反は認められませんでした。

しかし、分娩方法についての医師と患者の間の十分な意思疎通や患者の納得がいまひとつであった様子がうかがわれ、出生した子が右上肢肩肘機能全廃という重い後遺障害が発生してしまったために本件は訴訟まで発展してしまったと思われます。

ガイドラインに沿った治療診療がなされることはもちろん、医師は事前に十分患者の意見に耳を傾け、それが医学的に選択できない場合は、医学的な見地から患者の納得のいく説明を十分にすることが求められるといえます。