MRSA院内感染と医師の責任2

vol.222

多種類の抗生剤を投与すべきでなかったのに、これをしたことなどにより、MRSA感染症などを発症させた過失を問われた事例

最高裁 平成18年1月27日判決
協力「医療問題弁護団」 櫻田 晋太郎 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、80歳を越えた女性が、脳こうそくの発作でYの開設する病院に入院し、その後、急性期から安定期に移ったことから、一般病室へ移ったところ、同病室には、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の保菌者が在室しており、同女もMRSAに感染するなどした後、全身状態が悪化して死亡したことから、その相続人であるXらが、病院の医師には、感染症治療に関する過失などがあり、その結果、MRSA感染症、抗生物質関連性腸炎、薬剤熱、肝機能障害、腎不全、けいれんや多臓器不全を発症させ女性を死亡させるに至ったなどと主張して、Yに対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

主にMRSA感染症の治療責任に関して、以下の3点が問題になった。

  • 広域の細菌に対して、抗菌力を有する抗生剤である第3世代セフェム系のエポセリンや、スルペラゾンを患者に投与すべきでなかったのに、これらを投与したことにより、患者にMRSA感染症を発症させた過失の有無(争点①)
  • 患者がMRSA感染症を発症した前記時点で、抗生剤のバンコマイシンを投与すべきであったのに、これを投与しなかったことにより、患者のMRSAの消失を遅延させた過失の有無(争点②)
  • 患者の入院期間中、多種類の抗生剤を投与すべきでなかったのに、これをしたことなどにより、患者に、MRSA感染症、抗生物質関連性腸炎、薬剤熱、肝機能障害、腎不全、けいれんや多臓器不全を発症させた過失の有無(争点③)

以上の3つの争点について、裁判所の判決内容を以下で説明する。

判決

1 原審(東京高裁 平成14年(ネ)第5435号 平成15年7月16日判決)

(争点①)担当医師は、広域の抗生剤である第3世代セフェム系抗生剤を投与しているが、私的意見書においては、その当否はともかく、当時の臨床医学においては第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったとされていること、鑑定事項でなかったとはいえ、裁判所の鑑定においても、問題視されていないことなどから、第3世代セフェム系抗生剤を投与したことに過失があったとはいえない、(争点②)担当医師は、早期にバンコマイシンを投与していないが、裁判所の鑑定においては、担当医師が投与した別の抗生剤でも、時間を要したものの、MRSAは消失しているから、その処置が不適切であったとまでは断定できないとされていること、私的意見書においても、前記時点で担当医師がバンコマイシンを投与していないことが問題とされていないことなどから、早期にバンコマイシンを投与していないことに過失があったとはいえない、(争点③)担当医師は、多種類の抗生剤を投与しているが、私的意見書においては、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったとされていること、裁判所の鑑定においても、担当医師が多種類の抗生剤を投与したことが問題とされていないことなどから、多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとはいえないなどとして、Xらの請求を棄却した。

2 本判決(最高裁 平成15年(受)第1739号 平成18年1月27日第二小法廷判決)

これに対し、第二小法廷は、(争点①)当時の医療慣行はともかく、国立病院などのマニュアルや私的意見書においては、MRSA感染症を予防するためには、感染症の原因菌を正しく同定して、できるだけ狭域の抗生剤を投与すべきであり、広域の抗生剤である第3世代セフェム系抗生剤の投与は避けるべきであるとされていること、裁判所の鑑定においては、担当医師が第3世代セフェム系抗生剤を選択したことが当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘がなされていることなどに照らすと、当時の医療水準にかなった治療がなされたか疑わしい、(争点②)裁判所の鑑定においては、早期にバンコマイシンを投与しなかったことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘がなされていること、私的意見書が、早期にバンコマイシンを投与しなかったことが当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否か明らかでないことなどに照らすと、早期にバンコマイシンを投与しなかったことが当時の医療水準にかなうものであったか疑わしい、(争点③)当時の医療慣行はともかく、国立病院などのマニュアルや私的意見書においては、MRSA感染症を予防するためには、適正な種類の抗生物質のみを使用すべきとされていること、医師側の私的意見書においてさえ、担当医師が必要のない抗生剤を投与したことなどが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘がなされていることなどに照らすと、多種類の抗生剤を投与したことが当時の医療水準にかなうものであったか疑わしいとし、争点①~③の全ての判断を覆し、原判決を破棄し、さらに必要な審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻した。

裁判例に学ぶ

MRSA感染をめぐる裁判例には、感染責任が争点となっているものと、感染後の治療責任が争点となっているものがありますが、本件は後者となっています。

本裁判例は、最後に述べるとおり、感染症の治療において、院内における感染対策・感染治療の実情が、当時の医療水準と異なることを指摘した点で、重要な意義を有すると考えます。

MRSA感染症の治療責任を問題とする裁判は、長い治療経過全体から判断することになるため難しい判断となります。

「Vol.023 MRSA院内感染と医師の責任」で取り上げた裁判例でも、原審と控訴審の判断が分かれていることからもそのことが分かると思います。

そして、本件でも、高裁と最高裁とで争点①~③について全く異なる判断がなされました。

本件で異なる判断がされた理由を一言で言うと、訴訟で提出された鑑定書や意見書の評価が、高裁と最高裁で異なったという点にあります。

すなわち、最高裁は、裁判所の鑑定や私的意見書の真意が、第3世代セフェム系抗生剤を投与したこと(争点①)、早期にバンコマイシンを投与しなかったこと(争点②)、および、必要以上に多種類の抗生剤を投与したこと(争点③)の各点について、当時の医療水準に鑑みると、担当医師の過失は否定し難いという趣旨を述べていると評価しましたが、高裁は、当時の医療水準を考慮することなく、提出された鑑定書や意見書をつまみ食い的に評価をし、過失を否定しました。

MRSA感染症の治療の医療水準に関して、第二小法廷が述べた、以下の趣旨の指摘が参考となります。

すなわち、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできず、MRSA感染症を予防するためには、感染症の原因菌を正しく同定して、できるだけ狭域の抗生剤を投与すべきで、また、科学的評価に基づく適正な種類の抗生物質のみをできる限り使用すべきである、としました。

もっとも、感染症の診療は、感染部位、感染経路、原因菌を特定した上で、治療の決定を行うのが基本ですが、培養検査などで数日かけて原因菌を特定する作業をしている間においても、いわゆるエンピリック治療(経験的治療)を始めるのが一般的です。

そのため、エンピリック治療の段階で、広域スペクトルの抗菌薬を使用することが一概に否定されるわけではないことも最後に指摘しておきたいと思います。