1.臨床経過
原告は、平成22年10月15日、被告病院において、腰椎後方椎体間固定術等の整形外科手術を受けた。
ところが、術後、創部からの膿の滲出を繰り返したため、担当医師は、術後感染を疑って起炎菌の特定に努め、同年11月4日、細菌検査により溶血性ブドウ球菌が検出された。
そして、この検出された細菌は、ラセナゾリン、フィニバックス、ビクシリンの各抗菌薬に対して耐性があり、ダラシンには感受性があることが確認された。
しかし、担当医師は、同月22日まで本件検査結果報告を確認しなかった。
そのため、同月6日から同月23日までの18日間、耐性が確認されたビクシリンが投与され、同月23日、抗菌薬が感受性のあるダラシンに変更された。
そして、同年12月3日、被告病院において、病巣掻そうは爬・再固定術が実施され、ダラシンは同月24日まで投与された。
また、原告に下肢麻痺が生じた時期について、裁判所は、画像所見などから同月17日頃までに第4腰椎椎体に感染が生じたとし、平成23年1月初旬には第4腰椎椎体が硬膜を圧迫したことによる両下肢の筋力低下が出現したとして、同年2月1日頃までには両下肢麻痺に近い状態になっていたと認定した。
なお、その後の経過として、同月25日、細菌検査の結果、腸球菌が検出されている。
また、原告は、同年9月2日、術後感染加療目的で他院に転院し、同年12月20日、リハビリ目的で再び被告病院に入院して、平成24年9月8日、退院している。
2.注意義務違反
裁判所は、平成22年11月4日の時点で、担当医師には、起炎菌である溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬に変更すべき注意義務に加え、切開排膿・病巣掻爬・持続洗浄のうち、少なくともいずれかの処置を実施すべき注意義務があったと認定した。
一方、被告病院は、担当医師が11月4日の時点で本件検査結果報告に気付くことができなかった理由について、カルテの所定の箇所に検査結果報告がなかったことを主張していた。
この点に関して、裁判所は、検査結果報告がカルテの所定の箇所になかったのだとすれば、そのこと自体が問題であるとし、また、担当医師が原告に術後感染が生じていることを認識して起炎菌の特定に努めていたにもかかわらず、同月22日まで検査結果報告を確認しなかったことは迂闊であったと判断している。
3.因果関係
原告の溶血性ブドウ球菌による感染は、被告病院の処置により、平成23年1月末には治癒していたが、同年2月25日、細菌検査の結果、腸球菌が検出された。
そのため、被告病院は、原告の下肢麻痺は、この腸球菌への菌交代によるものであって、溶血性ブドウ球菌による感染への治療が遅れたこととの因果関係はない旨を主張していた。
この点について、裁判所は、同月1日頃までには下肢麻痺に近い状態になっていたことから、原告の両下肢麻痺は、菌交代後ではなく、溶血性ブドウ球菌による術後感染の収束前に生じたものであるとして、被告病院の主張を斥けた。
そして、平成22年11月4日の時点で抗菌薬の変更を含む適切な処置が実施されていれば、現実に適切な治療が開始された同月23日よりも19日早く、感染の進行を一定程度防止することができたとした。
このような経過を踏まえ、同年11月4日の時点で適切な治療を開始していれば、第4腰椎椎体への感染による骨融解などを防ぐことができ、原告の下肢に麻痺が生じるまでには至らなかった高度の蓋がいぜん然性があるとして、被告病院の過失と原告の両下肢麻痺との間における因果関係の存在を認めた。