内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を受けた患者が出血性ショックにより死亡した事案について、注意義務違反を認めた裁判例

vol.227

東京地裁 令和3年8月27日 判決(令和2年(ワ)第27978号 損害賠償請求事件 判例集未登載)
協力「医療問題弁護団」 谷 直樹 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を受けた患者が、その翌日出血性ショックにより死亡した事案である。

裁判所は、執刀医A医師に適応外のESDを実施した過失があるとして、A医師の使用者である被告法人に対して、損害賠償金3,168万2,672円および遅延損害金の支払いを命じた。

判決

1 経過

患者(84歳男性)は、平成30年4月、被告病院消化器内科を受診し、胃がん疑い(病理検査:Group4)などの診断を受けた。

患者は、同年6月被告病院消化器外科を受診し、A医師の診察を受けた。

腫瘍は約9ないし10cm大であった。

患者は、同年7月、A医師によるESDを受けた。

午後1時24分ESD開始。

午後1時52分から切離面に太い血管が何度も確認され、止血をしながら施術を継続した。

午後4時20分ごろ、血圧が58/86mmHgに低下した。

ボルベン輸液の急速投与後、血圧は103/40mmHgと回復した。

午後5時ごろから、腫瘍により視野が妨げられ、止血に難渋するようになった。

A医師は、病変を一括切除することを諦め、剥離していた腫瘍を分割切除し、一旦治療を終了する方針へと切り替えた。

血圧は午後6時ごろから急速に低下し、胃の穿孔が確認された。

A医師は、(1)午後6時43分採血のHb値が10.4g/dlで、出血量は多くない、(2)血圧低下の原因は、胃を拡張させるために炭酸ガスを注入していることにある、(3)右鼠径部の脈拍が触知できていることから血圧は70台を保っている、と考え、直ちに輸血する必要はないと判断した。

なお、前記(1)の検査結果にはエラー表示がされていたが、A医師はこれを見落としていた。

血圧は、午後7時15分、68/20mmHgと急激に低下した。

A医師は、補液をしながらESDを継続し、午後7時23分、スネアによる病変の分割切除を開始した。

ボルベン輸液500mlを3本投与し、ノルアドレナリンやビカネイトを投与し、クリップによる止血を実施した。

午後8時ごろHb値が4.5g/dl、pH6.891であった。

A医師は、脱気をするとともにメイロン、ノルアドレナリン、ビカネイトなどを追加投与した。

A医師は、午後8時38分、一旦ESDを中止した。

午後9時30分に被告病院に輸血が到着し、午後9時34分から患者に対する輸血を開始し、クリップによる止血を行った。

A医師は、Hb値8.4g/dl、pH7.182を確認し、午後10時54分、患者を内視鏡室から病棟へと移送した。

帰室後も低血圧状態が続き、輸血およびノルアドレナリンやメイロンなどの投与が行われた。

A医師は、翌日午前1時6分、上部消化管内視鏡で複数箇所から細やかな出血があることを確認し、内視鏡で止血した。

患者は、午前1時29分心停止となり、午前2時44分死亡が確認された。

2 原告らの主張

原告らは、次の事情を指摘し、本件ESDの適応義務違反を主張した。

(1)ESDの対象とされた腫瘍は約9ないし10cmであった。

(2)術前の造影CTにおいて異常に太い腫瘍内血管が認められていた。

(3)患者の耐術面、易出血性など。

(4)被告病院において緊急開腹手術を行うことができない場合に速やかに開腹手術が可能な他院に転送する体制が整えられていない。

(5)輸血実施までに1時間以上を要する被告病院の体制。

3 判決が認めた注意義務違反

病院が設置した調査委員会は、報告書において、ESDの適応がなかったとして原告らの主張に沿う見解を示している。

被告は、これに対して積極的に反論していない。

裁判所は、報告書に示された見解は、医学的知見や診療経過などに即したものであり、基本的にこれを採用することが相当であるとした。

裁判所が検討、考慮した事情は次の通りである。

ESDに関わる日本消化器内視鏡学会の「胃癌に対するESD/EMRガイドライン」、日本胃癌学会の「胃癌治療ガイドライン」において、病変が一括切除できる大きさと部位にあることがESDの適応の基本的な考え方とされており、潰瘍所見の有無に応じて2ないし3cmが一つの指標として掲げられているところ、病変はこれを大幅に上回る約9ないし10cm大の腫瘍であった。

この点に加え、術前の造影CTにおいて、異常に太い腫瘍内血管が認められていたことにも照らすと、本件ESDにおいては、処置に長時間を要し、多量の出血が見込まれることが事前に予想されたといえる。

ESDは一般的にも出血を伴うことが指摘されているが、本件では前記事情からより一層出血の危険があったといえる。

これに対し、患者が本件当時84歳と高齢であったことに照らすと、そのような長時間の施術や出血に耐えうる状況であったとは認め難く、術後の穿孔や出血のリスクもあったといえる。

裁判所は、これらの事情を総合的に考慮し、患者が開腹手術よりも内視鏡治療の実施を希望していたことを踏まえても、A医師には、適応を欠く本件ESDを実施したことにつき、注意義務違反が認められる、とした。

裁判例に学ぶ

ESDは、早期胃がんなどに対する内視鏡治療の一つであり、高周波デバイスを用いて病巣周囲の粘膜を切開し、さらに粘膜下層を剥離して病変を一括切除する治療方法です。

反面、出血がほぼ必発で確実な止血操作が求められるうえ、開腹手術を要する場合もあります。

「胃がんに対するESD/EMRガイドライン」、「胃癌治療ガイドライン」を参照し、適応を守ることが求められます。

A医師は、経験年数が30年以上35年未満であり、ESDの経験も豊富でした。

経験豊富な医師であっても、過信は禁物で、適応を守る必要があります。