控訴審判決(以下「本判決」という)では、Aに対する身体的拘束の開始・継続の違法性の有無につき、次のように判断された。
1.身体的拘束の開始の違法性について
身体的拘束については、精神保健福祉法および告示第130号で基準が定められており、その定める基準の内容も参考にして判断するのが相当である。
精神科病院の入院患者に対する行動の制限に当たっては、精神保健指定医が必要と認める場合でなければ行うことができないとされ、精神医学上の専門的な知識や経験を有する精神保健指定医の裁量に委ねられるとしても、行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりさらに人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであるから、これを選択するに当たっては特に慎重な配慮を要する。
Aは同日朝から意味不明な発言はあったものの、薬は拒否なく服用し、昼食を全て食べ食器の返却に応じるなど、早朝から暴力的言動は一切見られなかったことに照らすと、その前日までに看護師に対する暴力行為が見られたことや、Aが大柄な男性であることなどの事情を考慮しても、身体的拘束を開始した時点では、告示第130号の「多動又は不穏が顕著である場合」には該当しない。
さらに、身体的拘束をしないと判断した場合、Aの暴力に対して必要な医療行為や看護行為を施すことができなくなり、全身状態を管理することができないまま状態が悪化してAの生命に危険が及ぶ可能性があることは否定できないが、本件隔離後にはAの生命および身体に危険が及ぶような事態が発生した様子は見られない以上、「精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれのある場合」にも直ちには該当しない。
さらに、Aは大人数で対応すると不穏にならず力ずくで制止しなくてもよいことが経験的にあるというのであれば、一時的に人員を割くことによって必要な医療行為等を実施できるものといえ、「身体的拘束以外によい代替方法がない場合」に当たると見るのも困難である。
よって身体的拘束を必要と認めた医師の判断は、早計に失し、精神保健指定医に認められた身体的拘束の必要性の判断についての裁量を逸脱するものであり、本件身体的拘束を開始したことは違法である。
2.本件身体的拘束の継続の違法性
本件の事実関係からすると、本件身体的拘束を開始した後の診療経過に照らしても、Aの生命および身体に危険が及ぶおそれは生じておらず、本件身体的拘束が適法になることはない。
3.結論
以上より、本判決は本件身体的拘束の開始・継続は違法であり、Aは身体的拘束により急性肺血栓塞栓症を発症して死亡したものと認め、Y法人はXらに対して使用者責任に基づく損害賠償義務を負うとし、原審を変更してXらに対する各1764万円の賠償を認めた。