人間ドックに要求される注意義務の内容と医療水準

vol.225

人間ドックの上部消化管造影検査における読影の過失が否定された事例

東京地方裁判所 民事第30部 平成30年4月26日 判決 平成26年(ワ)第13581号 損害賠償請求事件 判例タイムズ1468号188頁
協力「医療問題弁護団」 山本 悠一 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、P(50代・女性)の相続人であるXらが、PがY法人の開設・運営するAセンター(本件施設)において毎年定期的に健康診断(日帰り人間ドック)を受診していたところ、3年目(平成16年度)の健康診断を受診した後に実施した精密検査で胃がんが発見されたことについて、(1)Y法人には1年目(平成14年度)および2年目(平成15年度)の健康診断受診時に精密検査を実施または勧奨しなかった過失があることなどを主張して、Y法人に対し、損害賠償を求めた事例である。

なお、Xらは、上記過失以外にも、(2)健康診断の目的を果たすに足る十分な体制を備えなかった過失(体制整備義務違反)(3)Pに対して適応のない手術を行った過失(適応違反)(4)手術前に説明を尽くさなかった過失(説明義務違反)があるなどと主張した。

これらに対して裁判所は、(2)の体制整備義務違反および(3)の適応違反を否定し、(4)の説明義務違反のみを肯定したが、本稿では、日帰り人間ドック受診時の読影上の注意義務違反および人間ドックに要求される医療水準についてのみ紹介する。

判決

Xらは、平成14年度および平成15年度の人間ドック受診時に精密検査の実施又は勧奨を怠った過失について次の二点を指摘した。

(1)平成14年度検査にて、未分化型早期胃がんの典型的病変と一致する所見があることや強度の萎縮性胃炎が認められていることから、Pが強い萎縮性胃炎を発症していることは明らかである以上、特に注意して読影を行わなければならず、通常求められる注意を払っていれば早期胃がんを疑わせる所見は認識可能であった。

仮に胃がんの直接的な所見を認識できないとしても、周囲の粘膜と異なる異常所見があり、少なくとも精密検査を要しない良性病変(胃底腺ポリープや潰瘍瘢痕等)であると積極的に診断する根拠はないこと、強度の萎縮性胃炎の所見があることから、健康診断契約の趣旨、目的などに鑑みれば、Y法人には精密検査を実施または勧奨するべき義務があった。

(2)平成15年度検査について、がんが進展している所見や強度の萎縮性胃炎が増悪している所見があることから、平成14年度と同様に、Pが強い萎縮性胃炎を発症していることは明らかである以上、特に注意して読影を行わなければならず、通常求められる注意を払っていれば早期胃がんを疑わせる所見は認識可能であった。

以上のこと等から、Y法人には精密検査を実施または勧奨するべき義務があったと主張した。

これに対して、判決では、胃部造影レントゲンの読影に関する医学的知見、平成14年当時のピロリ菌感染と胃がんおよび胃がんに関する医学的知見や当時の研究到達度から、要求される注意義務の内容について、「人間ドックによる健康診断は、病気の早期発見・予防を目的として、具体的な異常の自覚のない受診者を対象に各種の検査を行うものであって、健康診断のみによって診断を確定することが求められているものではなく、健康診断を端緒としてさらに精密検査を実施し、診断を確定することが予定されているものである」と認定した。

そして、「このような人間ドックによる健康診断の目的・性質に照らせば、Y法人は、健康診断契約上の義務として、Pに対し、平成14年度検査および平成15年度検査の結果、胃がんを疑わせる所見が存在する場合だけでなく、このような所見がない場合でも、精密検査を実施して胃がんの有無を精査すべき異常所見がある場合には、精密検査を実施または勧奨すべき注意義務があるということができる」とした。

さらに、「この注意義務は、受診当時の医療水準に照らし、Y法人の特性などの諸般の事情を考慮して、Y法人との診療契約に要求される医療水準を検討し、判断されるべきである」とした。

一方で、人間ドックに要求される医療水準については、「人間ドックにおける健康診断は、厳しい時間的、経済的、技術的制約を内在する一般集団健康診断に比べれば高い水準の読影が期待されるということができるものの、他方で、本件施設における健康診断は、がんに限らず病気の発見・予防を目的として各種の検査を行うものであるから、本件施設において要求される読影の水準は、受診当時の人間ドックとしての標準的な医療水準に基づく読影の水準にとどまるものであり、本件施設は、がんの発見、治療を専門とする医療機関における画像読影と同等水準以上の高度な注意義務を負うものではない」とした。

そのうえで、裁判所は、医師の意見書や証言などから、X側の協力医が指摘する異常所見は、人間ドックに求められる医療水準に照らせば、異常を指摘するのは容易ではないこと、当時の研究の到達度を踏まえれば、萎縮性胃炎が高率に胃がんを発症するという知見は確立していたとはいえないことなどから、平成14年度および平成15年度のいずれについても、読影上の過失を否定し、精密検査を実施また又は勧奨すべき義務違反があったとはいえないとした。

裁判例に学ぶ

エックス線読影や内視鏡検査などにおける特定疾患の見落としが問題となり、裁判などで争われる場合が多々あるが、本事例は日帰り人間ドックにおける検査(読影)の過失が争われた事案であり、実務上参考になる。

人間ドックは、疾病の早期発見と適切な治療を受けさせるためのアドバイスを主たる目的として行われるものであり、実施する医療機関は、当時の医療水準に照らし、疾病発見に最もふさわしい検査方法を選択するとともに、疾病の兆候の有無を的確に判断して受診者に告知し、仮に異常があれば治療方法や生活における注意点などを的確に伝える義務を有するといえる(東京地判平成4年10月26日 判例タイムズ826号252頁参照)。

そして、基本的には、人間ドックをはじめとする健康診断は、特定の疾患を有していることを前提として行うものではなく、極めて短時間でほぼ全身的な検査を集中的に行うものである点などに特殊性があるため、健康診断における特定疾患の見落としは病院側に常に何らかの注意義務違反が存在することを前提とするものではない。

上記に関連して、地方自治体が実施するがん検診には集団検診方式と個別検診方式があるが、両者は仕組みが大きく異なり、担当医師に課せられる注意義務の判断も異なってくると考えられるところである。

東京地判平成29年5月26日 判例タイムズ1459号199頁は、個別検診方式による検査結果により精密検査を要するとの所見を得たときに担当医師が速やかに受診者に通知する仕組みが取られている場合の、担当医師の注意義務について判断したものであり、受診者が生存していた相当程度の可能性の侵害を認めた事例の一つとして参考になる。