1 事件の概要
本件は、当時中学1年生(13歳・男性)のXが、陰嚢部の痛み等を訴えてY病院を受診したものの、担当医らが精索捻転症を見落としたことにより左精巣を摘出せざるを得なくなったと主張して、診療契約の債務不履行または不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。
2 Xが受けた暴行とその後の対応
Xは、10月4日午後2時ごろ、通学先の中学校において、他生徒から陰嚢部に対する暴行を受けたことにより(本件暴行)、直後から陰嚢部に痛みを生じ、嘔吐(おうと)するに至ったため、学校からタクシーに乗ってW病院の救急外来を受診し、鎮痛薬の処方を受けた。
Xは、10月4日午後5時過ぎごろ、自宅近くのVクリニックを受診し、医師から、あまり陰嚢部の痛みが続くようであればMRI検査を受けるようにとの助言を受け、Y病院を紹介された。
3 Y病院の診察経過
(1)A医師の診察
Xは、10月5日午前8時30分ごろ、Y病院を受診し、A医師の診察を受けた結果、打撲による左精巣の内出血であると診断され、経過観察となった。
このときのAの症状は、腹痛、嘔気(おうき)および陰嚢部の腫れ、痛みであった。
A医師は、視診および触診を行い、超音波検査を実施したが、白膜の損傷は認めず、左精巣内部は組織の大きさが不均一であった。
その後、10月5日夜、Xの陰嚢部は腫れが増し、赤みを帯びるようになった。
(2)B医師の診察
Xは、10月6日午前9時ごろ、Y病院を再診し、B医師の診察を受けた結果、経過観察とされた。
このときのXの症状は、陰嚢部の痛みおよび発赤であり、腰痛および嘔気は治まっていた。
B医師は、視診および触診を行い、精巣の軽度の腫大を認め、挙上がないことを確認した。
また、超音波検査を実施し、左精巣内部組織不均一の所見を認めた。
(3)C医師の診察
Xは陰嚢部の症状が悪化したため、10月7日午前10時ごろ、Y病院を再診し、C医師の診察を受けた結果、経過観察とされた。
もっとも、このときのXの症状は発熱、陰嚢部の痛みおよび腫れであったため、C医師は、視診および触診を行い、顕著な腫れや精巣の挙上がないことを確認した。
また、超音波検査を実施したところ、出血が増悪していると考えられる所見を得たことから、Xと付き添いの父親に対して、このままだと精巣が萎縮する可能性があり、疼痛を治めるには左精巣を摘除するしかないこと、しかし現時点では摘除は適応ではないことを説明して、上述の通り経過観察とした。
(4)左精巣の摘出
Xは、セカンドオピニオンを受けるため、10月7日午後5時ごろ、小児医療センターを受診し、超音波検査を実施したところ、左精巣に捻転様の所見が認められたため、陰嚢試験切開が実施された。
担当医がXの左陰嚢を切開して精巣を引き出すと、精巣および精巣上体は黒褐色であり、内側に180度捻転していた。
また、白膜が2カ所ほど破れ、精巣組織が見えている状態であった。
捻転解除後、温生食で30分以上温めたところ、精巣上体の色調は回復したものの、精巣は黒褐色のままで柔らかくなったため、担当医は、精巣温存は困難と判断し、Xの左精巣を摘出した。