破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術における手技と説明について

vol.223

コイル塞栓術につき、控訴審において、原判決を変更して説明義務違反と手技ミスを認めた事例

広島高裁 令和3年2月24日判決(裁判所ウェブサイト)
協力「医療問題弁護団」 飯渕 裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

破裂動脈瘤によるくも膜下出血疑いと診断された40代前半の女性(G)が、コイル塞栓術(本件手術)を受けたが、術中に動脈瘤が破裂しくも膜下出血を起こし死亡した事案。

原審では請求全部棄却。

控訴審で、説明義務と手技上の過失が認められた。

経過概要は次の通り。

6月17日20時頃、G、突発的な頭痛と嘔吐がある。

6月19日には、くも膜下出血疑いで、相手方病院の精査を受け、破裂動脈瘤を原因とするくも膜下出血疑いで入院。

同日CTでは、前交通動脈に二つの葉状の構成成分を有する6mm大の破裂脳動脈瘤(本件動脈瘤)が存在。

右側構成成分は、幅2.24mm、高さ4.35mm、左側構成成分は、幅3.42mm、高さ4.09mm。

H医師は、I医師と相談し、脳血管攣縮を合併している場合にクリッピング術を施すと脳梗塞に至ることが多いことなどを考慮し、コイル塞栓術を第一選択とした。

H医師は、同日19時頃、家族に対し、本件病状説明書面および本件手術説明書を示して説明をした。

20時40分頃、本件手術開始。

医師らは、ダブルカテーテルを用いることとし、右内頚動脈から前大脳動脈を経由させて、本件右側構成成分を塞栓するために先端を90度程度曲げたマイクロカテーテル1と、本件左側構成成分を塞栓するために先端を45度程度曲げたマイクロカテーテル2を本件動脈瘤のうち本件左側構成成分寄りの位置に留置した。

コイル1は、コイルを充塡するフレームを瘤内に形成するためのフレーミングコイルで、I医師らは、コイル1として二次コイル径3.5mm、長さ5cmのOrbit Galaxyを選択し(以下、コイルは全てOrbitGalaxy のもの)、カテーテル2を用いて本件動脈瘤に挿入した。

I医師らは、さらに、フィリングコイルとして、コイル2を本件右側構成成分に、コイル3.4を本件左側構成成分に挿入した。

I医師らは、本件右側構成成分に依然として造影剤の貯留が認められたため、フィリングコイルを挿入することとし、コイル5として二次コイル径3mm、長さ4cmを、カテーテル1を用いて本件右側構成成分のうち前方に張り出した部分に充塡したところ、残り1cmの時点で、Gが強い頭痛を訴え、直後の22時30分の脳血管撮影で、本件左側構成成分のネック部分が再破裂(本件再破裂)・再出血していた。

Gは、脳死状態となり、7月1日に死亡した。

同日、H医師に説明を求めた遺族は、本件動脈瘤が左側構成成分も有する二つの葉状のものであったことの説明がなかった、破裂した後に対策が取れないならコイル塞栓術を選ばなかったとの趣旨の話をし、H医師も、前者を説明していないことは自認した。

判決

※証拠引用等は、割愛

①説明義務違反

(1)「術中破裂があった場合には、…開頭手術では救命することができなかったと認めるのが相当」であり、「「7・合併症…①術中破裂…破裂した場合に出血が止められなくなり急いで開頭手術をしなくてはならない場合や、手術すらできない場合もあります。最悪の場合は亡くなられます」と記載された本件手術説明書面を用いてコイル塞栓術の合併症の説明をした……ところ、上記の記載の意味内容について、一般の患者の普通の注意点と読み方とを基準に判断すると、本件動脈瘤の術中破裂があった場合でも、例外的に手術すらできないときを除き、開頭手術で救命することができるような趣旨に受け取られるもの」であり、術中破裂の場合、開頭手術では救命できないことの説明義務違反があるとした。

(2)また、ダブルカテーテルの難しさを認定し、「H医師がGらに対する説明に用いた本件病状説明書面及び本件手術説明書面には、本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであるとの記載はされていない」ことや、説明していないことをH医師が自認したことなどから、本件動脈瘤が二つの葉状構成部分を有しダブルカテーテルを用いなければならないほどコイル塞栓術が難しいものであることの説明義務違反を認めた。

(3)さらに、「前交通動脈は、母血管径が細く、カテーテルの誘導も困難で、容易に血栓症等が生じ得るなど、最もコイル塞栓術の困難な部位の一つであるとする文献が存在し、また、前交通動脈に存在する脳動脈瘤については、コイル塞栓術ではなく、クリッピング術を優先すべきであるとの文献が存在し、さらに、I医師も、前交通動脈に存在する脳動脈瘤について、コイル塞栓術とクリッピング術のいずれもが危険であることから、慎重に術式を選択すべきものであり、クリッピング術を優先すべきと考える医師も存在することを認めている」ことから、クリッピング術との比較検討をすることができる程度に、本件動脈瘤が存在する前交通動脈について、コイル塞栓術の困難な部位の一つであることを説明すべき義務があり、その説明義務違反があったとした。

②手技上の過失

(1)「フレーミングは、フィリングコイルが瘤の内側を傷つけたり瘤を破ったりすることのないよう瘤内にフレーム…を形成する工程」であり、「脳動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有する場合、一方の構成成分にカテーテルを挿入してコイルを挿入すると、一方の構成成分ばかりにコイルが挿入され、他方の構成成分がコンパートメント……として残り、瘤内の血流が完全に消えないことが懸念されることから、ダブルカテーテルを用いて、二つのカテーテルを各構成成分に挿入し、また、コイルとしてOrbit Galaxyを選択するのであれば、各構成成分の長径と同じ二次コイル径の長いコイルを選択し、…コンパートメントやコイルの偏りのない、ネック部分までカバーした立体的なフレームを形成することで瘤内に脆弱部分を作らないようにするのが当時の医療水準」とした。

(2)「コイル1の挿入後のDSAの画像が二つのリング状の形状を示していることに照らすと、コイル1で形成されたフレームは、不十分な8字状すなわちドーナッツ状の二次元的なものであ」り、「①Orbit Galaxyは、外側から中心に向けてスペースを埋める特徴を有するものであり、外側に広がっていく特徴を有していないといえること、②コイルとしてOrbit Galaxyを用いるのであれば、各構成成分の長径と同じ二次コイル径の長いコイルを選択するのが当時の医療水準であったところ、本件左側構成成分の長径(高さ)が4.09mmであったのに、I医師は、コイル1として、二次コイル径3.5mmのものを選択したこと、③画像上、本件再破裂の時点で、本件左側構成成分のネック部分のフレームが形成されていたようには窺われないところ、コイル6から9までの各コイルの挿入により上記部分が大きく膨らんでいることを併せ考慮すると、コイル1の二次コイル径は、本件左側構成成分のフレームを形成するには小さ過ぎ、そのために、コイル1では上記部分までカバーしたフレームを形成することができなかった」。

(3)判決は、上記(2)が(1)の医療水準に悖るとし、本件左側構成部分のネック部分までカバーするフレームが形成されていなければコイルが同部分を穿孔する可能性が高く、穿孔の他原因が認められないため、同部分をコイルが穿孔したことが再破裂の原因であり、本件動脈瘤の術中破裂により生命に関わる事態や重篤な後遺症が残る可能性については、5~10%程度とされていたことから、過失ととの因果関係も認めた。

裁判例に学ぶ

1.本件では、まず、比較的高難度の緊急施術の説明に示唆があります。

くも膜下出血等は、本件のように、説明文書のひな形が用意されていることがあり、それ自体は有用です。

しかし、実際の説明に当たっては、難易度等を踏まえて当該症例に最適化された説明が必要です。

実際、原審は、早期手術の必要がある中で、文書提示をした上で必要事項を説明したとして説明義務違反を否定しており、審理状況によるので決めつけることはできないものの平板な判断と感じますが、控訴審が判断したように、左側構成成分の存在や部位の関係で難易度が高くなっているが、そのことについて説明がない症例は説明義務違反を問われ得るということです。

「当該症例での」「具体的」難易度は、説明の際の一つの重要な鍵であり、ここで率直な説明をして、過度な期待を生まないことで防げる事故・紛争もあると思います。

もう一つは、説明義務の履行は、一般人を基準とするのであり、医療関係者基準ではない、ということです。

本判決はその趣旨を明快に述べており、説明が自己決定のための情報開示であることを踏まえると、妥当なものと思います。

紛争化した場合、説明文書や録音で事実認定がされるので、説明用の各種ひな形文書も、患者目線で分かりやすくなっているか、検証が必要です。

緊急下で複雑専門的な事項を分かりやすく説明するのは簡単なことではありませんが、患者に伝わる方法で説明せざるを得ない場合があることが示唆されます。

2.次に、本件では、手技上の過失が認められています。

具体的な内容以外でも本件では、コイルによる穿孔がフレーム形成不全によるものかどうかについて、「被控訴人病院においては、…コイルを挿入する度に画像を撮影するなど大量の画像を撮影し、…撮影後1ないし2カ月はハードディスクに保存されていたが、本件において提出されているものを除き、その後放射線技師により消去されるところとなり」とされており、実際の経緯はさておき、死亡という重大な結果を招いたこと、遺族が納得していないこと、死亡からひと月後に医療事故ではないかとの書簡を受領したことから、廃棄する運用であったとしても、通常の業務フローにのみ依存しない対応をしていれば、より真実が明らかになった可能性もあり、その点の示唆もあります。