(1)平成16年に出生したB(「本件患児」)は、無脾症候群・完全型心内膜床欠損症、肺動脈閉鎖、左心室低形成、共通房室弁閉鎖不全等の先天性心疾患に罹患していた(BTシャント後)。
(2)Bは、平成18年9月13日、グレン手術検討のため被告病院で心臓カテーテル検査(「本件検査」)を受けた。
経過概要は次の通り。
午後2時46分ごろから純酸素と空気を1対1、吸入麻酔薬であるフローセンの濃度を3%に設定し、マスクを用いて本件患児に吸入させ麻酔を開始した。
C医師は、末梢静脈路確保は容易でないと判断し、大腿静脈穿刺を優先させ、本件患児の末梢静脈路は確保されておらず、自動血圧計による血圧測定もされなかった。
D医師は、午後2時55分ごろまでにシースを準備したうえで、本件患児の右鼠径部に局所麻酔を実施した。
D医師が2時58分ごろ、本件検査のため大腿動脈にシースを留置しようと大腿動脈を触知したところ、モニターでは90~100回/分の状態で、動脈の拍動を探知するうちに脈が触れなくなった。
2時59分ごろには、本件患児の脈拍はモニター上も80台~40台と徐脈に陥り、F医師は3時ごろ、フローセンの投与を中止した(濃度はこの時点まで一貫して3%)。
担当医らは本件患児に対して心臓マッサージを開始し、C医師は、本件患児の右鼠径部の中心静脈にカテーテルを留置しようと穿刺し、同ルートから蘇生薬を投与するなどした(後に大腿動脈に穿刺されていたと判明)。
その後、頭部CT検査の結果、脳浮腫の改善が見られた。
(3)本件患児は、同年10月には頭部CT上、後遺症が残ると考えられる所見があった。
同年12月初めには呼吸状態が安定するなどしたが、同月21日、顔面に著明なチアノーゼが認められ、心拍数やSpO2が大きく低下するなど状態が急変した。
心エコー検査の結果、本件患児の急変はBTシャント閉塞によるものと思われ、人工心肺装置装用となったが、同月25日、補助循環による全身に著明な浮腫が見られ、肝機能不全が進行し、補助循環の継続は不可能と評価される状態に至り、原告らの同意のうえで補助循環装置を停止し、同日午後1時50分ごろ死亡した。
(4)本件検査については、被告病院内部の事故調査および外部委員を含む事故調査も行われた。
本件以前、被告病院で10歳の女児に対しフローセンを使用した心臓カテーテル検査を施行した際に急変が起こり、低酸素脳症を発症した事故があった。
(5)本件患児の両親の主張骨子は、[1]フローセンは、循環抑制の強さのため一般的には使用されず、よりリスクの低いセボフルランの使用が一般的であったものの、本件患児は重症心疾患を有する小児であり、循環抑制のリスクの低いセボフルランを使用しない合理的理由はなかったこと等から、フローセン使用自体の過失、[2]麻酔管理につき、一貫して3%濃度で投与したことの過失、[3]自動血圧計による血圧測定や末梢静脈路の確保を懈怠したことの過失、である。
原告側として麻酔科医G医師と小児科医I医師、被告側として小児科医H医師の意見書がそれぞれ提出され、小児科医J・K医師および麻酔科医L・M医師の計4人によるカンファレンス鑑定が行われた。
判決の認定する各意見概略は表の通り。
|
フローセン使用 |
自動血圧計測定がないこと |
末梢動脈の不確保 |
G医師 |
不適切 |
極めて不適切 |
不適切でありえない医行為 |
I医師 |
- |
不適切 |
不適切 |
H医師 |
間違いではない |
理解できないではない |
確保困難な患児がいる。確保時期は場合による。 |
J医師 |
不適切 |
両者を併せて不適切。なお、濃度が3%のままであったことは不適切といえない。 |
K医師 |
不適切といえない |
両者を併せて不適切。なお、濃度3%のままであったことは不適切といえない。 |
L医師 |
不適切 |
血圧測定できないこともある。静脈を確保しないまま検査を進めることは適切ではない。 |
M医師 |
不適切と思われる |
両者を併せて不適切。なお、濃度が3%のままであったことも不適切。 |