入院患者の身体的拘束の必要性は厳格に判断

vol.238

身体的拘束後に患者が急性肺血栓塞栓症で死亡した事故で、身体的拘束の必要性の判断が医師の裁量を逸脱し違法とされた判決

名古屋高裁金沢支部 令和2年12月16日判決(判時2504号)
医療問題弁護団 佐藤 光子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

Aは、Y法人が運営するB病院で医療保護入院していたが、約6日間の身体的拘束後に肺動脈血栓塞栓症で死亡した。

そのため、Aの両親であるXらは、B病院の医師らがAに対し、法令上の要件を満たさない違法な身体的拘束を開始・継続し、身体的拘束による肺動脈血栓塞栓症の発症を回避するためのDダイマー検査、バイタルチェックの徹底、水分量および体重のチェック、心電図測定、弾性ストッキングの装着、拘束解除の際の監視等の注意義務違反によりAが死亡したと主張し、Y法人に対し使用者責任に基づく損害賠償請求をした。

原審(金沢地裁・令和2年1月31日判決)では、B病院でのAの身体的拘束の開始・継続に違法はないが、Aに弾性ストッキングを装着させなかった点で注意義務違反があるとした。

しかし、弾性ストッキングを装着させたとしてもAの死亡の結果を確実に回避することができたとはいえないとして、Xらの請求を棄却した。

これに対し、Xらが控訴したのが本件である。

Xらは、Aの死亡について暴行行為および安易な水分制限、抗精神病薬の大量処方等を理由とする損害賠償請求を控訴審では追加した。

判決

控訴審判決(以下「本判決」という)では、Aに対する身体的拘束の開始・継続の違法性の有無につき、次のように判断された。

1.身体的拘束の開始の違法性について

身体的拘束については、精神保健福祉法および告示第130号で基準が定められており、その定める基準の内容も参考にして判断するのが相当である。

精神科病院の入院患者に対する行動の制限に当たっては、精神保健指定医が必要と認める場合でなければ行うことができないとされ、精神医学上の専門的な知識や経験を有する精神保健指定医の裁量に委ねられるとしても、行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりさらに人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであるから、これを選択するに当たっては特に慎重な配慮を要する。

Aは同日朝から意味不明な発言はあったものの、薬は拒否なく服用し、昼食を全て食べ食器の返却に応じるなど、早朝から暴力的言動は一切見られなかったことに照らすと、その前日までに看護師に対する暴力行為が見られたことや、Aが大柄な男性であることなどの事情を考慮しても、身体的拘束を開始した時点では、告示第130号の「多動又は不穏が顕著である場合」には該当しない。

さらに、身体的拘束をしないと判断した場合、Aの暴力に対して必要な医療行為や看護行為を施すことができなくなり、全身状態を管理することができないまま状態が悪化してAの生命に危険が及ぶ可能性があることは否定できないが、本件隔離後にはAの生命および身体に危険が及ぶような事態が発生した様子は見られない以上、「精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれのある場合」にも直ちには該当しない。

さらに、Aは大人数で対応すると不穏にならず力ずくで制止しなくてもよいことが経験的にあるというのであれば、一時的に人員を割くことによって必要な医療行為等を実施できるものといえ、「身体的拘束以外によい代替方法がない場合」に当たると見るのも困難である。

よって身体的拘束を必要と認めた医師の判断は、早計に失し、精神保健指定医に認められた身体的拘束の必要性の判断についての裁量を逸脱するものであり、本件身体的拘束を開始したことは違法である。

2.本件身体的拘束の継続の違法性

本件の事実関係からすると、本件身体的拘束を開始した後の診療経過に照らしても、Aの生命および身体に危険が及ぶおそれは生じておらず、本件身体的拘束が適法になることはない。

3.結論

以上より、本判決は本件身体的拘束の開始・継続は違法であり、Aは身体的拘束により急性肺血栓塞栓症を発症して死亡したものと認め、Y法人はXらに対して使用者責任に基づく損害賠償義務を負うとし、原審を変更してXらに対する各1764万円の賠償を認めた。

裁判例に学ぶ

本判決は、医療保護入院中に患者が急性肺血栓塞栓症で死亡した事故について、患者の身体的拘束の必要性の判断につき、原審では、身体的拘束の必要性を認めて請求を棄却したものを、控訴審において医師の判断を裁量の逸脱として身体的拘束の違法性を肯定して患者側の請求を認容したという特徴があります。

判断が分かれるのは身体的拘束の必要性につき医師の裁量を広く認めるのか、厳密に狭く考えるのかという点によると思われます。

本判決では、行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりもさらに人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐためのものであるから、これを選択するに当たっては特に慎重な配慮を要するとして、患者のためにやむを得ない場合に限定して考えられており、患者の人権に最大限配慮するべきという方向での判断がなされています。

これが端的に表れているのは、告示第130号の「身体的拘束以外によい代替方法がない場合」に当たるかの判断です。

身体的拘束開始の前日に、看護師等8名でAに対応し診療した際、Aに興奮や抵抗は見られませんでしたが、そのような対応の継続は人員的に極めて困難とY法人が主張したのに対し、本判決はAに対して必要な医療行為等を行うといった限定的な場面において、B病院には、その都度、相当数の看護師を確保しなければならないことによる諸所の負担等が生じるとしても、身体的拘束は入院患者にとっては重大な人権制限となるものであるから、患者の生命や身体の安全を図るための必要不可欠な医療行為等を実施するのに十分な人員を確保することができないような限定的な場面においてのみ、身体的拘束をすることが許されるものと判示しており、代替方法を追求することを求めています。

また本判決の判断基準では、不穏の再発のおそれというような抽象的なおそれでの身体的拘束は「多動又は不穏が顕著である場合」「精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれのある場合」には該当しないといえるでしょう。

日本も平成26年に障害者権利条約を批准し、障害者の権利のためのさまざまな提言がなされていますが、本判決はこのような現在の社会的な情勢に沿ったものといえるでしょう。

なお、精神科病院ではなく一般病院で入院中の患者に対する身体的拘束の違法性が争点となった判例は、身体的拘束を違法と判断した名古屋高裁平成20年9月5日判決があります。

このケースは最高裁で身体的拘束は適法と判断されています(最三小・平成22年1月26日判決)。