Xらは、平成14年度および平成15年度の人間ドック受診時に精密検査の実施又は勧奨を怠った過失について次の二点を指摘した。
(1)平成14年度検査にて、未分化型早期胃がんの典型的病変と一致する所見があることや強度の萎縮性胃炎が認められていることから、Pが強い萎縮性胃炎を発症していることは明らかである以上、特に注意して読影を行わなければならず、通常求められる注意を払っていれば早期胃がんを疑わせる所見は認識可能であった。
仮に胃がんの直接的な所見を認識できないとしても、周囲の粘膜と異なる異常所見があり、少なくとも精密検査を要しない良性病変(胃底腺ポリープや潰瘍瘢痕等)であると積極的に診断する根拠はないこと、強度の萎縮性胃炎の所見があることから、健康診断契約の趣旨、目的などに鑑みれば、Y法人には精密検査を実施または勧奨するべき義務があった。
(2)平成15年度検査について、がんが進展している所見や強度の萎縮性胃炎が増悪している所見があることから、平成14年度と同様に、Pが強い萎縮性胃炎を発症していることは明らかである以上、特に注意して読影を行わなければならず、通常求められる注意を払っていれば早期胃がんを疑わせる所見は認識可能であった。
以上のこと等から、Y法人には精密検査を実施または勧奨するべき義務があったと主張した。
これに対して、判決では、胃部造影レントゲンの読影に関する医学的知見、平成14年当時のピロリ菌感染と胃がんおよび胃がんに関する医学的知見や当時の研究到達度から、要求される注意義務の内容について、「人間ドックによる健康診断は、病気の早期発見・予防を目的として、具体的な異常の自覚のない受診者を対象に各種の検査を行うものであって、健康診断のみによって診断を確定することが求められているものではなく、健康診断を端緒としてさらに精密検査を実施し、診断を確定することが予定されているものである」と認定した。
そして、「このような人間ドックによる健康診断の目的・性質に照らせば、Y法人は、健康診断契約上の義務として、Pに対し、平成14年度検査および平成15年度検査の結果、胃がんを疑わせる所見が存在する場合だけでなく、このような所見がない場合でも、精密検査を実施して胃がんの有無を精査すべき異常所見がある場合には、精密検査を実施または勧奨すべき注意義務があるということができる」とした。
さらに、「この注意義務は、受診当時の医療水準に照らし、Y法人の特性などの諸般の事情を考慮して、Y法人との診療契約に要求される医療水準を検討し、判断されるべきである」とした。
一方で、人間ドックに要求される医療水準については、「人間ドックにおける健康診断は、厳しい時間的、経済的、技術的制約を内在する一般集団健康診断に比べれば高い水準の読影が期待されるということができるものの、他方で、本件施設における健康診断は、がんに限らず病気の発見・予防を目的として各種の検査を行うものであるから、本件施設において要求される読影の水準は、受診当時の人間ドックとしての標準的な医療水準に基づく読影の水準にとどまるものであり、本件施設は、がんの発見、治療を専門とする医療機関における画像読影と同等水準以上の高度な注意義務を負うものではない」とした。
そのうえで、裁判所は、医師の意見書や証言などから、X側の協力医が指摘する異常所見は、人間ドックに求められる医療水準に照らせば、異常を指摘するのは容易ではないこと、当時の研究の到達度を踏まえれば、萎縮性胃炎が高率に胃がんを発症するという知見は確立していたとはいえないことなどから、平成14年度および平成15年度のいずれについても、読影上の過失を否定し、精密検査を実施また又は勧奨すべき義務違反があったとはいえないとした。