腰椎後方椎体間固定術等を受けた患者の術後感染と医師の法的責任

vol.237

東京地裁 令和3年2月25日判決(控訴審で和解)
医療問題弁護士団 金﨑 浩之 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、被告病院において、腰椎後方椎体間固定術等を受けた原告(患者)が術後感染により下肢麻痺の後遺障害(体幹機能障害2級)を負ったことについて、被告病院の術後感染に対する処置が適切であったか否かが問題となった事案である。

そして、東京地方裁判所(医療集中部)は、原告の請求を一部認容し、被告病院に対して、不法行為に基づく損害賠償として3854万6123円およびこれに対する遅延損害金の支払いを命じた。

判決

1.臨床経過

原告は、平成22年10月15日、被告病院において、腰椎後方椎体間固定術等の整形外科手術を受けた。

ところが、術後、創部からの膿の滲出を繰り返したため、担当医師は、術後感染を疑って起炎菌の特定に努め、同年11月4日、細菌検査により溶血性ブドウ球菌が検出された。

そして、この検出された細菌は、ラセナゾリン、フィニバックス、ビクシリンの各抗菌薬に対して耐性があり、ダラシンには感受性があることが確認された。

しかし、担当医師は、同月22日まで本件検査結果報告を確認しなかった。

そのため、同月6日から同月23日までの18日間、耐性が確認されたビクシリンが投与され、同月23日、抗菌薬が感受性のあるダラシンに変更された。

そして、同年12月3日、被告病院において、病巣掻そうは爬・再固定術が実施され、ダラシンは同月24日まで投与された。

また、原告に下肢麻痺が生じた時期について、裁判所は、画像所見などから同月17日頃までに第4腰椎椎体に感染が生じたとし、平成23年1月初旬には第4腰椎椎体が硬膜を圧迫したことによる両下肢の筋力低下が出現したとして、同年2月1日頃までには両下肢麻痺に近い状態になっていたと認定した。

なお、その後の経過として、同月25日、細菌検査の結果、腸球菌が検出されている。

また、原告は、同年9月2日、術後感染加療目的で他院に転院し、同年12月20日、リハビリ目的で再び被告病院に入院して、平成24年9月8日、退院している。

2.注意義務違反

裁判所は、平成22年11月4日の時点で、担当医師には、起炎菌である溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬に変更すべき注意義務に加え、切開排膿・病巣掻爬・持続洗浄のうち、少なくともいずれかの処置を実施すべき注意義務があったと認定した。

一方、被告病院は、担当医師が11月4日の時点で本件検査結果報告に気付くことができなかった理由について、カルテの所定の箇所に検査結果報告がなかったことを主張していた。

この点に関して、裁判所は、検査結果報告がカルテの所定の箇所になかったのだとすれば、そのこと自体が問題であるとし、また、担当医師が原告に術後感染が生じていることを認識して起炎菌の特定に努めていたにもかかわらず、同月22日まで検査結果報告を確認しなかったことは迂闊であったと判断している。

3.因果関係

原告の溶血性ブドウ球菌による感染は、被告病院の処置により、平成23年1月末には治癒していたが、同年2月25日、細菌検査の結果、腸球菌が検出された。

そのため、被告病院は、原告の下肢麻痺は、この腸球菌への菌交代によるものであって、溶血性ブドウ球菌による感染への治療が遅れたこととの因果関係はない旨を主張していた。

この点について、裁判所は、同月1日頃までには下肢麻痺に近い状態になっていたことから、原告の両下肢麻痺は、菌交代後ではなく、溶血性ブドウ球菌による術後感染の収束前に生じたものであるとして、被告病院の主張を斥けた。

そして、平成22年11月4日の時点で抗菌薬の変更を含む適切な処置が実施されていれば、現実に適切な治療が開始された同月23日よりも19日早く、感染の進行を一定程度防止することができたとした。

このような経過を踏まえ、同年11月4日の時点で適切な治療を開始していれば、第4腰椎椎体への感染による骨融解などを防ぐことができ、原告の下肢に麻痺が生じるまでには至らなかった高度の蓋がいぜん然性があるとして、被告病院の過失と原告の両下肢麻痺との間における因果関係の存在を認めた。

裁判例に学ぶ

この事件の第一審では、筆者も原告(患者)訴訟代理人のひとりとして関与しました。

術後感染を含む院内感染に関する訴訟は比較的多く、裁判所が病院側に支払いを命じる認容判決も少なくありません。

筆者は、平成6年から平成25年までの院内感染に関する医療裁判を調べたことがあります。

従来、院内感染は、「病院の中で発生した感染なのだから、病院に責任があるはず」と考える患者が多く、院内感染を起こしたこと自体を病院の過失として主張する弁護士も決して少なくありませんでしたが、現在ではそのようなことが争点となることはほとんどありません。

しかし、いかに病院が院内感染予防策を講じていたとしても、一定程度の院内感染は避けられないのだとすれば、その裏返しとして、病院側は、院内感染を早期に発見して適切な治療を実施すべき責務があります。

この事件の担当医師は、術後すぐに院内感染の可能性を疑って細菌検査を実施していました。

そして、平成22年11月4日に起炎菌が同定され、抗菌薬に対する耐性の有無も判明していたにもかかわらず、担当医師がその検査結果報告の確認を怠ったのですから、過失の立証は比較的容易な事案でした。

本件で患者側にとって難しかったのは、因果関係の立証です。

溶血性ブドウ球菌に対する有効な治療の開始は遅れたのですが、途中、腸球菌も検出され、問題を複雑にしているからです。

腸球菌が検出される前に両下肢麻痺を疑わせる臨床所見が出現していたことが、患者側に有利な結果となりました。

もし、両下肢麻痺を示唆する症状の出現時期がもう少し遅れていたら、因果関係の存在が認められなかった可能性があります。

ところで、裁判所が、同年11月4日の時点で適切な治療を開始していれば、原告の両下肢に麻痺が生じるまでには至らなかった“高度の蓋然性”があると判断したことは、筆者としては意外でした。

手技ミスや薬剤の過剰投与のように、医的侵襲行為が原因となって患者に被害が発生したというような“作為型”の医療過誤の場合には、具体的な医的侵襲行為と発生した患者の転帰との間の因果関係を結びつける医療情報を入手することは必ずしも困難ではありません。

しかし、本件のように、疾患それ自体が直接的な原因となっているような“不作為型”の医療過誤の場合、適切な治療と患者の転帰との間の因果関係の検討は、仮定的・抽象的思考にならざるをえません。

不作為型の医療過誤では、このことが因果関係における“高度の蓋然性”を証明するうえで大きな障壁となっています。

確かに、裁判所の判断にもあるように、19日早く適切な治療が開始されていれば、感染の進行を一定程度防止することができたと思われます。

しかしながら、感染の進行を“一定程度防止”できたからといって、患者の両下肢麻痺を回避できた高度の蓋然性があるというのは少々飛躍があるように感じます。

本件で仮に医療鑑定が実施されていたら、因果関係が認められなかった可能性も十分にある事案だと思われます。