使用上の注意・ガイドライン等遵守の重要性

vol.242

経鼻チューブからの栄養剤等の注入により誤嚥性肺炎で死亡した事例

大阪地裁 令和3年2月17日判決(判例時報2506・2507号53頁)
医療問題弁護団 青野 博晃 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者は、認知症のために不穏・興奮等の状態が継続して医療保護入院となり、Y病院で身体拘束を受けていたところ、拒食が続いたため、午前11時ごろに経鼻胃管カテーテル挿入留置術を受けて栄養剤等の注入を受けた。

留置翌日の午後2時以降、患者には発熱やSpO2低下、湿性咳嗽、多量の淡々黄色粘稠痰が見られた。

留置4日後の午前10時には肺湿性音(左>右)が確認され、当直医が肺炎を疑って経鼻チューブからの注入を止めるように指示し、同日午後9時ごろ、SpO2の低下が改善しないためZ病院に救急搬送された。

経鼻チューブの挿入に際しては、身体拘束(体幹および四肢の拘束)のまま、本件患者からの体動が激しく認められる中、スタッフ数名で本件患者の身体を押さえつけたうえで留置された。

また、Z病院への救急搬送後も経鼻チューブは抜去されておらず、午後9時ごろに撮影された胸腹部CT検査においては、誤嚥性肺炎を疑わせる浸潤影が確認され、また経鼻チューブが咽頭部にトグロを巻いている状態であり、チューブ先端が胃に届いていなかったことが確認された。

患者は、留置から9日後に誤嚥性肺炎を原因とする非心原性肺水腫によって死亡するに至った。

本件訴訟は、患者の遺族Xらが医療保護入院先医療機関であるY病院に対して損害賠償を求めて提訴するとともに、救急搬送先医療機関であるZ病院も遺族Xらに対して自らの債務が存在しないことの確認を求めて独立当事者参加した。

判決

1.死亡に至る機序

裁判所は、(1)体動が激しく認められる中で患者の身体を押さえつけて経鼻チューブが留置されたこと、(2)Z病院への救急搬送時点においても経鼻チューブは留置されており、胸腹部CT検査においても経鼻チューブの先端が本件患者の胃に届かず、咽頭部でトグロを巻いている状態であったこと、(3)身体拘束下において経鼻チューブが大きく動かされる事情がないこと、(4)無理に挿入を試みた場合には食道内で反転して口腔内でたわむことがあるとの医学的知見が示されていることなどを踏まえ、(5)経鼻チューブが留置された翌日から発熱や咳嗽、痰の貯留が生じて、搬送後に誤嚥性肺炎を疑わせるCT画像所見が得られているとの経過から、留置の当初から経鼻チューブが咽頭部でトグロを巻いている状態であり、その先端が胃に届いていなかったものと認定した。

そのうえで、経鼻チューブを導管とした白湯や栄養剤等の注入物、胃内容物の逆流によって重篤な誤嚥性肺炎が生じ、これを原因疾患として、非心原性肺水腫によって死亡するに至ったものと認定した。

2.医療機関の法的責任

裁判所は、一般的な医療機関の注意義務として、(1)「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」等に基づき、医師は、経管栄養開始後に咳嗽や発熱等の肺炎が疑われる症状が生じた場合、誤嚥性肺炎の可能性を常に念頭に置いて治療に当たる注意義務を負うこと、(2)経管注入が誤嚥性肺炎の原因となっている可能性がある場合には、医師は、経管栄養をいったん中止して経静脈注入に切り替えるとともに、肺炎の起因菌の特定と抗菌治療を開始すべき注意義務を負うこと、をそれぞれ判断した。

本件では、Y病院は、経鼻チューブを挿入した翌日からの高熱や咳嗽、痰貯留など明らかな肺炎所見が生じていることから、誤嚥性肺炎が生じている可能性を念頭に置いて治療に当たるべき注意義務を負っていたことを認定し、経鼻チューブを挿入した翌日午後8時30分の時点で、経鼻チューブによる栄養剤等の注入を中止し、速やかに肺炎の原因を調べるとともに、肺炎の初期治療として抗生剤等を投与すべき注意義務を負っていたものと認めた。

そして、Y病院は、留置翌日午後8時30分以降も経鼻チューブによる栄養剤の注入を中止せず、肺炎の初期治療も行っていないのであるから、注意義務違反に基づく法的責任が認められるものと判断された。

裁判例に学ぶ

1.使用上の注意事項に基づく認定

裁判所は、死亡に至る機序において右記のとおりの認定をしましたが、被告であるY病院は、留置時に胃部気泡音や胃内容物の確認をしたのであるから経鼻チューブは正しく留置されていた、と主張していました。

本件で用いられた経鼻チューブの説明書には、チューブ挿入時および留置中の使用上の注意として、X線撮影、胃液の吸引、気泡音の聴取またはチューブのマーキング位置の確認等の複数の方法でチューブの先端が正しい位置に到達していることを確認する必要があることが明記されていました。

また、聴診器を心窩部に当て、気泡音を聴取できるか確認する必要があるものの、気泡音聴診のみでは誤挿入に気付かない場合があるとの指摘もなされていました。

この点について裁判所は、Y病院の医療記録では、留置直後の経鼻栄養注入に際してギャッジアップや気泡音の確認についての記録はあるものの、それ以外の注入時や留置中に、ギャッジアップや気泡音の確認をした記録が見当たらず、胃内容物の確認についても記載がないこと等を指摘してY病院の主張を排斥し、経鼻チューブ挿入当初より、Z病院の胸腹部CT検査で確認された通り、チューブが咽頭部でトグロを巻いてチューブ先端が胃に届いていたなかったものと認定しています。

死亡に至る機序として経鼻チューブが正しく留置されていたか否かが争点となった本件においては、事実経過に加え、医療機関において医療器具を使用する際の基本的な確認事項が遵守されているか否かが事実認定において重視されていることが窺われ、その認定の根拠として医療記録における記載を重視しています(本件に関与したY病院医師の証言などは排斥されています)。

医療器具の使用において、基本的な注意事項を確認し、これを遵守することの重要性や正確な医療記録の記載の重要性について、再認識する必要があると考えられます。

2.ガイドライン等に基づく認定

裁判所の認定によれば、「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」において誤嚥を来しやすい病態の一つとして「経管栄養」が挙げられており、肺炎所見として「発熱、喀痰、咳嗽、頻呼吸、頻脈」が指摘されていました。

他の医学文献においても、高齢者の肺炎においては、誤嚥が疑われる患者における肺炎所見がある場合には誤嚥性肺炎の存在を常に念頭に置く必要があるとの知見が確認でき、嚥下機能障害の可能性を持つ病態として「経鼻胃管」が指摘されていることを確認しています。

このように、裁判所は、ガイドラインおよび複数の医学文献における医学的知見を基礎として、当時の医療水準について総合的に検討したうえで、Y病院の負うべき注意義務の内容を認定しています。

そして、経鼻チューブを挿入し留置された本件患者について、経鼻チューブ留置前は体温がほぼ36℃台で推移していたにもかかわらず、留置の翌日午後2時から38℃を超える発熱が生じていたこと、午後8時30分には咳嗽、喀痰などの事実が確認されたことなどを指摘し、上記の医学的知見からすれば、複数の肺炎所見を呈するに至った午後8時30分の時点で誤嚥性肺炎の存在を疑い、経鼻チューブによる栄養剤等の注入を中止して、肺炎の初期治療を速やかに行うべきであったと認定しています。

ガイドラインおよびその他の医学文献から総合的に注意義務の内容を検討したうえで、事実経過を丁寧に認定してY病院の注意義務違反の内容および時期を判断した裁判例であるといえます。

本判決は、医療機関に対して、高齢者における誤嚥性肺炎の事案を題材としながら、ガイドラインや医学文献などから理解される基本的な医学的知見を臨床の現場に落とし込み、基本的な診療事項を遵守した丁寧な臨床対応の重要性を再確認させるものといえます。