1.使用上の注意事項に基づく認定
裁判所は、死亡に至る機序において右記のとおりの認定をしましたが、被告であるY病院は、留置時に胃部気泡音や胃内容物の確認をしたのであるから経鼻チューブは正しく留置されていた、と主張していました。
本件で用いられた経鼻チューブの説明書には、チューブ挿入時および留置中の使用上の注意として、X線撮影、胃液の吸引、気泡音の聴取またはチューブのマーキング位置の確認等の複数の方法でチューブの先端が正しい位置に到達していることを確認する必要があることが明記されていました。
また、聴診器を心窩部に当て、気泡音を聴取できるか確認する必要があるものの、気泡音聴診のみでは誤挿入に気付かない場合があるとの指摘もなされていました。
この点について裁判所は、Y病院の医療記録では、留置直後の経鼻栄養注入に際してギャッジアップや気泡音の確認についての記録はあるものの、それ以外の注入時や留置中に、ギャッジアップや気泡音の確認をした記録が見当たらず、胃内容物の確認についても記載がないこと等を指摘してY病院の主張を排斥し、経鼻チューブ挿入当初より、Z病院の胸腹部CT検査で確認された通り、チューブが咽頭部でトグロを巻いてチューブ先端が胃に届いていたなかったものと認定しています。
死亡に至る機序として経鼻チューブが正しく留置されていたか否かが争点となった本件においては、事実経過に加え、医療機関において医療器具を使用する際の基本的な確認事項が遵守されているか否かが事実認定において重視されていることが窺われ、その認定の根拠として医療記録における記載を重視しています(本件に関与したY病院医師の証言などは排斥されています)。
医療器具の使用において、基本的な注意事項を確認し、これを遵守することの重要性や正確な医療記録の記載の重要性について、再認識する必要があると考えられます。
2.ガイドライン等に基づく認定
裁判所の認定によれば、「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」において誤嚥を来しやすい病態の一つとして「経管栄養」が挙げられており、肺炎所見として「発熱、喀痰、咳嗽、頻呼吸、頻脈」が指摘されていました。
他の医学文献においても、高齢者の肺炎においては、誤嚥が疑われる患者における肺炎所見がある場合には誤嚥性肺炎の存在を常に念頭に置く必要があるとの知見が確認でき、嚥下機能障害の可能性を持つ病態として「経鼻胃管」が指摘されていることを確認しています。
このように、裁判所は、ガイドラインおよび複数の医学文献における医学的知見を基礎として、当時の医療水準について総合的に検討したうえで、Y病院の負うべき注意義務の内容を認定しています。
そして、経鼻チューブを挿入し留置された本件患者について、経鼻チューブ留置前は体温がほぼ36℃台で推移していたにもかかわらず、留置の翌日午後2時から38℃を超える発熱が生じていたこと、午後8時30分には咳嗽、喀痰などの事実が確認されたことなどを指摘し、上記の医学的知見からすれば、複数の肺炎所見を呈するに至った午後8時30分の時点で誤嚥性肺炎の存在を疑い、経鼻チューブによる栄養剤等の注入を中止して、肺炎の初期治療を速やかに行うべきであったと認定しています。
ガイドラインおよびその他の医学文献から総合的に注意義務の内容を検討したうえで、事実経過を丁寧に認定してY病院の注意義務違反の内容および時期を判断した裁判例であるといえます。
本判決は、医療機関に対して、高齢者における誤嚥性肺炎の事案を題材としながら、ガイドラインや医学文献などから理解される基本的な医学的知見を臨床の現場に落とし込み、基本的な診療事項を遵守した丁寧な臨床対応の重要性を再確認させるものといえます。