泌尿器科医師による精索捻転症の鑑別診断

vol.232

精索捻転症の可能性を踏まえて診察することの重要性とその方法について

名古屋地方裁判所 令和3年6月18日 判決(平成31年(ワ)第5号)
医療問題弁護団 山本 悠一 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

1 事件の概要

本件は、当時中学1年生(13歳・男性)のXが、陰嚢部の痛み等を訴えてY病院を受診したものの、担当医らが精索捻転症を見落としたことにより左精巣を摘出せざるを得なくなったと主張して、診療契約の債務不履行または不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。

2 Xが受けた暴行とその後の対応

Xは、10月4日午後2時ごろ、通学先の中学校において、他生徒から陰嚢部に対する暴行を受けたことにより(本件暴行)、直後から陰嚢部に痛みを生じ、嘔吐(おうと)するに至ったため、学校からタクシーに乗ってW病院の救急外来を受診し、鎮痛薬の処方を受けた。

Xは、10月4日午後5時過ぎごろ、自宅近くのVクリニックを受診し、医師から、あまり陰嚢部の痛みが続くようであればMRI検査を受けるようにとの助言を受け、Y病院を紹介された。

3 Y病院の診察経過

(1)A医師の診察

Xは、10月5日午前8時30分ごろ、Y病院を受診し、A医師の診察を受けた結果、打撲による左精巣の内出血であると診断され、経過観察となった。

このときのAの症状は、腹痛、嘔気(おうき)および陰嚢部の腫れ、痛みであった。

A医師は、視診および触診を行い、超音波検査を実施したが、白膜の損傷は認めず、左精巣内部は組織の大きさが不均一であった。

その後、10月5日夜、Xの陰嚢部は腫れが増し、赤みを帯びるようになった。

(2)B医師の診察

Xは、10月6日午前9時ごろ、Y病院を再診し、B医師の診察を受けた結果、経過観察とされた。

このときのXの症状は、陰嚢部の痛みおよび発赤であり、腰痛および嘔気は治まっていた。

B医師は、視診および触診を行い、精巣の軽度の腫大を認め、挙上がないことを確認した。

また、超音波検査を実施し、左精巣内部組織不均一の所見を認めた。

(3)C医師の診察

Xは陰嚢部の症状が悪化したため、10月7日午前10時ごろ、Y病院を再診し、C医師の診察を受けた結果、経過観察とされた。

もっとも、このときのXの症状は発熱、陰嚢部の痛みおよび腫れであったため、C医師は、視診および触診を行い、顕著な腫れや精巣の挙上がないことを確認した。

また、超音波検査を実施したところ、出血が増悪していると考えられる所見を得たことから、Xと付き添いの父親に対して、このままだと精巣が萎縮する可能性があり、疼痛を治めるには左精巣を摘除するしかないこと、しかし現時点では摘除は適応ではないことを説明して、上述の通り経過観察とした。

(4)左精巣の摘出

Xは、セカンドオピニオンを受けるため、10月7日午後5時ごろ、小児医療センターを受診し、超音波検査を実施したところ、左精巣に捻転様の所見が認められたため、陰嚢試験切開が実施された。

担当医がXの左陰嚢を切開して精巣を引き出すと、精巣および精巣上体は黒褐色であり、内側に180度捻転していた。

また、白膜が2カ所ほど破れ、精巣組織が見えている状態であった。

捻転解除後、温生食で30分以上温めたところ、精巣上体の色調は回復したものの、精巣は黒褐色のままで柔らかくなったため、担当医は、精巣温存は困難と判断し、Xの左精巣を摘出した。

判決

1 精索捻転症の鑑別懈怠について

A医師およびB医師が、Xの症状は精巣外傷によるものと考え、精索捻転症は鑑別対象として考慮したうえで否定的と判断したことについて、両医師は、いずれもXに対して、視診、触診および超音波検査を実施し、白膜の損傷の有無、精巣の腫大・挙上の有無、精巣内部の状態の確認を行ったこと、グレースケールによる超音波検査を実施したが精巣捻転の所見がなかったこと、陰嚢部の急激な有痛性腫脹を来す急性陰嚢症には、陰嚢外傷の他、精索捻転症、付属小体捻転症、精巣上体炎などの疾患が多数含まれ、鑑別の必要性が一般的に指摘されていることからすれば、当初から外傷以外の可能性を念頭に置いていなかったとは考え難く、グレースケールが捻転の所見の有無を確認し得る超音波検査の診断方法の一つであることを踏まえれば、両医師が精索捻転症の可能性を念頭に置くことなく診察および検査を実施していたとは認め難いと判断した。

2 カラードプラ検査や精巣挙筋反射検査を実施すべきであったか

本判決は、カラードプラ検査に関して、捻転が軽微である場合など、精索捻転症を発症していても精巣内血流が保たれている場合があり、他方、血流の低下などが見られてもその原因が精索捻転によるものか精巣外傷によるものか判別することができないことや、精巣挙筋反射検査は、精巣挙筋反射が認められれば精索捻転症の可能性が低くなるものとされるが、反射の誘発が難しいうえに、精索捻転症を発症していても反射が認められる場合があり、血行障害が進み周囲が腫脹した場合は反射の有無を判別することができないと指摘されていることを踏まえて、カラードプラ検査や精巣挙筋反射検査を実施しても、その結果によって必ずしも精索捻転症を鑑別し得るものではないため、精索捻転症の鑑別診断において、必須の検査であるとまではいえないと判断した。

3 精索捻転症の発症を強く疑うべき状況にあったか

Xは、10月4日午後2時ごろに本件暴行を受け、10月7日午後5時ごろ受診した小児医療センターで精索捻転症を発症し、直ちに修復術が実施されて精巣上体の血流が回復したが、その間本件暴行からは75時間以上、10月5日のY病院受診時からは56時間以上が経過していたこと、精索捻転における一般的な症状の経過に照らせば、捻転が180度と軽微であったことを踏まえても、小児医療センターでの修復術により精巣上体の血流が回復している本件では、10月5日のY病院受診時までに精索捻転症を発症していたとはにわかに考え難いとして、10月5日および6日にY病院を受診した際のXの症状から精索捻転症を強く疑うべき状況にあったとは認められないと判断した。

4 結論

以上から、Xの請求は理由がないため棄却された。

裁判例に学ぶ

一般的に、精索捻転症との鑑別で問題となるのは、頻度・症状から精巣垂・精巣上体垂捻転症と急性精巣上体炎の二つであるといわれているところ、本判決は、グレースケールが捻転の所見の有無を確認し得る超音波検査の診断方法の一つであることを踏まえれば、両医師が精索捻転症の可能性を念頭に置くことなく診察および検査を実施していたとは認め難いとして、グレースケール検査を実施していたことを踏まえて、医師らが当初から外傷以外の可能性を念頭に置いていなかったとは考え難いと結論付けていることが特徴的であり、医師らは精索捻転症を意識しながら診察したうえで精索捻転症を否定したものと評価している。

もっとも、Y病院では、いずれの診察においても、視診、触診、超音波検査等が実施されていたが、MRI検査は実施されておらず(Xは本件暴行後に初めて受診したクリニックにおいて、「あまり痛みが続くようであればMRI検査を受けるように」との助言を受けたうえでY病院を受診したという経過がある)、Y病院の規模や、緊急時や夜間等の時間外対応ではなかったことを踏まえれば、MRI検査の実施も検討されるべきであったのではないかとも考えられる。

また、診断に苦慮または手間取る場合には躊躇せずに開放手術(試験切開)に踏み切るべきであるという意見もあり、本分野における適切な鑑別診断と治療が求められていることを心に留めておく必要がある。

なお、小学2年生の男児が精索捻転症により左睾丸摘出術を余儀なくされた事案において、精索捻転症の患者に対する転医勧告義務の懈怠の有無が争われ、初診時の個人診療所医師に対し、睾丸部の重篤な疾患を予想して泌尿器科の専門医への転医を勧告すべきであったと判断された裁判例(名古屋地方裁判所平成12年9月18日判決)があり、比較的小規模の医療施設における初動対応として実務上参考になる。