白内障手術後の失明について手術後にカルテを改ざんした独自の慰謝料や、説明義務違反による失明の後遺症逸失利益が認められた事例

vol.220

東京地裁 令和3年4月30日判決(確定)
協力「医療問題弁護団」 大森 夏織 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、都内の大学病院分院(約450床)で、加齢黄斑変性症の既往を有する80歳男性患者である原告が、平成25年11月、両眼の白内障手術を受けたが、右眼に続いて実施された左眼の手術の際にチン小帯を断裂させてしまい眼内レンズの挿入ができず、左眼第2回手術を実施するも、術後眼圧が高くなり、左眼を失明した事例である。

判決

本件の主な争点は①カルテ改ざんおよび虚偽説明の有無、②手術適応の前提となる説明義務違反の有無、③眼圧を適切に管理する注意義務違反の有無、④説明義務違反や眼圧管理義務違反と失明結果との因果関係、⑤損害請求であった。

①カルテ改ざんに関する原告の主な主張は、主治医兼執刀医(以下「本件医師」という)が、当初の両眼白内障手術決定日のカルテに、原告のチン小帯が脆弱なので両眼とも2回に分けて手術をしなければならない可能性があることを説明した旨を書き加え、右眼手術当日カルテにも、左眼手術はもっと難しい可能性があることを説明した旨を書き加え、左眼手術前日カルテにも同趣旨の説明をした旨を書き加え、左眼手術当日カルテでは「予想通り、もともとチン小帯が断裂していたので予定通りオペを2回に分ける」等と書き加え、手術後の眼圧を56から36に書き換えた、というものである。

判決は、手術記録や看護記録と整合性が取れない、カルテ記載の体裁が不自然である(他の記載をした後に用紙上方部分に挿入されるような形で記載されている、検査用紙の上に記載されている、術式や執刀医押印の右上方に前日の記載にはみ出す形で記載されている、カルテ右側に枠囲いで記載されるなど)という点から、本件患者特有のリスク説明部分のカルテ記載は意図的に追記され、術後眼圧の数字も書き換えた、と認定した。

また判決では、③の眼圧管理への注意義務違反は認めなかったが、②④の説明義務違反の存在とこれによる因果関係を認めた。

最も原告が主張した、説明義務を欠く治療行為はそもそも適応自体を欠き違法な医療行為であるという法的構成は否定したものの、手術に適応はあったが説明義務が果たされておらず(本件医師は訴訟前示談交渉時の説明会の席上でも、訴訟の法廷証言でも、患者のチン小帯が脆弱で難易度が高く100人に1人程度の難易度であったこと、水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であったことを説明していた旨の発言や証言を重ね、本当にそのリスクがあったかどうかはともかく)、それらのリスクは原告に説明されておらず、説明義務が果たされていれば患者はそもそも白内障手術を受けなかったであろうから、手術を受けたがために左眼を失明したと認定した。

さらに判決では、⑤左眼失明による後遺症慰謝料被害相当額650万円を含む963万円強の損害を認定した。

この金額には、カルテ改ざんが独自の不法行為に当たるとされ独自に認定された慰謝料金額100万円も含まれる。

裁判例に学ぶ

筆者は本件の原告代理人弁護士であった。

日々真摯に病気や患者さんに向き合い奮闘する多くの読者にとって、このようにあからさまなカルテ改ざん事例が、本コーナー「裁判例に学ぶ」という趣旨に合致するか?(手書きカルテだったとはいえ、大学病院でこのような露骨な書き換え・書き加えなどする医師がいるのか?いやそうはいないであろうから学び自体がないのでは?)という自問自答はあったが、以下述べるような「学び」はあると考え、本件を紹介することとした。

現在では更新履歴の残る電子カルテがそれなりに普及しているので、カルテ改ざん自体はさらに減ると思われるが、過量処方された抗うつ薬の服用により死亡した患者の遺族からカルテ開示請求をされた精神科医が、診療当時に大量服用を厳重注意した旨の電子カルテを改ざんした、と認定された裁判例【大阪地裁平成24年3月30日判決(判タ1385号167頁)】もある。

ちなみに本件では、被告病院側から、「医療訴訟に関心を持ち日々裁判傍聴、訴訟記録の閲覧などを通じて研究」されている眼科医から、裁判所が改ざんを認定した患者へのリスク説明に関するもろもろの改ざんカルテにつき「特段不自然であるとは思わない」とされ本件医師が説明義務を果たしたことを前提とする専門家意見書が提出されている。

本件のように相当プリミティブなカルテ改ざん事例について、カルテ記載の体裁の不自然さ、手術記録や看護記録との不整合に疑問を有することなく被告側の主張を肯定する専門家意見書が提出されていることを残念に感じる。

日頃患者側で医療紛争を扱う立場から、紛争予防や紛争解決に重要なのは「情報共有と相互理解」であることを痛感している。

カルテ等医療記録が開示され共有されることで、患者側も診療経過を理解し納得することが多い。

改ざんはともかくカルテの記載が不正確不十分であるがゆえの医療紛争は数多くみられ、典型的には、診断(あるいは診断懈怠)が問題となる患者の症状が記載されていないため、その症状の有無や医師による把握の有無が記録上不明である場合や、患者への説明がカルテに記載がないために説明義務が果たされたかどうかが問題になる場合である。

電子カルテでも、医療事故が起きてからのカルテに「従前説明したような患者のリスクが生じた」と記載されているが従前のカルテには患者固有リスクの説明が記載されていないこともあり、とりわけ患者死亡ケースだと、果たして本当にリスクが共有されていたかどうかカルテ上不明であるゆえに紛争にもなる。

カルテは、質の高い医療の提供を行うための記録であると同時に、医療の内容を患者と共有するための大切な記録であることを十分に意識しながら作成される必要がある。

(本件では手術の失敗を隠すため本当は存在しなかった患者の固有リスクを大きく設定してしまったという破綻が生じているが、)医療現場の日常の診療において、患者ごとのリスク説明を含み、治療方針について説明すべきことが十分に説明されているか、その説明内容と患者の理解についてできる限り詳しく記録に残しているか、改めて意識されたい。

医療訴訟は被告側となる医師や病院にとって多大なストレスであろうと同時に、患者側にとっても、裁判を抱えるということは本当に精神的負担であり、裁判を好んでしたい患者も患者側弁護士もいないと考える。

筆者自身の取り扱い案件でも、医療機関側が「情報共有と相互理解」の観点を持ち、またその診療経過にスタンダードではない医療行為があったことを真摯に認め、歩み寄りをしてくれていれば、訴訟までは避けられたはずの事案がけっこうな割合を占める。

本件でも、原告は事件当時は80歳、原告として法廷に立たされ診療経過や被害を述べることを余儀なくされた揚げ句、判決時には88歳になっていた。原告は判決後の記者会見でも「失明したから裁判したのではない。嘘をつかれたから裁判をした」と述懐している。

なお、本件医師について厚生労働大臣と医道審議会へ行政処分要望書を提出した。

民事医療過誤について適用ありとの考え方が公表されているにもかかわらず、重大な医療過誤や医療過誤リピーター事案であってもなかなか行政処分されないという運用に疑問を感じる。