患者の遺族は、被告医院を開設する被告医療法人と被告会社を相手取り、末期の胆管がんを罹患していた患者に対しては効果がない治療法であった本件ワクチン療法についてその旨(効果がないこと等)を説明する説明義務違反の他、被告医療法人には各種検査義務違反があると主張し、提訴したことに対し、裁判所は、説明義務違反の争点について以下のとおり判示した。
1 未確立の治療法に関する説明義務の内容
まず、本判決は、本件ワクチン療法に関する説明義務の内容につき、「本件ワクチン療法は、医療水準として未確立の治療法であり、治療効果の点でも不確実性を伴うものであった」という特殊性を指摘したうえで、「このように、治療効果の点でも不確実性を伴う療法を実施するに際しては、患者が、当該療法の具体的内容や、これが効果の点で不確実な療法であることなどを十分理解したうえでそれでもなお当該療法の実施を選択することで初めて、患者の自己決定権に基づき当該療法が選択されたとみることができる」との考えを示した。
これを踏まえて、本件ワクチン療法のような未確立の治療法を実施する医師の説明義務の内容について、「疾患の診断(病名と病状)、治療の内容、付随する危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容および利害得失、予後などの一般的な事項」を説明しなければならないことに加えて、(1)「本件ワクチン療法が医療水準として未確立の治療法であり、治療効果の点で不確実性を伴うものであること」を説明し、さらに、(2)「当該患者に対する有効性および安全性に関する重要な事実のうち、医師がその段階で認識しまたは容易に認識できるものについて、医師の主観的な評価とは区別した形」で、情報を提供して説明を行うことで、「当該患者が本件ワクチン療法を受けることの現実的なメリット・デメリットを理解したうえで、本件ワクチン療法を受けるか否かを判断する機会を与えるべき注意義務(本件説明義務)」を負うと判示した。
2 説明義務違反を認める
本判決は、以上を本件について検討し、本件患者の疾患である遠位胆管がんについては本件ワクチン療法が有効であったという症例がこれまで存在しなかった事実、担当医師は本件ワクチン療法がおおむね100例中5例で有効なものであるが胆管がんを含む一定の種類のがんには効きにくいと認識しており、担当医師自身も本件ワクチン療法が胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実が認められるところ、これらの事実は、当該患者に対する有効性に関する重要な事実に当たることは明らかであり、その当時担当医師が認識し、または容易に認識できた事実といえると判示した。
そして、担当医師はそれらの事実を患者に説明していないことから、担当医師には本件説明義務違反があると結論付けた。
なお、本判決は、仮に担当医師が本件ワクチン療法がその原理に照らして全てのがん種の治療に効果があるはずだと考えていたとしても、当該療法に関する研究資料の多くはエビデンスレベルが低いものが多く、当該療法が医療水準により確立されたものではない以上、医師の考えだけではなく、治療の有効性などに関連する重要な客観的事実を患者に伝えるべきであるから、本件説明義務を免れるものではないと付言した。
3 因果関係は否定し自己決定権侵害の慰謝料のみ肯定
以上に対し、本判決は、患者が当時BSCの段階にあり他に選択し得る有効な治療法は存在しなかったと考えられること、患者が本件ワクチン療法に強い関心を示し同療法を受けることを望んでいたことに照らすと、担当医師が本件説明義務を尽くしていたとしても、患者が本件ワクチン療法を受けなかったとは認められないとして、因果関係を否定して結果に対する損害は認めず、自己決定権侵害の慰謝料100万円(加えて弁護士費用10万円)のみを認めた。