1.未破裂脳動脈瘤に対する予防的治療に関するトラブルは、筆者の経験に照らしても、相談を受けることが比較的多い分野です。
2.説明義務違反で争われることが多いと思いますが、この裁判例では、手技上の注意義務違反も争われ、手技上のミスが認められました。
医学的には素人である法曹が手技上のミスを判断するためには、どのような器具を用いて、いかなる手順で、どのような処置がされるのかを理解することが適正な判断の大前提とされます(福田剛久等編集「最新裁判実務大系医療訴訟」405頁参照)。
本件裁判例でも苦心して手技を解析しています。
私が担当した裁判でも手術ビデオを見ながら議論したり、実際の手術器具を用いながら解説したりして、手技の正確な理解のために工夫しています。
3.手技においては医師の裁量が問題となりますし、医療経験により考え方が異なることなどもあり、手技ミスを認める裁判例はそれほど多くないといえるでしょうが、その意味で本件の認定は目を引きます。
各医師への証拠調べ手続きを経て、鑑定、さらには補充鑑定までなされた結果、裁判官が心証を形成したのだと考えます。
本件では説明義務違反も認められているため、有責の結果は複合的にもたらされたともいえます。
4.説明義務についてはこの判決でも最も厚く論じられている通り、特に予防的手術においては重要な争点です。
本件は中大脳動脈瘤で、サイズは横径5mm程度、縦径3mm程度であり、血管内治療は技術的に容易ではないということがポイントだったように思います。
それは担当医も認識していたはずでしょうが、治療する場合の治療方法の選択として、上述の条件のような場合には開頭術に利点があることを十分に説明できていなかったことがうかがえます。
予防的手術であり、失敗すると重大なリスクのある手術については、どんなに説明しても説明しすぎることはないくらいの姿勢でもいいのではないかと個人的には思います。
経過観察という選択肢もある中での説明です。
十分な情報を基に患者自身が考えて選択するのが大切で、それができたうえで治療に進んだのなら、たとえリスクが現実化してしまったとしても、患者の納得度は大きく異なるのではないでしょうか。
平成18年当時と比べると今はネット上の情報などが豊富となり、患者や家族も下調べするようになっていて、あれもこれも知っているような対応を受けることもあるかもしれません。
つまみ食いした情報により誤解していることもあるでしょうし、やはり専門家である医師による事案に即した説明・意見が格段に重要であることは間違いありません。
この裁判例では1億7,000万円以上の賠償が認められました。
原告は事故当時51歳と若く後遺障害は重篤で、夫は仕事を辞め介護をすることとなりました。
裁判例にあるように、「患者自身の生き方や生活の質にも関わる」選択になることを踏まえ、患者が「熟慮のうえ判断」できるような説明が求められますが、同時にその実施は容易ではないという戒めにもなるように思います。