排泄介助の際には、患者がベッドに戻るまで目を離してはいけない!?

vol.244

転倒歴のある高齢患者に対する看護師の安全配慮義務違反が認められた事例

神戸地判 令和4年11月1日判決
医療問題弁護団 前田 健志 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件患者(本件事故当時87歳・男性)は、平成28年3月17日、自宅で転倒して本件病院に救急搬送され、同日、胸部打撲症および恥骨骨折等と診断され、本件病院に入院した。

同年4月2日午前5時ごろ、本件看護師は、本件患者からトイレでの排尿の介助を求められたため、本件患者を病室内のトイレまで誘導し、本件患者が便座に座ったことを確認してからトイレの扉を閉めた。

本件患者の排尿中、別の入院患者(以下、「別室患者」という)がナースコールを鳴らしたため、本件看護師はその場を離れて、向かいにある別の病室に移動した。

同日午前5時20分ごろ、本件患者は病室の前の廊下であおむけに転倒して後頭部を強打し、外傷性くも膜下出血および頭蓋骨骨折の傷害を負った。

本件患者は、同年4月16日に本件病院を退院後、平成29年3月16日、両上肢機能全廃により身体障害者1級の認定を受けた。

その後、平成30年5月27日に心不全により死亡した。

本件患者の相続人は、本件病院には本件患者の転倒防止に対する義務違反があり、これにより本件患者に外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折の傷害が生じ、重篤な後遺障害が残ったと主張して、入院契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき、2,575万3,756円および遅延損害金の支払いを求めた事案である。

判決

1.安全配慮義務違反について

本件患者と本件病院との間には入院契約が締結されており、本件病院は、同契約に基づく安全配慮義務として、転倒する危険性の高い患者について、その転倒を防止する注意義務を負う。

(1)予見義務違反

本件患者は事故当時87歳と高齢であり、歩行中は杖を使用し、ふらつきが著明な状態であった。

また、入院中に複数回の転倒歴があったことから、本件病院内では、本件患者が一般的に転倒リスクの高い患者であることを把握していた。

そして、本件患者には、ナースコールを押さずに勝手に立ち上がったり、起き上がったりする傾向が認められ、さらに本件事故の約2年前から認知症を患い、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られた。

本件病院も、本件患者に対してキャッチセンサーを使用していたが、本件看護師がセンサーを感知して訪室すると、本件患者はすでに起き上がっており、動きも早いことから、キャッチセンサーの使用を継続するのに加え、体幹ベルトも使用して安全を確保していた。

以上を踏まえると、本件看護師が本件患者から目を離せば、便座から勝手に立ち上がり、トイレから歩いて出ようとして転倒する可能性が高いことは十分に予見できたといえる。

これに対して、本件病院側からは、[1]本件看護師は本件患者に、用を足し終わったら声を掛けるかナースコールを押すように伝えていたこと、[2]介助が全くない状態で、かつ本件看護師への呼び掛けやナースコール、トイレやドアの開閉音なく歩き出して転倒することを具体的に予見するのは困難であった、との反論がなされた。

しかし、本件患者が本件看護師の指示に従えなかったことについて本件病院は把握していたものであるから、本件患者が勝手に立ち上がって歩行を開始してしまう危険性は十分考えられる状況であった。

また、本件患者のドアの開閉音が小さかったり、開閉音がしても別室患者の介助中でその音に気が付かなかったりする可能性も十分考えられた。

よって、本件看護師には本件事故において予見義務違反が認められる。

(2)結果回避義務違反

本件病室内のトイレの便座に本件患者を座らせたまま本件患者から目を離せば、同人が転倒する危険性があったため、本件看護師においては、本件患者が排尿を終えて同人がベッドに戻るまで目を離さないか、他の看護師に見守りを依頼する注意義務があり、それにより本件患者が転倒する結果は回避できたといえる。

それにもかかわらず、本件看護師は、いずれの対応を取ることもなく、本件患者をその場に残したまま、別室患者からのナースコールに応じてその場を離れたものであるから、本件看護師には結果回避義務違反が認められる。

これに対して、本件病院側からは、別室患者の介助に向かったことはやむを得ず、他の看護師も本件患者の介助に当たることはできなかったから、結果回避義務違反は認められないとの反論がなされた。

しかし、別室患者は、脳性麻痺のための介助を要する状態で、左下肢内側に壊死組織があるため、漏便による汚染で感染が悪化する危険性があったものの、別室患者の診療記録によれば別室患者はおむつを着用していたことがうかがわれ、おむつの中に排便するならば問題はなかったことについて、証人が証言している。

また、別室患者には勝手に起き上がったり単独で歩行したりといった事実はないため、別室患者に直ちに生命や健康に対する重大な危険が生じる可能性が高かったとまでは認められない。

さらに、休憩に入っていた看護師にいずれかの患者の介助を依頼するだけの時間的余裕がなかったとも認めがたい。

よって、本件看護師には結果回避義務違反が認められる。

2.損害の額

総額のうち、後遺障害慰謝料として2,000万円が請求されたが、本件患者の認知症が相当程度進行しており、認知症の影響も併せて廃用症候群となり、両上肢機能全廃に至っていること、歩行能力は転倒事故を繰り返す等不安定なものであったこと、事故当時87歳と高齢であったことなどを考慮して、後遺障害慰謝料は400万円とされた。

裁判例に学ぶ

本裁判例では、諸事情を考慮して、本件病院に安全配慮義務違反が認められると判断された。

まず、本件病院に求められる「安全配慮義務」の内容は、入院契約に基づく安全配慮義務として「転倒する危険性の高い患者について、その転倒を防止する注意義務」である、と明確に述べられている。

そのうえで、当該安全配慮義務に違反しているか否かについては、本件看護師の「予見義務違反」および「結果回避義務違反」の有無から検討された。

予見義務の内容としては、本裁判例の個別具体的事情から、「本件看護師が、本件患者がトイレから歩いて出ようとして転倒する危険性が高いことを予見する義務」であるとされ、これについて違反ありとされた。

すなわち、患者に転倒歴があることや認知症の影響で看護師の指示に従うことができなかったこと、それを病院側が把握していたといった事情を考慮して、本裁判例では本件看護師に当該義務違反が認められたのである。

結果回避義務の内容としては、本件患者に関する上記具体的事情から、転倒リスクが高い患者であるとして、「患者が排尿を終えて同人がベッドに戻るまで目を離さないか、他の看護師に見守りを依頼する注意義務がある」と比較的高度な注意義務が設定されたうえ、本件看護師は結果回避のために当該注意義務を尽くしていないとして、結果回避義務違反が認められた。

この点、結果回避義務違反との関係では、本件看護師には、別室患者の介助をしなければならないというやむを得ない事情があったため、当該義務違反が認められないのでは、との反論がなされたが、裁判所の判断としては、「別室患者に直ちに生命や健康に対する重大な危険が生じる可能性が高かったとまでは認められない」として、転倒により生命や健康に対する重大な危険が生じる可能性が高かった本件患者の介助よりも別室患者を優先しなければならなかったとは認められないとして、当該反論は採用されなかった。

今般、看護師不足が社会問題とされる中、本裁判例のように、患者の介助中に別の患者からナースコールで呼ばれるということは起こり得るところである。

このようなときに、必ずしも他の看護師に応援を呼べる状況ではない場合は十分想定されるところで、その場合に、看護師がその場で瞬時に本裁判例のような優先順位を念頭において介助を行うことは非常に困難であるといえる。

そこで、本裁判例の学びとして、患者の状態や病院側の状況いかんによっては「転倒する危険が高い患者の介助中は、患者が介助開始からベッドに戻るまで目を離さないようにすべきである」との高度な注意義務が課される恐れがあることを事前に把握しておくことで、病院内での認識共有や看護師間の連携を見直す一助となり、有事に備えられるものと考える。