1.安全配慮義務違反について
本件患者と本件病院との間には入院契約が締結されており、本件病院は、同契約に基づく安全配慮義務として、転倒する危険性の高い患者について、その転倒を防止する注意義務を負う。
(1)予見義務違反
本件患者は事故当時87歳と高齢であり、歩行中は杖を使用し、ふらつきが著明な状態であった。
また、入院中に複数回の転倒歴があったことから、本件病院内では、本件患者が一般的に転倒リスクの高い患者であることを把握していた。
そして、本件患者には、ナースコールを押さずに勝手に立ち上がったり、起き上がったりする傾向が認められ、さらに本件事故の約2年前から認知症を患い、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られた。
本件病院も、本件患者に対してキャッチセンサーを使用していたが、本件看護師がセンサーを感知して訪室すると、本件患者はすでに起き上がっており、動きも早いことから、キャッチセンサーの使用を継続するのに加え、体幹ベルトも使用して安全を確保していた。
以上を踏まえると、本件看護師が本件患者から目を離せば、便座から勝手に立ち上がり、トイレから歩いて出ようとして転倒する可能性が高いことは十分に予見できたといえる。
これに対して、本件病院側からは、[1]本件看護師は本件患者に、用を足し終わったら声を掛けるかナースコールを押すように伝えていたこと、[2]介助が全くない状態で、かつ本件看護師への呼び掛けやナースコール、トイレやドアの開閉音なく歩き出して転倒することを具体的に予見するのは困難であった、との反論がなされた。
しかし、本件患者が本件看護師の指示に従えなかったことについて本件病院は把握していたものであるから、本件患者が勝手に立ち上がって歩行を開始してしまう危険性は十分考えられる状況であった。
また、本件患者のドアの開閉音が小さかったり、開閉音がしても別室患者の介助中でその音に気が付かなかったりする可能性も十分考えられた。
よって、本件看護師には本件事故において予見義務違反が認められる。
(2)結果回避義務違反
本件病室内のトイレの便座に本件患者を座らせたまま本件患者から目を離せば、同人が転倒する危険性があったため、本件看護師においては、本件患者が排尿を終えて同人がベッドに戻るまで目を離さないか、他の看護師に見守りを依頼する注意義務があり、それにより本件患者が転倒する結果は回避できたといえる。
それにもかかわらず、本件看護師は、いずれの対応を取ることもなく、本件患者をその場に残したまま、別室患者からのナースコールに応じてその場を離れたものであるから、本件看護師には結果回避義務違反が認められる。
これに対して、本件病院側からは、別室患者の介助に向かったことはやむを得ず、他の看護師も本件患者の介助に当たることはできなかったから、結果回避義務違反は認められないとの反論がなされた。
しかし、別室患者は、脳性麻痺のための介助を要する状態で、左下肢内側に壊死組織があるため、漏便による汚染で感染が悪化する危険性があったものの、別室患者の診療記録によれば別室患者はおむつを着用していたことがうかがわれ、おむつの中に排便するならば問題はなかったことについて、証人が証言している。
また、別室患者には勝手に起き上がったり単独で歩行したりといった事実はないため、別室患者に直ちに生命や健康に対する重大な危険が生じる可能性が高かったとまでは認められない。
さらに、休憩に入っていた看護師にいずれかの患者の介助を依頼するだけの時間的余裕がなかったとも認めがたい。
よって、本件看護師には結果回避義務違反が認められる。
2.損害の額
総額のうち、後遺障害慰謝料として2,000万円が請求されたが、本件患者の認知症が相当程度進行しており、認知症の影響も併せて廃用症候群となり、両上肢機能全廃に至っていること、歩行能力は転倒事故を繰り返す等不安定なものであったこと、事故当時87歳と高齢であったことなどを考慮して、後遺障害慰謝料は400万円とされた。