無症候性脳動脈瘤の見落としについて

vol.228

神戸地裁 平成31年4月9日判決(判時2427号48頁)
協力「医療問題弁護団」 松田 ひとみ 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

無症候性脳動脈瘤が見落とされ、治療に関する説明を受けられなかったために、治療に積極的な患者が外科的治療を受けられなかったとして、損害賠償を求めた事案である。

判決

1 診療経過等

平成24年6月12日、原告(昭和12年生まれ、女性)は、A病院で転倒し、右前額部打撲傷を負い、頭部CT検査を受けたが、その際、脳神経外科での精査を勧められた。

同月13日、頭蓋内精査目的で被告病院脳神経外科を受診し、同年7月6日、被告病院で頭部MRIおよびMRA検査を受けた。

同月13日、被告病院のB医師は、MRIおよびMRA検査の画像から、頭部には動脈瘤の抽出がなく、明らかな病変はないと診断した(以下「本件診察」という)。

平成25年6月7日、原告は起床時より頭痛があり、C病院に救急搬送され、右内頸後交通動脈分岐部に形成された脳動脈瘤(以下「本件脳動脈瘤」という。)破裂によるくも膜下出血と診断され、同日、本件脳動脈瘤および未破裂の前交通動脈に形成された脳動脈瘤に対する開頭クリッピング術を受けた。

その後、原告は、リハビリ目的で転院したが、同年8月13日、C病院で、続発性水頭症に対するシャント術を受け、同年12月16日、原告の希望により、左内頸動脈前脈絡叢動脈分岐部の動脈瘤に対する開頭クリッピング術を受けた。

2 争点

本件の争点は、(1)因果関係、(2)自己決定権侵害、(3)原告が被った損害額であった。

3 裁判所の判断

(1)因果関係
(ア)本件診察での見落としがなければ直ちに外科的治療を受けたか

未破裂脳動脈瘤に関する医学的知見によれば、本件脳動脈瘤のように無症候性の未破裂脳動脈瘤に対する外科的治療は、脳卒中治療ガイドラインにおいて、外科的治療の検討が推奨される一定の基準が定められていたものの、その推奨グレードは低く、積極的に外科的治療を選択すべき症例に関する明確な基準は定められていなかったこと、治療の方針については、未破裂脳動脈瘤の自然歴などの正確な情報の説明を受け、当該脳動脈瘤の破裂リスクや予後の見通しと外科的治療(開頭クリッピング術および血管内治療)に伴う合併症発生の治療リスクとを比較し、利害得失を衡量した上で、十分なインフォームドコンセントを経て決定されることが推奨されていること、治療方針においては、外科的治療を受けずに保存的に経過を観察することも一つの選択肢となることが認められる。

これらを総合すれば、予防的な治療である未破裂脳動脈瘤に対する外科的治療を受けるかどうかは、破裂リスクが治療リスクに比して極めて高い場合を除いては、十分な説明を受けることを前提に、各患者およびその家族の選択に委ねられるものと認められる。

そこで、本件脳動脈瘤の破裂リスクおよび治療リスクについてみると、本件脳動脈瘤と同様に、後交通動脈分岐部に存在し、最大径が7mm未満の動脈瘤の年間破裂率は0.58%であり、原告が当時74歳11か月で、平均余命が16.08年であったことからすれば、本件脳動脈瘤の破裂リスクは概ね9.3%(計算式は、0.58%×16.08)と考えられ、他方で、本件脳動脈瘤の治療に伴う合併症等のリスクは、1.9~12%であった。

このような外科的治療と保存的治療(経過観察)との利害得失の衡量に加え、原告の年齢などを勘案すれば、原告は、外科的治療を検討してもよい症例ともいえる一方で、破裂リスクが治療リスクと比べて極めて高いとはいえず、医師において積極的に外科的治療を勧めるべき患者であったとまでは認め難い。

また、統計資料によっても、高齢者で外科的治療を受ける者の割合は有意に少なく(76歳以上の高齢者で11%程度、65~75歳で46%にとどまる)、大きさや部位別の統計を見ても、本件脳動脈瘤と同部位または同程度の大きさの脳動脈瘤につき、外科的治療を選択する割合は、いずれも5割前後にとどまる。

こうした統計数値に照らせば、高齢者の場合、本件脳動脈瘤と同部位または同程度の脳動脈瘤が存在することを告知されても、保存的治療(経過観察)を選択する患者が一定数存在することがうかがわれる。

以上のことを総合すれば、本件脳動脈瘤が発見され、適切な説明を受けたとしても、原告が、本件脳動脈瘤につき、保存的治療(経過観察)を選択した可能性も相当程度あったというべきであり、外科的治療を選択する高度の蓋然性があったということはできない。

(イ)見落としがなければ、経過観察後に外科的治療を受けたか

未破裂脳動脈瘤に関する医学的知見によれば、経過観察を実施する場合には、半年から1年程度ごとの画像検査が推奨される。

B医師によれば、3カ月から半年後に1度MRI画像検査をして、変化がなければ1年から2年おきに検査をするところ、破裂しやすい脳動脈瘤については、増大がみられることが多いとされることに照らせば、経過観察時に脳動脈瘤の増大が確認された場合に、医師において、外科的治療を推奨した可能性は考えられる。

もっとも、脳動脈瘤の増大は、時間の経過に対して一定の傾向を有するわけではなく、不規則・不連続に起こるものであることからすれば、仮に、本件診察時に本件脳動脈瘤が発見され、同日から3カ月ないし半年後に画像検査を受けたとして、3カ月ないし半年後の検査において増大が確認され、外科的治療を選択した高度の蓋然性があったということはできない。

(2)自己決定権侵害

未破裂脳動脈瘤が発見されていた場合には、原告は、医師から、外科的治療と保存的治療(経過観察)のいずれを選択するかについて、これを熟慮の上判断することができるように、本件脳動脈瘤の破裂リスクと治療リスクなど、各治療方法の利害得失について説明を受けることができていたはずである。

しかるところ、原告が頭蓋内精査の目的で撮影された頭部MRA画像には、本件脳動脈瘤を診断できる所見が存在したのに、B医師が注意義務違反によりこれを見落としたため、原告は、これに引き続く本件脳動脈瘤に対する治療方法に関する説明を受けることができず、外科的治療を選択する機会を奪われ、原告の自己決定権が侵害されたと認められる。

(3)原告が被った損害額

原告が本件脳動脈瘤に対する治療に関する説明を全く受けられなかったこと、本件脳動脈瘤に対する外科的治療の適応は一応あったと認められること、原告は、本件脳動脈瘤の破裂によって、くも膜下出血となり、これに伴って続発性水頭症を発症し、一時は日常生活動作機能評価が6/19点、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の評点が6/30点まで低下するなど、日常生活動作および認知機能がいずれも悪化した状態が概ね6か月間続いたことなど、本件に顕れた一切の事情を勘案すれば、原告が自己決定権を侵害されたことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料は、300万円を下ることはないと認めるのが相当である。

裁判例に学ぶ

見落とし(不作為)と患者の結果発生との因果関係の存否の判断においても、手技ミス(作為)の場合の判断枠組みと同様に、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することになります。

その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるとされており、裁判所は、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、因果関係の有無を判断します。

本件においては、原告が外科的治療に積極的な事情があり、詳細に因果関係が検討されています。