腰椎ヘルニア摘出手術に伴う神経損傷と医師の過失

vol.224

腰椎ヘルニア摘出手術を受けた際、馬尾神経の損傷があった事案において、医師の過失を認めた裁判例

新潟地裁 平成20年2月28日判決
協力「医療問題弁護団」 鵜之沢 大地 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、患者(原告・手術当時52歳)が、腰椎椎間板ヘルニア摘出手術を受けた際、執刀医であるA医師の過失により馬尾神経を損傷されたため、両下肢不全麻痺・知覚障害、膀胱直腸障害の後遺症を負ったとして、A医師が所属する医療機関(被告・Y)に対して、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

判決は、A医師の手技上の過失を認め、患者に対して8450万円余りを支払うよう命じた。

・患者は、腰椎椎間板ヘルニアの治療のため、平成16年6月3日にYに入院し、同月24日、A医師の執刀により内視鏡下での術式による腰椎ヘルニア摘出手術(本件手術)を受けた。

・A医師は、X線透視装置により罹患椎間を確認した後、筋膜を切開し、細いものから順にダイレーターを挿入していき、各ダイレーターの先端を移動させて椎弓上の軟部組織の剝離を行った。

その後、再びX線透視装置で罹患椎間を確認した上、ダイレーターに被せるようにチューブラーレトラクターを設置し、その中にライトを入れて椎間板ロンジュールによって軟部組織を摘出する作業に入ったところ、髄液流出を確認した。

軟部組織摘出時に抵抗はほとんどなかった。

・A医師は、髄液の漏出は硬膜管の損傷によるものと考え、術式を直視下での手術に変更した。

・A医師は、直視下で展開したところで、軟部組織、黄色靱帯と硬膜管が一体となって瘢痕化していること、および硬膜管損傷があることを確認した。

・A医師は、硬膜管の修復を行うことなく、椎間関節を削って外側を開きながら、硬膜管及び神経根を内側によけ、脱出していたヘルニアを摘出する作業を行った。

瘢痕が強かったため、ヘルニア摘出は容易ではなかった。

・A医師は、ヘルニア摘出後、硬膜管の欠損部を縫合することなく、瘢痕組織ごとナイロン糸で縫合し、本件手術を終了した。

・患者は、同月25日に両下肢に激痛を覚え、以後両下肢が麻痺し、知覚異常が出現した。

・その後、患者は、計6回の手術と平成18年2月3日までの入院を余儀なくされ、これらの治療後も、両下肢不全麻痺・知覚障害、膀胱直腸障害の後遺症(後遺障害5級相当)が残存した。

判決

(1)硬膜管損傷の発生について

A医師がロンジュールを用いて軟部組織の摘出を行う際に髄液の流出を確認したのであるから、この際に硬膜管に切れ目が生じたものと認められる。

しかし、この段階でA医師が馬尾神経の脱出を確認していないこと、また、軟部組織の摘出の際に抵抗がほとんどなかったことなどから、この段階では硬膜損傷が生じたにとどまり、それ以上に、硬膜管の一部が引き出されたり、硬膜管の中身である馬尾神経が引き出されたりして、馬尾神経が損傷したとはいえない。

(2)馬尾神経損傷の発生のタイミングについて

患者の左右両下肢の麻痺が発生したのは本件手術直後であること、本件手術後に行われた緊急手術の際、B医師が瘢痕組織に掛かっている糸を外してふた状になっている瘢痕を持ち上げてひっくり返してみると、馬尾神経が2本断裂して硬膜管にある半円形のような切れ目から外に出ていたことに照らすと、馬尾神経損傷が本件手術の際に発生したことは明らかである。

また、A医師が直視下のヘルニア摘出作業に入る前に硬膜管に生じた損傷を確認した際には、馬尾神経は見えなかったことなどに照らすと、馬尾神経の損傷は、硬膜管に切れ目が生じた状態下で行われた、直視下のヘルニア摘出手術の際に生じたものである。

(3)A医師の手技上の過失

医師が、硬膜管損傷が生じている状態下でヘルニア摘出を行う場合には、神経を傷つけないように愛護的に処理し、神経が硬膜外に出るのを防ぎ、また、出てしまった際には神経損傷を防ぎつつ硬膜管内にこれを戻すべき注意義務がある。

A医師は、硬膜管の損傷後、損傷部位の修復が行われていない状態下で容易でないヘルニア摘出手術を行い、その際に馬尾神経を損傷し、断裂した馬尾神経が硬膜管の損傷部位から外に出ていることを看過し、それを硬膜管に収めることなく、硬膜管の上に乗っている瘢痕組織に糸をかけて縫合して本件手術を終了したのであるから、A医師の判断及び手技には上記注意義務に反する過失がある。

裁判例に学ぶ

本件は、腰椎ヘルニア摘出手術を受けた際、馬尾神経の損傷があった事案において、いわゆる「手技ミス」(医師の手術等の手技上の過失)を認めた裁判例です。

腰椎ヘルニア摘出手術などの際、軟部組織、黄色靱帯と硬膜管とが癒着しており、これらを引き離す際に硬膜管から髄液が漏出してしまうことがあります。

裁判例は、まず神経損傷が生じたタイミングを問題にし、硬膜損傷と神経損傷とが同時に生じたのかを検討しました。

その上で、硬膜管に切れ目が生じた際、A医師が馬尾神経の脱出を確認していないこと、軟部組織の摘出の際に抵抗がほとんどなかったことから、硬膜損傷が生じた際には神経損傷までは生じていないと認定しました。

硬膜損傷の際に神経損傷にまで至ったか否かは、硬膜損傷と神経損傷のどちらの時点で医師の過失を構成するかという問題に影響するため、裁判で争点になることが多いです。

裁判例も、神経損傷が生じた時点を慎重に判断しております。

次に、裁判例は、神経損傷が生じた時点について、硬膜損傷が生じた際には神経損傷にまで至っていない一方で、本件手術後に行われた緊急手術において、馬尾神経の損傷が確認できたことから、神経損傷は、本件手術の際に生じたものであると判断しました。

一般的に、「手技ミス」の有無は、(1)当該手技によって損傷が生じたか、(2)損傷を生じさせたことに過失が認められるか、という2つの問題を検討します(秋吉仁美編著『医療訴訟―リーガル・プログレッシブ』青林書院、316~317頁)。

本件では、(1)の点が重要な争点にはなっていません。

硬膜管の損傷後、損傷部位の修復が行われていない状態下で容易でないヘルニア摘出手術を行ったという本件手術の危険性や、本件手術の翌日に行われた緊急手術において神経損傷が確認されており、神経損傷が生じた原因が本件手術以外には考えにくいことから、(1)本件手術(手技)によって神経損傷が生じたことについて、当事者間で争いがなかったものと思われます。

また、裁判例は、(2)損傷を生じさせたことに過失が認められるか、という点について、「医師が、硬膜管損傷が生じている状態下でヘルニア摘出を行う場合には、神経を傷つけないように愛護的に処理し、神経が硬膜外に出るのを防ぎ、また、出てしまった際には神経損傷を防ぎつつ硬膜管内にこれを戻すべき注意義務がある」とした上で、A医師の注意義務違反を肯定しました。

当該注意義務の内容が一般的な義務といえるかは十分な検討が必要ですが、少なくとも、「硬膜管損傷が生じている状態では、神経損傷が生じないように愛護的な処置をすべき」であることは当然といえます。

硬膜損傷により髄液漏れが生じた際、大事な点は、盲目的操作による神経損傷の発生を防止することにあります。

まずは損傷部位を確認し、損傷部位が不明な場合には、切開部位の範囲を広げ、損傷が発生していない硬膜から順々にたどることで損傷部位を割り出し、損傷部位を避けて手術を続行するなどの対応が求められます。