未破裂脳動脈瘤の血管内治療についての手技と説明

vol.226

5mm程度の中大脳動脈瘤への血管内治療中に術中出血を生じた事案で、手技上の過失と説明義務違反が認められた裁判例

名古屋地方裁判所 平成24年2月17日 判決(医療判例解説40号57頁)
協力「医療問題弁護団」 笹川 麻利恵 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者X(事故当時51歳・女性)は平成18年1月に他院での検診で右中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤を指摘され、セカンドオピニオンを得るため同年4月にY病院を受診した。

同年6月20日に血管造影検査がなされ、体部横径5.7mm、体部縦径3.4mm、頸部径3.3mmの右中大脳動脈瘤が認められた。

6月30日にXと夫に対して開頭術や血管内治療の説明が行われた。

XはY病院にて血管内治療を受けることとし、8月22日に入院した。

同日夜、Xおよび夫に対して血管内治療の説明が行われた。

8月23日、血管内治療が施行されたが、血管治療中に動脈瘤壁が穿孔して出血しているのが発見された。

出血処理がなされたものの、Xはくも膜下出血および出血性脳梗塞を発症した。

Xには左半身麻痺、左上下肢機能全廃、右足関節機能障害などの後遺障害が遺った事案である。

判決

主な争点は以下の4つであったといえる。

[1]動脈瘤壁穿孔の機序、[2]デリバリーワイヤーを突出させた注意義務違反の有無、[3]説明義務違反の有無、[4]説明義務違反と損害との因果関係、である。

[2]は手技上の過誤についての争点で、具体的には、(1)使用器具の処理等を誤った注意義務違反、(2)十分なマーカー合わせを怠った注意義務違反、(3)デリバリーワイヤーの固定を怠った注意義務違反として争われた。

1 動脈瘤壁穿孔の機序

(1)原告はデリバリーワイヤーが動脈瘤を穿孔したと主張したが、被告はコイル等が瘤外に出た原因は不明と争い、他原因として造影剤の注入による破裂等も推察されるとした。

(2)判決はデジタル血管造影装置(DSA装置)で撮影された動画記録を基に経過を詳細に認定したうえ、「マーカー合わせの時点で、すでに、マイクロカテーテルの先端から進み出ていたデリバリーワイヤーの先端部分が、動脈瘤壁を中から押して穿孔を発生させた可能性が極めて高い」と判断した。

2 デリバリーワイヤーを突出させた注意義務違反の有無

(1)使用器具の処理等を誤った注意義務違反

原告は血管内治療前にマイクロカテーテルを蒸気で短縮させたために同ワイヤーがマイクロカテーテル先端部より進み出たと主張したが、判決は医師が長時間の蒸気形成によりカテーテルを短縮させるような基礎的な操作を誤ったことを推認させる事情は認められないとした。

(2)十分なマーカー合わせを怠った注意義務違反

手技上の過誤における中心的な争点はマーカー合わせの適否であった。

判決はDSA装置を設定した位置や透視角度等について具体的に検討した。

なお、この訴訟では鑑定および補充鑑定がなされており、鑑定意見を踏まえた検討がなされている。

本件ではマーカー合わせは正面透視でなされたが、側面からの位置合わせと比較して正確性が著しく劣ることが十分にうかがえるとされ、マーカー合わせが適切ではなかったとされた。

手技上の注意義務の内容として、「堅い銀属性のデリバリーワイヤーを使用するにあたり、これが動脈瘤を傷つけることを防止するために、医師には、デリバリーワイヤーがマイクロカテーテルの先端を超えることのないよう、正面透視のままコイルの挿入を行うのであれば、マーカー確認の角度が不適切であることを十分に考慮したうえで、慎重にデリバリーワイヤーの操作を行い、かつ、側面透視または側面透視に近い透視角度によりマーカーの位置を確認したうえで、マーカーの位置合わせをすべき注意義務があった」と判断した。

(3)デリバリーワイヤーの固定を怠った注意義務違反

(2)を認めたことにより、この点の原告の主張は前提を欠くとされた。

3 説明義務違反の有無

判決では最も多くの分量をもって論じられた。

被告が原告に行った6月30日と8月22日の説明の内容を一つ一つ認定したうえ、本件が未破裂脳動脈瘤という予防的な療法であること、複数の治療法(血管内治療と開頭術)が存在することから、治療法の選択肢と共に経過観察という選択肢もあることを説明すべきであり、「そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にも関わるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮のうえ判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められる」との考えを示した。

そのうえで、本件では経過観察と積極的な治療の選択肢の利害得失についての十分な説明はされたものの、血管内治療と開頭術の比較については、開頭術のリスクとして全身麻酔、創部感染、入院期間、頭蓋骨陥没等のリスクの説明に偏り、中大脳動脈の場合の開頭術の利点(一方で、血管内治療の技術的な困難さ)の説明不足を指摘し、「熟慮するうえで重要な情報である開頭術の利点について十分な説明」がなく、選択につき熟慮する機会を与えられなかったとして、説明義務違反を認めた。

4 説明義務違反と損害との因果関係

中大脳動脈の場合の血管内治療のリスクと開頭術の利点や治療成績についての説明を原告が受けていたら「開頭術を選択していた可能性が極めて高い」とし、説明義務違反がなければ原告に後遺障害が残存しなかった高度の蓋然性があると判断した。

裁判例に学ぶ

1.未破裂脳動脈瘤に対する予防的治療に関するトラブルは、筆者の経験に照らしても、相談を受けることが比較的多い分野です。

2.説明義務違反で争われることが多いと思いますが、この裁判例では、手技上の注意義務違反も争われ、手技上のミスが認められました。

医学的には素人である法曹が手技上のミスを判断するためには、どのような器具を用いて、いかなる手順で、どのような処置がされるのかを理解することが適正な判断の大前提とされます(福田剛久等編集「最新裁判実務大系医療訴訟」405頁参照)。

本件裁判例でも苦心して手技を解析しています。

私が担当した裁判でも手術ビデオを見ながら議論したり、実際の手術器具を用いながら解説したりして、手技の正確な理解のために工夫しています。

3.手技においては医師の裁量が問題となりますし、医療経験により考え方が異なることなどもあり、手技ミスを認める裁判例はそれほど多くないといえるでしょうが、その意味で本件の認定は目を引きます。

各医師への証拠調べ手続きを経て、鑑定、さらには補充鑑定までなされた結果、裁判官が心証を形成したのだと考えます。

本件では説明義務違反も認められているため、有責の結果は複合的にもたらされたともいえます。

4.説明義務についてはこの判決でも最も厚く論じられている通り、特に予防的手術においては重要な争点です。

本件は中大脳動脈瘤で、サイズは横径5mm程度、縦径3mm程度であり、血管内治療は技術的に容易ではないということがポイントだったように思います。

それは担当医も認識していたはずでしょうが、治療する場合の治療方法の選択として、上述の条件のような場合には開頭術に利点があることを十分に説明できていなかったことがうかがえます。

予防的手術であり、失敗すると重大なリスクのある手術については、どんなに説明しても説明しすぎることはないくらいの姿勢でもいいのではないかと個人的には思います。

経過観察という選択肢もある中での説明です。

十分な情報を基に患者自身が考えて選択するのが大切で、それができたうえで治療に進んだのなら、たとえリスクが現実化してしまったとしても、患者の納得度は大きく異なるのではないでしょうか。

平成18年当時と比べると今はネット上の情報などが豊富となり、患者や家族も下調べするようになっていて、あれもこれも知っているような対応を受けることもあるかもしれません。

つまみ食いした情報により誤解していることもあるでしょうし、やはり専門家である医師による事案に即した説明・意見が格段に重要であることは間違いありません。

この裁判例では1億7,000万円以上の賠償が認められました。

原告は事故当時51歳と若く後遺障害は重篤で、夫は仕事を辞め介護をすることとなりました。

裁判例にあるように、「患者自身の生き方や生活の質にも関わる」選択になることを踏まえ、患者が「熟慮のうえ判断」できるような説明が求められますが、同時にその実施は容易ではないという戒めにもなるように思います。