医療は結果を保証しません。
だからこそ、患者は自らに降りかかった病気の事実と医療の限界の両方を理解して、自らをどのように生かすかを考えなくてはならず、このことが自己決定権の核心と考えます。
ですから、医師の説明は、患者の(究極的にはその残りの人生の)過ごし方を自分で決めるために必要十分な情報提供でなくてはなりません。
医療者にはまずは情報の正確な伝達が求められます。
医療は構造的に情報が医療者側に偏在していることに改めて思いを致す必要があるでしょう。
本件で患者に交付された説明用紙は、診療中に手書きで作成されたものでしたが、説明に必要な情報を正確・確実に患者に伝える手段としての書面について、十分な工夫をしておく必要があります。
A医師は法廷でBCG灌流療法の再発率について口頭で説明したとの供述をしましたが、交付した説明書上に記載がないことを理由に採用されませんでした。
次に説明の程度について本判例は、抽象的な説明はあったものの具体的説明が全体として乏しかった、との判断をしています。
現場で患者さんを目の前にして「何をどこまで説明するか」を考えるとき、「患者さんを不安にさせない(から踏み込んだ説明を控える)」という視点はどう評価されるのでしょうか。
裁判の中でA医師は、CIS(腎盂・尿管の上皮内がん)症例で全摘除術を選択した場合、信頼できる文献等により5年生存率が90%を超えることについて認識していたのに説明しなかったことについて「5年生存率が90%という数値は、全摘除術施行後切除した標本の病理検査の結果、上皮内がんと確定した場合の数値であり、診断段階においてこのような数値を具体的に示すことはPの混乱を招くため不適切と考えて説明しなかった」との主張をし、一審判決では「このようなA医師の認識には相応の合理性があると認められ、A医師には具体的な数値を説明する義務があったとは認められない」との判断がされました。
しかしこの点について高裁判決は「5年生存率が全摘除術とBCG灌流療法の予後を比較するために重要な情報であると考えられること、A医師は、術前臨床病期とはいえ原発性上皮内がんであると診断していることに鑑みれば、A医師は、Pに対し、術前臨床病期と病理学的病期に差異がある可能性があることを説明したうえで、Pのがんが病理学的に原発性上皮内がんであった場合の5年生存率のデータを示すべきであったというべきである」と判示しました。
「具体的な数値を挙げて説明すること」は、福岡地判平成19年8月21日判決、大阪地判平成24年3月27日判決の判旨でも表れています。
患者の自己決定に向けられた説明は、留保がある場合はその留保も併せ伝える具体的なものであることが求められます。