(1)[1]心腔内にシースを残存させた過失について
本件では、[1]心腔内にシースを残存させた過失につき、裁判所は、本件手術中に使用されたシースのうちの1本が原告の体内に留置中に何らかの原因により破断したと認定したうえ、具体的な原因については、5Frシースを挿入する際にメスを使って皮膚の小切開を行い、その際にメスをシースに接触させ、損傷を生じさせたうえ、最終的には、この損傷により、シースチューブの強度が低下し、シースを引き抜く際の力で破断したと推認するのが相当だと認定しました。
その認定根拠は、複数の証拠や事実の積み重ねにはなりますが、その一つとしては、破断した製品に関する製品調査報告において、[1]本件シースの破断面の一部が鋭利なものによる切り口となっており、残りの部分が引っ張られて破断した状態であり、また、[2]製造会社の製造記録上、本件シースの製造ロット番号において不具合の発生報告はなかったこと等が挙げられています。
また、過失を認定するに当たっては、製品の注意事項の記載も根拠にしています。
本件の認定は、あくまで裁判の中で現れた事実関係や証拠を基にした事例判断とはなりますが、製品の製造会社による調査結果や、製品の注意事項に記載された内容が、裁判上の事実認定や過失の認定にも用いられることがあることが示されており、医療現場においても、医療器具や製品に関する基礎的な注意事項については改めて確認する必要があると思われます。
(2)[2]シース抜去時に短縮していることに気付き、シースを取り除かなかった過失について
本件では、全長11cmほどあるはずのシースが、抜去した際に1cmほどの長さにまで短くなっていたことを前提に、注意義務を果たしていれば、本件シースが原告の体内に残存していることに気付くことができたと認定しています。
被告側は、「A医師がシースを抜去する際、引っかかりや抵抗感等、何らかの違和感を覚えたことはなく、シースの抜去は円滑に完了した」「A医師は、本件手術までに300例以上に及ぶ本件手術と同様のカテーテルアブレーション術を行ってきたが、術中にシースが破断するという事態に遭遇したことは一度もなく、またそのような事故報告を聞いたこともなかったものであり、シースが破断するという事態は医師にとって想定外の出来事であった」旨の主張をし、そもそもA医師が本件シースの破断を疑う契機がなく、抜去後のシースの長さが短くなっていないかに注意を向け、確認するという行動に出る契機もなかったとして過失を争いましたが、裁判所にはその主張は排斥されています。
この点は、11cmほどのシースが引き抜かれたときに1cmほどになっているのであれば、明らかに短く、その時点で気が付くべきであったと認定されても仕方ない事例と思われます。
医療現場の感覚としては、被告側の主張のように、シースが抜去時にちぎれてしまうことはまれであり、残存してしまうことを想定している医師はあまりいないという意見もあるかもしれませんが、そのような臨床現場の感覚は、少なくともこの事例では、過失を否定する理由にはならないことが示唆されています。