本判決は、被告Y法人に対し、合計1,122万0,116円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告らの請求を認容しました。
本判決から学べることとして、例えば、被告Y法人の主張を排斥した次の各理由が参考になります。
(過失について)
(1)被告Y法人は、嘔吐と誤嚥・嚥下障害は、別の概念であることに加え、この時点ではBは吸引刺激により少量ずつ嘔吐しているという状態だったのであり、誤嚥の原因となる嚥下機能の低下は確認されていなかったため、誤嚥が強く疑われるとはいえない旨を主張しました。
しかし、本判決は、気道から誤嚥した食物などが吸引された可能性が存在している以上、嚥下障害が生じている可能性は十分疑われる状況にあったとして、同主張を排斥しました。
(因果関係について)
(2)被告Y法人は、Bの死因は、吐物誤嚥による気道閉塞であるとはいえない旨を主張し、その理由として、解剖CT画像では、誤嚥した物質が気管支を閉塞した場合に見られる所見となっていないこと、気道を閉塞する異物ないし液体が吐物とは断定できないこと、入院時CT画像における胃内容物は食物残渣が主体であるのに、解剖CT画像で確認された気道、食道、胃内容物は液体が大部分であり、胃内容物を誤嚥して気道閉塞に至ったとはいえない旨を指摘しました。
しかし、本判決は、Bの死因が、誤嚥性肺炎の悪化による急性呼吸不全と経時的に増悪する吐物の誤嚥による気道閉塞が相まったものであり、Bの死亡時において中枢側気管支内に空気が全く認められないほどに気道が完全に閉塞していたものとまでは考えがたく、解剖CT画像所見と上記死因とは矛盾するものとまではいえないこと、気道を閉塞した異物ないし液体には、吐物も含まれていること、Bは、前日から多くの量の食物を口にしていなかったことに加え、多量の食物残渣が誤嚥された、あるいは、それが誤嚥された状態が持続したとはいいがたいことなどから、判示したBの死因と矛盾するものではないとして、同主張を排斥しました。
(3)被告Y法人は、高度の真実蓋然性の証明は、80から90%が必要とされるところ、鑑定書においては、急性期を乗り切る確率は60から70%と推測しているものであるから、Bの死亡を回避して生存し得た高度の蓋然性があったとすることは困難であると主張しました。
しかし、本判決は、本件の臨床経過や医学上の死亡率などの統計資料を踏まえて結論づけた鑑定資料は重要な資料ではあるものの、それのみで高度の蓋然性(最高裁第一小法廷平成11年2月25日判決 民集53巻2号235頁参照)があるといえるか否かについての心証を形成するものではなく、また、鑑定書などを踏まえ、当裁判所が特定時点におけるBの死亡を避けられた蓋然性が高いと認められると判断したに過ぎないとして、同主張を排斥しました。
本件でポイントになったのは、Bの痰を吸引する際に、茶色の食物残渣様のものが吸引されていた事実の評価だと考えます。
具体的には、当該事実を気道から誤嚥した食物などが吸引された可能性を示すと評価するか否か(裁判所はこれを肯定)であったといえます。
本件は、診療記録上、看護師による「誤嚥している様子」との記載があり、医療事故等報告書にもこれに沿う記載があったという意味で被告Y法人にとって不利な状況であったことを踏まえても、今後の対策として、看護師とのコミュニケーションや吸引物の注視を再検討する契機になる事案だと考えます。
訴訟上の因果関係の証明については、本判決の通り理解するのが実務ですので、鑑定書のみで具体的な数字が記載されても、あくまで心証形成のための参考資料にとどまるという点をご確認いただければと思います。