本件は、腰椎ヘルニア摘出手術を受けた際、馬尾神経の損傷があった事案において、いわゆる「手技ミス」(医師の手術等の手技上の過失)を認めた裁判例です。
腰椎ヘルニア摘出手術などの際、軟部組織、黄色靱帯と硬膜管とが癒着しており、これらを引き離す際に硬膜管から髄液が漏出してしまうことがあります。
裁判例は、まず神経損傷が生じたタイミングを問題にし、硬膜損傷と神経損傷とが同時に生じたのかを検討しました。
その上で、硬膜管に切れ目が生じた際、A医師が馬尾神経の脱出を確認していないこと、軟部組織の摘出の際に抵抗がほとんどなかったことから、硬膜損傷が生じた際には神経損傷までは生じていないと認定しました。
硬膜損傷の際に神経損傷にまで至ったか否かは、硬膜損傷と神経損傷のどちらの時点で医師の過失を構成するかという問題に影響するため、裁判で争点になることが多いです。
裁判例も、神経損傷が生じた時点を慎重に判断しております。
次に、裁判例は、神経損傷が生じた時点について、硬膜損傷が生じた際には神経損傷にまで至っていない一方で、本件手術後に行われた緊急手術において、馬尾神経の損傷が確認できたことから、神経損傷は、本件手術の際に生じたものであると判断しました。
一般的に、「手技ミス」の有無は、(1)当該手技によって損傷が生じたか、(2)損傷を生じさせたことに過失が認められるか、という2つの問題を検討します(秋吉仁美編著『医療訴訟―リーガル・プログレッシブ』青林書院、316~317頁)。
本件では、(1)の点が重要な争点にはなっていません。
硬膜管の損傷後、損傷部位の修復が行われていない状態下で容易でないヘルニア摘出手術を行ったという本件手術の危険性や、本件手術の翌日に行われた緊急手術において神経損傷が確認されており、神経損傷が生じた原因が本件手術以外には考えにくいことから、(1)本件手術(手技)によって神経損傷が生じたことについて、当事者間で争いがなかったものと思われます。
また、裁判例は、(2)損傷を生じさせたことに過失が認められるか、という点について、「医師が、硬膜管損傷が生じている状態下でヘルニア摘出を行う場合には、神経を傷つけないように愛護的に処理し、神経が硬膜外に出るのを防ぎ、また、出てしまった際には神経損傷を防ぎつつ硬膜管内にこれを戻すべき注意義務がある」とした上で、A医師の注意義務違反を肯定しました。
当該注意義務の内容が一般的な義務といえるかは十分な検討が必要ですが、少なくとも、「硬膜管損傷が生じている状態では、神経損傷が生じないように愛護的な処置をすべき」であることは当然といえます。
硬膜損傷により髄液漏れが生じた際、大事な点は、盲目的操作による神経損傷の発生を防止することにあります。
まずは損傷部位を確認し、損傷部位が不明な場合には、切開部位の範囲を広げ、損傷が発生していない硬膜から順々にたどることで損傷部位を割り出し、損傷部位を避けて手術を続行するなどの対応が求められます。