嚥下機能悪化の発見可能性および死因の認定・評価

vol.229

誤嚥性肺炎が疑われる状況で適切な呼吸管理および全身管理などをしなかった過失ならびに死亡との因果関係を認めた事例

静岡地裁 令和元年9月19日 判決 平成25年(ワ)第188号
協力「医療問題弁護団」佐藤 孝丞 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、被告Y法人の開設する被告病院において誤嚥性肺炎により死亡したB(当時73歳)の相続人(本訴訟係属中に生じた相続を含む)である原告らが、Bが死亡したのは、被告病院のC医師が誤嚥性肺炎であることを念頭に置いた適切な処置をしなかったためであると主張して、被告Y法人に対し、不法行為ないし債務不履行に基づき、それぞれ、Bに生じた損害金の法定相続分および親族固有の慰謝料に弁護士費用を加算した各損害金などの支払を求めた事案である。

Bの死亡に至る体調の推移(概要)は、次のとおりである。

  • Bは、被告病院を受診し、肺がんに罹患していることが確認され、手術を受けた後、退院した。

  • Bは、調子が良くなく、平成22年5月11日、被告病院に入院することになり、同日中に、胸部CT撮影(入院時CT画像)を行った。

    その後、夕食などを経ると、Bは、冷汗、喘鳴、息切れが著明となり、SpO2値が70%台となった。

  • Bは、同月12日午前0時頃、冷感が著明となり、体動後SpO2値が80%台に下がった。

    看護師は、C医師の指示を受け、Bに対し、セレネース1Aなどの点滴を開始した。

  • Bは、同日午前4時過ぎ、飲水した後にSpO2値が低下し、喘鳴も著明となった。

  • Bは、同日午後2時10分頃、呼吸が停止し、死亡した。

判決

本件の重要な争点は、医師の注意義務違反(過失)の有無、因果関係の有無である(損害額も争点であるが、本稿では付随的に触れる程度とする)。

1 被告病院の過失の有無について

(1)過失1(11日午後4時頃(入院時)における過失)→否定

本判決は、入院時CT画像からBに胃の機能障害があったことまで判読することはできないことなどからすれば、被告病院には、Bの入院時点において、同人の誤嚥性肺炎の罹患を前提とした対応を取るべき注意義務があったとまではいえないとした。

また、常食の指示ではなく嚥下しやすい粥食または飲水のみとする指示をしなかったことが直ちに当時の医療水準に反する注意義務違反ということはできないとした。

(2)過失2(11日午後9時15分以降における過失)→一部肯定

本判決は、Bについて、痰吸引の際、気道から誤嚥した食物などが吸引された可能性があり、誤嚥性肺炎を疑うべき程度は過失1の時点よりも相当程度高くなっていたというべきであり、看護師は、この時点で担当医であるC医師にBの状態を報告し、指示を仰ぎ、C医師は、市中肺炎に不顕性誤嚥に伴う誤嚥性肺炎が合併した可能性を踏まえ、再誤嚥防止のために絶飲食を指示すべき義務があったとした。

もっとも、気管内挿管や人工呼吸器装着を実施すべき義務および胃管挿入を実施すべき義務については、否定した。

(3)過失3(12日午前0時以降における過失)→一部肯定

本判決は、Bが、12日午前0時に至る前に、冷感や喘鳴、息切れが著明になるなど呼吸困難な状態になっており、SpO2の値も自力で維持することができていない状態になっていたことなどを踏まえると、被告病院に、遅くとも12日午前0時の時点で気管内挿管や人工呼吸器装着を含めた呼吸管理をした上で、胃管挿入や制吐剤の投与を実施すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるとした。

また、被告病院が、当該時点において嚥下機能を低下させるセレネースを投与すべきでなかったのにこれを投与した過失も認めた。

(4)過失4(12日午前4時以降における過失)→肯定

本判決は、Bが、12日午前4時前後の時点において、嚥下障害を生じていると推認できるから、同時点においても、被告病院には、絶飲食、呼吸管理、胃管挿入などを行うべき義務があったというべきであるのに、これを怠り、飲水をさせた過失が認められるとした。

2 因果関係(結果回避可能性)の有無について

本判決は、Bの死因を、誤嚥性肺炎の悪化による急性呼吸不全と吐物の誤嚥による気道閉塞が相まったものとした。

その上で、本判決は、被告病院において、12日午前0時時点におけるBの状態を踏まえ、気管内挿管や人工呼吸器装着を含めた呼吸管理を行い、胃管挿入を行うという診療行為を行うことができていれば、Bの同日午後2時10分の時点における誤嚥性肺炎の悪化による急性呼吸不全と吐物の誤嚥による窒息による死亡を避けられた蓋然性が高いとし、被告病院の過失とBの死亡との間の因果関係を認めた。

本判決が考慮した主な事情は、次の通りである。

  • Bは、アメリカ感染症学会の市中肺炎ガイドラインの危険度算出システム上、合計130ポイント超の危険度Vに相当すると認められ、この場合の30日死亡率は29.2%とされている。

  • Bは、成人院内肺炎診療ガイドラインにおける重症度分類において最も重い重症群に該当し、その場合の30日死亡率は、約40.8%程度と想定される。

  • 鑑定の結果によれば、12日午前0時の時点で気管内挿管から人工呼吸管理を行い、誤嚥の原因となっている吐物につき胃管挿入を行い、誤嚥性肺炎の原因となっているものを除去すれば、同日午後2時10分の死亡を回避できた可能性が高いこと、短期的な予後は変わったに違いないとされること、この際の急性期を乗り切る確率は、およそ60ないし70%と予測していること、Bの意識障害の悪化と呼吸循環動態の悪化が進んだ12日午前4時の時点においては、回復の可能性は厳しいとされていることがそれぞれ認められる。

裁判例に学ぶ

本判決は、被告Y法人に対し、合計1,122万0,116円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告らの請求を認容しました。

本判決から学べることとして、例えば、被告Y法人の主張を排斥した次の各理由が参考になります。

(過失について)

(1)被告Y法人は、嘔吐と誤嚥・嚥下障害は、別の概念であることに加え、この時点ではBは吸引刺激により少量ずつ嘔吐しているという状態だったのであり、誤嚥の原因となる嚥下機能の低下は確認されていなかったため、誤嚥が強く疑われるとはいえない旨を主張しました。

しかし、本判決は、気道から誤嚥した食物などが吸引された可能性が存在している以上、嚥下障害が生じている可能性は十分疑われる状況にあったとして、同主張を排斥しました。

(因果関係について)

(2)被告Y法人は、Bの死因は、吐物誤嚥による気道閉塞であるとはいえない旨を主張し、その理由として、解剖CT画像では、誤嚥した物質が気管支を閉塞した場合に見られる所見となっていないこと、気道を閉塞する異物ないし液体が吐物とは断定できないこと、入院時CT画像における胃内容物は食物残渣が主体であるのに、解剖CT画像で確認された気道、食道、胃内容物は液体が大部分であり、胃内容物を誤嚥して気道閉塞に至ったとはいえない旨を指摘しました。

しかし、本判決は、Bの死因が、誤嚥性肺炎の悪化による急性呼吸不全と経時的に増悪する吐物の誤嚥による気道閉塞が相まったものであり、Bの死亡時において中枢側気管支内に空気が全く認められないほどに気道が完全に閉塞していたものとまでは考えがたく、解剖CT画像所見と上記死因とは矛盾するものとまではいえないこと、気道を閉塞した異物ないし液体には、吐物も含まれていること、Bは、前日から多くの量の食物を口にしていなかったことに加え、多量の食物残渣が誤嚥された、あるいは、それが誤嚥された状態が持続したとはいいがたいことなどから、判示したBの死因と矛盾するものではないとして、同主張を排斥しました。

(3)被告Y法人は、高度の真実蓋然性の証明は、80から90%が必要とされるところ、鑑定書においては、急性期を乗り切る確率は60から70%と推測しているものであるから、Bの死亡を回避して生存し得た高度の蓋然性があったとすることは困難であると主張しました。

しかし、本判決は、本件の臨床経過や医学上の死亡率などの統計資料を踏まえて結論づけた鑑定資料は重要な資料ではあるものの、それのみで高度の蓋然性(最高裁第一小法廷平成11年2月25日判決 民集53巻2号235頁参照)があるといえるか否かについての心証を形成するものではなく、また、鑑定書などを踏まえ、当裁判所が特定時点におけるBの死亡を避けられた蓋然性が高いと認められると判断したに過ぎないとして、同主張を排斥しました。

本件でポイントになったのは、Bの痰を吸引する際に、茶色の食物残渣様のものが吸引されていた事実の評価だと考えます。

具体的には、当該事実を気道から誤嚥した食物などが吸引された可能性を示すと評価するか否か(裁判所はこれを肯定)であったといえます。

本件は、診療記録上、看護師による「誤嚥している様子」との記載があり、医療事故等報告書にもこれに沿う記載があったという意味で被告Y法人にとって不利な状況であったことを踏まえても、今後の対策として、看護師とのコミュニケーションや吸引物の注視を再検討する契機になる事案だと考えます。

訴訟上の因果関係の証明については、本判決の通り理解するのが実務ですので、鑑定書のみで具体的な数字が記載されても、あくまで心証形成のための参考資料にとどまるという点をご確認いただければと思います。