医師の説明義務が加重される場合(未確立の治療法)

vol.230

末期の胆管がん患者に対して未確立のワクチン療法を自由診療で実施するに当たり、医師の説明義務を加重し説明義務違反を認めた例

宇都宮地方裁判所 令和3年11月25日 判決 ウエストロー・ジャパン
協力「医療問題弁護団」梶浦 明裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者(男性・当時70代前半)は、宇都宮市内の総合病院において、遠位胆管がんと診断され、平成26年5月、幽門輪温存膵頭十二指腸切除の手術を受け、術後に放射線照射の治療を受けた。

患者にはその後転移が出現し、平成28年5月、総合病院において化学療法を受けたが奏功しなかった。

患者は、平成29年5月当時、総合病院において、積極的な治療は行わず、症状を和らげる療法であるベストサポーティブケア(BSC)を受けていた。

平成29年5月、患者は、被告医院を開設する被告医療法人との間で診療契約を締結するとともに、本件ワクチン療法(次述)の治療代として約145万円を支払い本件ワクチン療法を受けたが、約2カ月後の同年8月に死亡した。

本件ワクチン療法は、被告会社が研究開発したものであり、手術で摘出された患者のがん組織と被告会社が作製した免疫刺激剤を混合して作製されるワクチンを患者本人に投与する治療法である。

本件ワクチン療法は、保険診療として承認されていないが、肝細胞がんの術後再発を予防するために効果的な治療法であることについて、ランダム化比較臨床試験(新治療と従来の標準治療とをランダムに割り付け効果を比較することによる研究法)によって結論付けた平成16年発表の論文が存在する。

判決

患者の遺族は、被告医院を開設する被告医療法人と被告会社を相手取り、末期の胆管がんを罹患していた患者に対しては効果がない治療法であった本件ワクチン療法についてその旨(効果がないこと等)を説明する説明義務違反の他、被告医療法人には各種検査義務違反があると主張し、提訴したことに対し、裁判所は、説明義務違反の争点について以下のとおり判示した。

1 未確立の治療法に関する説明義務の内容

まず、本判決は、本件ワクチン療法に関する説明義務の内容につき、「本件ワクチン療法は、医療水準として未確立の治療法であり、治療効果の点でも不確実性を伴うものであった」という特殊性を指摘したうえで、「このように、治療効果の点でも不確実性を伴う療法を実施するに際しては、患者が、当該療法の具体的内容や、これが効果の点で不確実な療法であることなどを十分理解したうえでそれでもなお当該療法の実施を選択することで初めて、患者の自己決定権に基づき当該療法が選択されたとみることができる」との考えを示した。

これを踏まえて、本件ワクチン療法のような未確立の治療法を実施する医師の説明義務の内容について、「疾患の診断(病名と病状)、治療の内容、付随する危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容および利害得失、予後などの一般的な事項」を説明しなければならないことに加えて、(1)「本件ワクチン療法が医療水準として未確立の治療法であり、治療効果の点で不確実性を伴うものであること」を説明し、さらに、(2)「当該患者に対する有効性および安全性に関する重要な事実のうち、医師がその段階で認識しまたは容易に認識できるものについて、医師の主観的な評価とは区別した形」で、情報を提供して説明を行うことで、「当該患者が本件ワクチン療法を受けることの現実的なメリット・デメリットを理解したうえで、本件ワクチン療法を受けるか否かを判断する機会を与えるべき注意義務(本件説明義務)」を負うと判示した。

2 説明義務違反を認める

本判決は、以上を本件について検討し、本件患者の疾患である遠位胆管がんについては本件ワクチン療法が有効であったという症例がこれまで存在しなかった事実、担当医師は本件ワクチン療法がおおむね100例中5例で有効なものであるが胆管がんを含む一定の種類のがんには効きにくいと認識しており、担当医師自身も本件ワクチン療法が胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実が認められるところ、これらの事実は、当該患者に対する有効性に関する重要な事実に当たることは明らかであり、その当時担当医師が認識し、または容易に認識できた事実といえると判示した。

そして、担当医師はそれらの事実を患者に説明していないことから、担当医師には本件説明義務違反があると結論付けた。

なお、本判決は、仮に担当医師が本件ワクチン療法がその原理に照らして全てのがん種の治療に効果があるはずだと考えていたとしても、当該療法に関する研究資料の多くはエビデンスレベルが低いものが多く、当該療法が医療水準により確立されたものではない以上、医師の考えだけではなく、治療の有効性などに関連する重要な客観的事実を患者に伝えるべきであるから、本件説明義務を免れるものではないと付言した。

3 因果関係は否定し自己決定権侵害の慰謝料のみ肯定

以上に対し、本判決は、患者が当時BSCの段階にあり他に選択し得る有効な治療法は存在しなかったと考えられること、患者が本件ワクチン療法に強い関心を示し同療法を受けることを望んでいたことに照らすと、担当医師が本件説明義務を尽くしていたとしても、患者が本件ワクチン療法を受けなかったとは認められないとして、因果関係を否定して結果に対する損害は認めず、自己決定権侵害の慰謝料100万円(加えて弁護士費用10万円)のみを認めた。

裁判例に学ぶ

周知のとおり、およそ医師(医療機関)の説明義務の内容については、最高裁(最判平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁等)が、「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するにあたっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される」と判示しているとおり確立しているところであり、本判決もこの説明義務を前提としています。

これに加えて、本判決は、未確立の治療法の特殊性に着目して、(1)「医療水準として未確立の治療法であり、治療効果の点で不確実性を伴うものであること」の説明、(2)「当該患者に対する有効性および安全性に関する重要な事実のうち、医師がその段階で認識しまたは容易に認識できるものについて、医師の主観的な評価とは区別した形」での説明の2点を加重しています。

患者に対する説明は、本判決も判示するとおり、患者の自己決定権保障のためになされるべきと理解されており、医師が未確立の治療法を実施するに当たっては、一般的な治療法の説明に加えて(1)および(2)の説明がなければ、患者の自己決定権を保障したことにならないとする本判決の判断は妥当であり、参考になるといえます。

医師の説明義務は、一般的には最高裁が判示するとおりですが、一定の場合には軽減され、他方で、一定の場合には加重されると考えられています。

前者(軽減)の具体例としては、治療を実施しようとする患者に意識がなく意思を推認するほかない場合や、当該治療方法を実施する必要性ないし緊急性が高い場合などが挙げられます。

後者(加重)の例としては、本件のように未確立の治療法を実施する場合の他、予防的待機的手術(手術を実施する緊急性がなく経過観察の選択肢もある場合=未破裂脳動脈瘤に対する手術など)を実施する場合(この場合「熟慮」させる「機会(時間)」を与えるべきというのが最高裁判決)や、美容医療を典型としその他近視矯正手術(レーシック手術など)のような必要性と緊急性が相対的に乏しい治療法の場合です。

結論としては、医師(医療機関)の説明義務の内容については、最高裁の判示内容を基本としつつ、状況に応じて、当該患者に対する自己決定権が保障されたか(患者が誤解なく真意で自己決定できたかどうか)という観点から、判断されるといえるため、この観点からの説明を意識いただくことが重要と考えます。