小児カテーテル検査における麻酔の選択と管理について

vol.241

麻酔薬フローセンを用いたことは過失とはいえないが、その麻酔管理について過失を認めた事例

東京地裁 平成30年6月21日判決(判例時報2406号3頁・確定)
医療問題弁護団 飯淵 裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

(1)平成16年に出生したB(「本件患児」)は、無脾症候群・完全型心内膜床欠損症、肺動脈閉鎖、左心室低形成、共通房室弁閉鎖不全等の先天性心疾患に罹患していた(BTシャント後)。

(2)Bは、平成18年9月13日、グレン手術検討のため被告病院で心臓カテーテル検査(「本件検査」)を受けた。

経過概要は次の通り。

午後2時46分ごろから純酸素と空気を1対1、吸入麻酔薬であるフローセンの濃度を3%に設定し、マスクを用いて本件患児に吸入させ麻酔を開始した。

C医師は、末梢静脈路確保は容易でないと判断し、大腿静脈穿刺を優先させ、本件患児の末梢静脈路は確保されておらず、自動血圧計による血圧測定もされなかった。

D医師は、午後2時55分ごろまでにシースを準備したうえで、本件患児の右鼠径部に局所麻酔を実施した。

D医師が2時58分ごろ、本件検査のため大腿動脈にシースを留置しようと大腿動脈を触知したところ、モニターでは90~100回/分の状態で、動脈の拍動を探知するうちに脈が触れなくなった。

2時59分ごろには、本件患児の脈拍はモニター上も80台~40台と徐脈に陥り、F医師は3時ごろ、フローセンの投与を中止した(濃度はこの時点まで一貫して3%)。

担当医らは本件患児に対して心臓マッサージを開始し、C医師は、本件患児の右鼠径部の中心静脈にカテーテルを留置しようと穿刺し、同ルートから蘇生薬を投与するなどした(後に大腿動脈に穿刺されていたと判明)。

その後、頭部CT検査の結果、脳浮腫の改善が見られた。

(3)本件患児は、同年10月には頭部CT上、後遺症が残ると考えられる所見があった。

同年12月初めには呼吸状態が安定するなどしたが、同月21日、顔面に著明なチアノーゼが認められ、心拍数やSpO2が大きく低下するなど状態が急変した。

心エコー検査の結果、本件患児の急変はBTシャント閉塞によるものと思われ、人工心肺装置装用となったが、同月25日、補助循環による全身に著明な浮腫が見られ、肝機能不全が進行し、補助循環の継続は不可能と評価される状態に至り、原告らの同意のうえで補助循環装置を停止し、同日午後1時50分ごろ死亡した。

(4)本件検査については、被告病院内部の事故調査および外部委員を含む事故調査も行われた。

本件以前、被告病院で10歳の女児に対しフローセンを使用した心臓カテーテル検査を施行した際に急変が起こり、低酸素脳症を発症した事故があった。

(5)本件患児の両親の主張骨子は、[1]フローセンは、循環抑制の強さのため一般的には使用されず、よりリスクの低いセボフルランの使用が一般的であったものの、本件患児は重症心疾患を有する小児であり、循環抑制のリスクの低いセボフルランを使用しない合理的理由はなかったこと等から、フローセン使用自体の過失、[2]麻酔管理につき、一貫して3%濃度で投与したことの過失、[3]自動血圧計による血圧測定や末梢静脈路の確保を懈怠したことの過失、である。

原告側として麻酔科医G医師と小児科医I医師、被告側として小児科医H医師の意見書がそれぞれ提出され、小児科医J・K医師および麻酔科医L・M医師の計4人によるカンファレンス鑑定が行われた。

判決の認定する各意見概略は表の通り。

  フローセン使用 自動血圧計測定がないこと 末梢動脈の不確保
G医師 不適切 極めて不適切 不適切でありえない医行為
I医師 不適切 不適切
H医師 間違いではない 理解できないではない 確保困難な患児がいる。確保時期は場合による。
J医師 不適切 両者を併せて不適切。なお、濃度が3%のままであったことは不適切といえない。
K医師 不適切といえない 両者を併せて不適切。なお、濃度3%のままであったことは不適切といえない。
L医師 不適切 血圧測定できないこともある。静脈を確保しないまま検査を進めることは適切ではない。
M医師 不適切と思われる 両者を併せて不適切。なお、濃度が3%のままであったことも不適切。

判決

※証拠引用等は、割愛。

1.フローセンの使用

「確かに、……によれば、そもそも小児科医のみで吸入麻酔を使用すること自体必ずしも一般的であるとはいえないし、フローセンについては強い心筋抑制作用があることから、平成18年当時にはすでに同作用が比較的少ないセボフルランの使用が相当に浸透しており、あえてフローセンを使用するメリットは一般的には認められない状況にあり、上記心筋抑制作用に鑑みると、とりわけ重症心疾患を有する本件患児に対しての麻酔に使用する薬剤として最適な麻酔薬とはいえないとの意見も相当な根拠をもって存在する……他方で、……全てのカテーテル検査等に麻酔科医が関与することは、人的資源の制約上現実的ではなく、また麻酔薬の選択については、被告病院としてはグレン手術等の適応判断のために必須の心臓カテーテル検査において、従前の経験値の蓄積も踏まえ、一定した条件下で安定した検査数値に基づく的確な適応判断を行う必要上、従来から慣れた方法を踏襲してこれによっていたというのであり、係る使用について平成18年当時、重症心疾患を有する患児に対する小児心臓カテーテル検査においてフローセンを使用したこと自体を直ちに臨床医学の実践における医療水準にもとるというべき医学的知見が確立されていたとまでは認められない。

……フローセンには強い心筋抑制作用や肝機能障害の危険性などが認められ、本件患児のような重症心疾患を有する患児については、その危険はとりわけ大きいことが認められるものの、そのような危険を認識した上で適切な方法で麻酔が施行される限り、本件患児に対しておよそフローセンを使用してはならないとの注意義務があるとまではいえない」として、フローセン使用の過失は否定。

2.麻酔管理

判決は、(1)3%の濃度で投与し続けたこと、(2)自動血圧計による測定がなかったこと、(3)静脈ルートの不確保について、各事項単独には義務(違反)を認めなかったが、これらを総合すると「被告病院では、セボフルランなどと比較して心筋抑制作用や副作用の危険が大きいフローセンを、……いわば検査の都合ないし便宜(検査を実施する上での便宜および検査数値の評価上の利点)の観点から、前記のような危険(循環抑制の可能性など)を認識した上でこれを選択し、重症心疾患を有し循環動態が不安定になりやすい本件患児に投与していたのであるから、そうであるとすれば、麻酔導入に伴って患児が急変する可能性があることを踏まえ、患児の安全に常に配慮し、添付文書において「重要な基本的注意」として記載されている通り、麻酔の深度は検査に必要な最低限の深さに留めることができるように麻酔管理を十分に行うとともに、急変のリスクに的確に対応するための対策を十全に行うことが当然の前提……本件患児は、C医師がカテーテル室を退室した午後2時52、53分ごろには体動が消失し、呼吸および脈拍が安定していたことが認められ、前記の被告病院におけるフローセン麻酔の実施方法に従ったとしても、同時点でフローセンの濃度を1.0から1.5%まで下げることを検討して然るべきところ、本件検査においては、麻酔深度などを把握するための血圧のモニタリングが十分できておらず、急変した場合に蘇生のための薬剤等を投与することができるルートも確保されていない状態であったこと、また、すでに体動が消失しており、末梢静脈路の確保が困難な事情(覚醒時における静脈確保のリスク)もないこと、そしてむしろ体動消失にもかかわらず自動血圧計による血圧の測定値が得られないことからすれば、異常事態(血圧低下)をも想定して対処すべきであることにも鑑み、麻酔に伴う本件患児の異変を可及的速やかに把握し、急変を予防する観点から同時点においてフローセンの濃度を1.0から1.5%まで低下させるとともに末梢静脈路を確保すべき具体的な注意義務があった」として、麻酔管理の過失を認めた。

3.因果関係

判決は、鑑定結果等を踏まえ、低酸素脳症に至ったことについて、「そもそも早期にフローセンの濃度を低下させていれば、著しい徐脈を回避し得た可能性自体は高いものと認められるのであるから、麻酔導入開始から5分ほどが経過した午後2時52、53分ごろの時点でフローセンの濃度を低下させていれば、本件患児が本件検査中に著しい循環抑制に陥ることを回避し得た」とし、直接死因の多臓器不全はBTシャント閉塞が原因であるものの、本件検査後に低酸素脳症を発症しなければ、グレン手術の適応となった高度の蓋然性があり、本件注意義務違反による低酸素脳症の治療等でグレン手術を受ける機会を逸してBTシャント閉塞を起こした、として、死亡との因果関係を認めた(就労可能性は、疾病に照らし24歳からの8年間に限定した)。

裁判例に学ぶ

1.本件は、検査中の麻酔に関する裁判例です。

問題となったフローセン(2015年ごろ、発売中止となった模様)は、鑑定医によると昭和60年ごろまでの使用の経験しかなく、判決の認定判断および鑑定医の意見を通覧しても、麻酔としてセボフルランではなくてあえてフローセンを使用するメリットは一般的には存在しなかったようです。

鑑定医も、多くは使用自体不適切と考えています。

もっとも、判決は人的資源の制約や従前の経験値蓄積、安定した検査数値の確保と的確な適応判断、慣れの問題も考慮して、フローセンの使用自体については、不適切であるとは判断しませんでした。

一般的ではないとはいえ、フローセン自体が当時使用が認められていた薬物であったことを前提に、医療機関側の事情を一定程度斟酌したものともいえそうです。

2.他方、判決はフローセンの濃度の高さ、自動血圧計による血圧測定がないこと、抹消静脈路確保がなかったこと等について、それぞれ単独では、注意義務(違反)は認めませんでしたが(これらの点についての鑑定医の意見も、一致までは見ない)、心筋抑制作用や副作用の危険が大きいフローセンについて、危険性は認識したうえで検査の都合上採用していることを足掛かりに、麻酔管理の十分性や急変リスクへの対策の万全性を備えることが前提であったとして、引用した本件の具体的事情の下、急変予防の観点からフローセン濃度を低下させ、末梢静脈路確保をすべき義務を導いたものです。

本件はあくまで事例判断ではありますが、必ずしも一般的とはいえない薬物等を施設都合で使用することも許されるものの、この場合には、高度の対策とフォローが必要といえそうです。

なお、判決の認定では、被告病院は本件以前10年以上にわたり、体動が激しく検査に協力を得られない年齢層の患児にはフローセン麻酔を行っていました(年間200例以上)。

本件事故の直前に起きた症例1例(事件内容の4項のもの)を除いては、後遺症を残すほどの麻酔事故はなかったようで、実際、被告病院はこの種症例等に対して優れた実績を残しており、麻酔方法の見直しも何度か検討はされたもののフローセンに戻した経緯もあったようです。

麻酔科医ではなく小児科医が麻酔を担当しており、麻酔についての体制がどの程度整っていたか、麻酔も含む知識経験の共有伝習状況はどうであったかなど、優れた実績を持つ施設であってもこのような体制面を含む不断の見直しと検討が必要といえるでしょう。

3.最後に、本件では直接の死因は、本件事故から起きた低酸素脳症とは関係なく、BTシャント閉塞によるものでした。

しかし、判決は各種データや鑑定医の見立て等を綿密に認定し、低酸素脳症がなければグレン手術やフォンタン手術に到達した高度の蓋然性があるとして因果関係を認めており、考え方として大いに参考となるものと考えます。