MRSA感染をめぐる裁判例には、感染責任が争点となっているものと、感染後の治療責任が争点となっているものがありますが、本件は後者となっています。
本裁判例は、最後に述べるとおり、感染症の治療において、院内における感染対策・感染治療の実情が、当時の医療水準と異なることを指摘した点で、重要な意義を有すると考えます。
MRSA感染症の治療責任を問題とする裁判は、長い治療経過全体から判断することになるため難しい判断となります。
「Vol.023 MRSA院内感染と医師の責任」で取り上げた裁判例でも、原審と控訴審の判断が分かれていることからもそのことが分かると思います。
そして、本件でも、高裁と最高裁とで争点①~③について全く異なる判断がなされました。
本件で異なる判断がされた理由を一言で言うと、訴訟で提出された鑑定書や意見書の評価が、高裁と最高裁で異なったという点にあります。
すなわち、最高裁は、裁判所の鑑定や私的意見書の真意が、第3世代セフェム系抗生剤を投与したこと(争点①)、早期にバンコマイシンを投与しなかったこと(争点②)、および、必要以上に多種類の抗生剤を投与したこと(争点③)の各点について、当時の医療水準に鑑みると、担当医師の過失は否定し難いという趣旨を述べていると評価しましたが、高裁は、当時の医療水準を考慮することなく、提出された鑑定書や意見書をつまみ食い的に評価をし、過失を否定しました。
MRSA感染症の治療の医療水準に関して、第二小法廷が述べた、以下の趣旨の指摘が参考となります。
すなわち、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできず、MRSA感染症を予防するためには、感染症の原因菌を正しく同定して、できるだけ狭域の抗生剤を投与すべきで、また、科学的評価に基づく適正な種類の抗生物質のみをできる限り使用すべきである、としました。
もっとも、感染症の診療は、感染部位、感染経路、原因菌を特定した上で、治療の決定を行うのが基本ですが、培養検査などで数日かけて原因菌を特定する作業をしている間においても、いわゆるエンピリック治療(経験的治療)を始めるのが一般的です。
そのため、エンピリック治療の段階で、広域スペクトルの抗菌薬を使用することが一概に否定されるわけではないことも最後に指摘しておきたいと思います。