1.自動吻合器の抜去手技に関する過失
平成27年1月16日の本件切除術後、CT検査においても翌年8月9日に初めて腸管狭窄の疑いが指摘されるまで、狭窄の所見はなく、本件切除術から約1年7カ月もの期間が空いているにもかかわらず吻合部の狭窄を疑わせるような症状は認められていなかった。
その後、平成28年12月13日にCT検査上、S状結腸の狭窄が認められ、平成29年1月6日に食事摂取困難やこれに伴う衰弱が見られるに至ったという診療経過からすれば、X1の吻合部の狭窄は、平成28年8月9日ごろに生じ、これが平成29年1月6日にかけて悪化したと考えるのが相当である。
また、意見書においても、問題を認めないとの意見が述べられている。
以上によれば、X1の吻合部の狭窄が、本件切除術時の自動吻合器抜去の際の引き込み自体を原因として生じたということはできない。
2.バルーン拡張術手技に関する過失
X2らは、X1は、超高齢患者であり狭窄の程度も強く、消化管穿孔のリスクは通常より高いと想定されるため、初回治療時には、8~10mm程度の小口径のバルーンから拡張を開始すべきであり、段階的に拡張術を行うべきであったと主張するが、高齢患者の大腸良性狭窄に対するバルーン拡張術の際にバルーン径を選択するに当たり、必ず小口径のバルーンを用いなければならないとする確立した医学的知見はなく、個々の症例に応じて、医師が適切に判断すべきである。
そして、本件バルーン拡張術に際し、15~18mm径のバルーンを選択した判断は、医師の裁量に照らし不適切であったと認めるに足りる知見はない。
また、拡張手技においても、徐々に加圧することによってバルーンを15mmまで拡張したものであり、最高径である18mmまで一度に最高圧を加えたものではないこと、結果として15mm以上の拡張をしなかったために、2~3回に分けて加圧・減圧を行うことはなかったものであるから、当該手技が不適切であったと認めることはできない。
3.バルーン拡張術についての説明義務違反
X1は、平成29年1月18日、医師から本件大腸内視鏡検査についての説明を受けて、「大腸内視鏡検査の説明と同意書」に署名したことが認められるが、同書面には、合併症に関する内容を含め、バルーン拡張術についての記載はなかった。
さらに、診療記録上、医師らが、バルーン拡張術を念頭に置いていたことはうかがわれるものの、それをX1に説明したことを認めるに足りる記載はなく、医師自身も、陳述書において、本件バルーン拡張術に際し、X1対して行った説明については記憶がないと供述している。
また医師は、高齢の患者については、やむを得ず患者本人のみの署名を得る場合であっても、その家族に電話で説明したりなどしていたと供述しているが、上記同意書には、X1の署名はあるが、X2らの署名はなく、X2らは、その本人尋問において、バルーン拡張術に関する説明を受けたことはないと述べている。
以上の事実に照らせば、本件バルーン拡張術を実施する可能性や、その合併症リスク等について、口頭で十分な説明が行われたと認めることはできず、被告病院の医師には説明義務違反が認められる。
そもそも、上記口頭説明の有無をおくとしても、バルーン拡張術は、大腸内視鏡検査よりも侵襲性の高い施術であり、大腸穿孔の発生リスクなども異なることからすれば、あらかじめ明確な同意を得ておくべきであったものといえる。
もっとも、平成28年8月9日の時点では、X1の体調に問題が生じていなかったため、大腸内視鏡検査やバルーン拡張術を受けないという選択肢があったが、同年12月13日に狭窄が認められ、平成29年1月6日に食事摂取困難やこれに伴う衰弱が見られるに至り同月10日に被告病院に入院したという診療経過に照らせば、被告病院への入院後に関しては、吻合部に良性の狭窄が見つかった場合には、X1やその家族が望んでいた早期退院を実現するためにも、根本的改善のためバルーン拡張術を受けていたものといえ、本件バルーン拡張術を受けないという選択をした蓋然性があるとは認められない。
従って、被告病院の医師の上記説明義務違反と、X1の後遺症との間の因果関係は認められず、X1が、本件バルーン拡張術を受けるに当たって、施術内容や合併症等のリスクについて説明を受けたうえで、当該施術を受けることを決めるいわゆる自己決定権を侵害された限度で、損害との因果関係を認めるのが相当である。