PCI後に心電図モニターを定期的に監視する義務の違反と救命可能性

vol.234

PCI(経皮的冠動脈形成術)後の患者に対して、心電図のアラームが鳴ったまま放置したことにつき監視義務違反を認めたが、死亡との因果関係は否定した裁判例

松山地方裁判所 令和3年10月28日判決 医療判例解説第98号73頁
医療問題弁護団 笹川 麻利恵 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者X(事故当時63歳・男性)は平成25年7月22日にY病院(Z市立病院)にて亜急性心筋梗塞の疑いと診断されて入院し、左冠動脈主幹部などに狭窄病変が認められ、同日、PCI(経皮的冠動脈形成術)が実施された。

術後、XはICUにて管理され、心機能の回復が認められたため、25日に一般病棟に移ったが、心室性期外収縮の散発が認められ(術後3日目である25日には12時間の間に14回発生)、心電図モニターによる監視が継続された。

25日午後10時45分ごろからXの心電図モニターの波形に異常が現れ、午後11時ごろにはリードエラーとなり波形が消失したが、モニターの十分な確認はされなかった。

なお、心電図モニターのアラーム音量は10%に設定されていた。

翌26日午前0時30分ごろ、深夜帯の看護師がリードエラーで波形が出ていないことに気付いたが、Xの様子を確認することはなかった。

同26日午前1時50分ごろ、看護師がリードエラーとなっている患者がいたことを思い出し、Xの元を訪室したところ、心肺停止の状態で発見され、午前2時40分に死亡が確認された。

主治医は、死因につき心筋梗塞を原因とする心室細動と診断した。

死後には、司法解剖が行われた。

Xの遺族が、Y病院の看護師らにおいて、Xの心電図モニターの監視を継続する義務等があったと主張し、Y病院を設置運営する市に対して損害賠償の請求等を求めた事案である。

判決

主な争点は以下の3つといえる。

[1]Xの死因(死亡に至る機序)[2]モニターを定期的に観察し、心機能の異常を確認する義務の有無[3]救命可能性とその程度、である。

なお、本件ではZ市だけでなく、Z市から依頼を受けた弁護士も被告とされて、Xの死因について虚偽の説明をし遺族の権利行使を妨害した等の違法性の有無も争われた。

[1]Xの死因

原告らは、死因につき、心筋梗塞を原因とする心室細動と主張したが、Z市は、7月25日午後10時45分ごろに心筋梗塞とは別に発生した左冠動脈主幹部の完全閉塞による心筋虚血の結果としての突発的な心静止であると主張して争った。

この点、裁判所は、鑑定結果を踏まえつつ、死亡時刻や死亡に至る機序を具体的に確定するのは困難であるが、25日午後10時45分ごろから26日午前2時40分ごろまでの間に、心筋梗塞巣を発生源、発火点とする不整脈または残存冠動脈狭窄、冠動脈攣縮等を原因とする致死性不整脈により死亡に至ったと認めるのが相当とした。

そして、被告の主張する機序に対しては、午後10時45分以降の心電図波形は、電極の解離や接触不良によって正常なモニタリングが不能となった可能性が高いと認めるのが相当とした。

抗血小板剤が適切に投与され、ステント拡張不良、血管壁への圧着不良等は認められないこと、司法解剖所見で血栓が認められず、左冠動脈主幹部閉塞を裏付ける病理学的所見はなかったこと等から、死因が左冠動脈主幹部の完全閉塞であった可能性は比較的低いとした。

なお、事故後に病院が遺族に行った説明では、死因は心破裂である可能性が高く、穿孔・破裂による心タンポナーデを合併した等とされていたが、司法解剖では心破裂、心タンポナーデは認められなかった。

[2]監視義務違反

(1)裁判所は、25日までにXの心機能は良好に回復していたと認めつつ、心室性期外収縮の散発が認められていた他、左冠動脈主幹部および分岐部以外にも高度狭窄が残存していたこと等を踏まえると、術後3日目である25日のXの心機能はいまだ不安定であったとし、Y病院は、心電図モニターを定期的に監視するなどして、Xの心機能に異常がないか否かを確認する義務があったとした。

(2)なお、モニターのアラーム音量が10%に設定されていたことについては、アラーム音が患者のストレス要因となる可能性、アラーム音に対する医療者の感覚麻痺の問題、患者43名(うちモニター装着患者15名)を看護師3名が受け持っていた態勢などを踏まえて、直ちに監視義務に違反するとはいえないとした。

[3]救命可能性とその程度

(1)裁判所は、心停止が生じてから5分以内に除細動や心臓マッサージ等の心肺蘇生術を行った場合の救命可能性は20%ないし30%程度であったとし、監視義務を怠らなければ救命できた「高度の蓋然性」があったとは認めることができず相当因果関係は認められないとした。

(2)そのうえで、Xが無呼吸状態で発見された際に、看護師が直ちに心臓マッサージを開始し5分以内に当直医が気管挿管の処置をした等の諸事情を踏まえ、監視義務違反がなければ、Xの心機能の異常に気付き、心停止後速やかに適切な処置や治療等が行われ、Xが死亡した時点においてなお生存していた「相当程度の可能性」があったと認めた。

(3)この可能性を侵害された慰謝料について、生存していた可能性の程度等の他、一切の事情を考慮し200万円をもって相当とした。

[4]また、院長や市の弁護士が、虚偽の死因による報告書を作成して虚偽説明を行い、原告らの権利行使を妨害した等との主張に対しては、死因を具体的に特定することは困難であるところ、カルテ等の資料を踏まえて報告書等を作成しており、あえて虚偽の説明を行ったとは認められず、権利行使を妨害する意図も認められないと判断した。

裁判例に学ぶ

1.モニターのアラームに関わる医療事故は比較的多く、アラームの設定ミス等でアラームが鳴らなかったケース、監視体制が不十分でアラームに気付かなかったケース、アラームに気付いたものの他で手一杯で対応できなかったケースなど、さまざまな類型があります。

本件は、アラームに気付けなかったケースです。

2.急性冠症候群のPCIから3日後のケースなので、慎重に様子を見るべき時期にあり、心室性期外収縮が散発していたことからも、VFなどに注意してモニター監視することが求められていたと考えます。

波形に異常が現れ、リードエラーとなり波形が消失したのに、約3時間もの間、患者の様子を見に行かなかった看護態勢には問題があります。

3.アラーム事故においては、病棟でアラームが頻発する実情や人手不足などの現実的限界を理由に、病院側の義務を緩和する方向で争われることがあります。

しかし、アラーム対応は人命に関わり得るものであり、「いつも鳴っているから」や「忙しいから」の理由で放置していいものではありません。

この点、神戸地裁平成23年9月27日判決は、「ナースステーションに在室する看護師は、アラームが鳴ったときは直ちにモニターを確認して単なる一時的な異常と判断されるのであれば格別、そうでない場合には訪室して異常の原因を除去する、医師に異常を伝えるなどの措置をとるべき注意義務がある」と判断しました。

4.モニター取扱時の注意点についてはPMDA医療安全情報(No.29 2020年4月改訂版)にて周知が促されています。

アラームが鳴動した際の基本的な対応方針を明確にすることや、セントラルモニタ等の適切な使用のため、必要性等をチームで検討することが指摘されており、参考になります。

5.本件では、アラームの見落とし以外の問題も争われました。

まずは、死亡に至る機序、そして、救命可能性です。

この点、裁判所は死因について、時間の点でも原因の点でも幅のある認定をしたことは注目に値します。

リードエラーとなったままだったために、時間や原因を具体的に特定することは不可能であり、こうした事情を踏まえての認定と思われます。

救命可能性については、鑑定の結果を受けて本件患者の救命可能性が20%ないし30%と判断され、高度の蓋然性を認めずに因果関係を否定しましたが、相当程度の可能性を侵害したとして慰謝料を認めました。

相当程度の可能性侵害の場合、慰謝料額には幅がありますが、約3時間もの間対応がなされなかったことや、救命可能性が20%ないし30%はあったことからすると、200万円の慰謝料には評価が分かれるでしょう。

金額だけの問題ではありませんが、病院側の体制の見直しや教訓として、再発防止に結び付けてほしい事案です。

6.また、本件では事故後に、院長や弁護士が、患者の死因を心破裂等とする報告書や意見書を作成しており、虚偽の説明により権利行使が妨害されたか否かについても争いに発展しました。

裁判所は違法性を認めませんでしたが、双方にとってさまざまに負担の大きな事案であったことが伝わります。

事故発生後に、医療側が説明内容を変遷させたり、一方的と疑われるような説明を繰り返したりしてしまうと、患者側の納得や信頼は得難いものでしょう。

本件のように結果が重大である事案であればなおさらです。

解明できない部分については、複数の可能性を指摘したうえ、できるだけ客観的に説明するなどの方法が取られていれば、遺族の納得度合いも違ったのではないでしょうか。

残念ながら、一度信頼関係が壊れてしまうと、問題は拡大し、さまざまに波及していってしまうリスクがあるのだと考えさせられます。