診療録等は、医師にとって患者の症状の把握と適切な診療のための基礎資料として必要不可欠なものであることや、医師法24条により作成が法的に義務付けられていること等から、一般にその記載内容は真実性が担保されていると考えられている。
そのため、訴訟では、診療録等の記載内容は事実に即した記載であると認められるのが原則となり、特段の事情がある場合に限り例外的に診療録等の記載内容が事実として扱われないことになる。
医療訴訟の中では、診療経過など事実関係については、基本的に診療録等に基づいて確定されることとなり、診療録等に反する事実関係の主張は、患者、医療機関ともに原則として認められないことになる。
例えば、医療機関が「診療録等の記載は誤記だ」として診療録等の記載と異なる事実関係の主張をしたケースでも、種々の事情を考慮したうえで、診療録等の記載に反する医療機関の主張が排斥されている。
もっとも診療録等に記載がない事実関係の有無が訴訟で争われることも珍しくなく、このような事実については診療録等に記載がなく、客観的証拠の裏付けがないため立証は相対的に困難となるが、諸事情を総合的に考慮して判断されることになる。
本件も診療録等に記載がない事実関係が大きな争点の一つとなっている。
まず、本件訴訟では内科医が消化器科や外科の受診を勧めたか否かが問題となったが、カルテ等には他科受診を勧めたという記載はされていなかった。
裁判所の判断の詳細は上記の通りであるが、カルテ等の他の記載(外科の問診票の記載、5月20日のカルテの記載内容等)と整合すること、当時の亡Dの症状からすれば他科受診を勧めるのが医学的に合理的であること等を理由に、カルテに記載はないものの、他科受診を勧めたと認定している。
他方で、外科医が注腸造影検査を勧めたか否かについては上記の通り否定した。
これは、カルテ等の他の記載(外科のカルテの記載内容)と整合しないこと、診療経過として不合理であること(注腸造影検査等のみに消極的な態度を取る理由が見当たらないこと)等を理由に外科医は注腸造影検査を勧めていないと認定した。
本件では、診療録等に記載されていない事実関係の有無について、裁判所は、診療録等以外の記載と整合するかどうか、診療経過からして医学的に合理的か否かといった観点で判断をしている。
上記裁判例が判断にあたり診療経過との整合性や医学的合理性という要素を重要視していることからも、診療録等に全てを記載しないと当該事実はなかったものと扱われるわけではなく、診療上必要な情報が適切に記載されていることこそが重要であることが理解できる。