カテーテルアブレーション術に伴うシースの残存

vol.245

カテーテルアブレーション術の際にシースの一部が体内に残存し、心タンポナーデを発症させ、針で刺すような鋭い胸の痛みが継続しているとして損害賠償を求めた事例

千葉地判 平成30年6月29日判決
医療問題弁護団 工藤 杏平 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者(原告)は、被告が開設している病院において、A医師により、房室結節回帰性頻拍に対する遅伝導路焼灼術(カテーテルアブレーション術、以下「本件手術」という)を受けた。

しかし、本件手術後、胸痛が出現し、他院へ救急搬送された。

他院での造影CTの結果、心タンポナーデを発症しており、原告の心腔内に異物が確認されたため、同日、原告に対して緊急手術(心腔内異物除去術)が施行され、心腔内からシースの先端部分(以下「本件シース」という)が摘出された。

原告は、本件手術後、針で刺すような鋭い胸の痛みが現在まで継続し、全身的な体力の低下により軽易な労務以外の労務に服することができなくなったとして、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求した。

判決

裁判所は、過失と因果関係(損害を含む)の争点について概要以下の通り判断した。

(1)過失について([1][2]とも肯定)

[1]心腔内にシースを残存させた過失(肯定)

裁判所は、まず、本件シースは本件手術中に使用されたシースのうちの1本が原告の体内に留置中に何らかの原因により破断し、体内に残存したものであると認めることができるとした。

そして、A医師は、5Frシースを挿入する際にメスを使って皮膚の小切開を行い、その際にメスをシースに接触させ、損傷を生じさせたと認めるのが相当であると判断し、シースの取り扱いについては、製品の注意事項として、「シース留置部位の近くでの切開、穿刺操作を行う場合はシースチューブを傷つけないよう慎重に操作すること」と記載されていること等からすれば、A医師によるシースの損傷は、シースを取り扱うに当たって必要とされる注意を欠いていたということができるから過失が認められると判断した。

[2]シース抜去時に短縮していることに気付き、シースを取り除かなかった過失(肯定)

本件手術において、A医師が、原告の体内に留置されたシースを抜去した際、破断した5Frシースについては、体外に抜去された時点で、長さは約1cmになっていたと認められ、シースの取り扱いについては、製品の注意事項として、シースを使用する際は、折れや傷が生じないよう慎重に取り扱うべきこととされ、また抜去の際にシースの破断が生じることがあり得ることが注意喚起されていることからすれば、シースを取り扱う担当医師において、シースを患者の体内に留置する場合、手術終了時にはシースが適切に体外に摘出されるよう注意する義務を負うべきであるとした。

本件では、全長11cmほどあるはずのシースが、抜去した際に1cmほどの長さにまで短くなっていたのであるから、注意義務を果たしていれば、本件シースが原告の体内に残存していることに気付くことができたというべきであり、これに気付くことなく本件手術を終了したA医師には注意義務を怠った過失が認められると判断した。

(2)因果関係について(一部肯定)

原告は、本件手術後、現在に至るまで鋭い胸の痛みが継続しており、この痛みのために、従来行っていたバスの乗務、整備および修理の労働を行うことができなくなった旨を主張したものの、緊急手術(心内異物除去術)後は、術後経過良好として病院を退院し、その後の外来診療において、原告から医師に対して体力低下の訴えはあったものの、その他の異常は訴えておらず、その後の人間ドック等においても医師に対して胸の痛みを訴えたことは一度もなかった等の事情を認定し、緊急手術後において原告に胸の痛みが継続している事実を認めることはできず、また、仮に現在、胸の痛みを感ずることがあるとしても、その痛みが本件手術におけるA医師の過失と因果関係を有するものと認めることはできず、さらに、本件手術および緊急手術が原因となって原告の労働能力が失われた事実を認めることもできないから、逸失利益に関する原告の主張には理由がないと判断した。

他方、裁判所は、原告が心タンポナーデになったこととA医師の過失との間、および病院における入院に関する慰謝料とA医師の過失との間には、因果関係が認められると判断し、請求の一部を認容した。

裁判例に学ぶ

(1)[1]心腔内にシースを残存させた過失について

本件では、[1]心腔内にシースを残存させた過失につき、裁判所は、本件手術中に使用されたシースのうちの1本が原告の体内に留置中に何らかの原因により破断したと認定したうえ、具体的な原因については、5Frシースを挿入する際にメスを使って皮膚の小切開を行い、その際にメスをシースに接触させ、損傷を生じさせたうえ、最終的には、この損傷により、シースチューブの強度が低下し、シースを引き抜く際の力で破断したと推認するのが相当だと認定しました。

その認定根拠は、複数の証拠や事実の積み重ねにはなりますが、その一つとしては、破断した製品に関する製品調査報告において、[1]本件シースの破断面の一部が鋭利なものによる切り口となっており、残りの部分が引っ張られて破断した状態であり、また、[2]製造会社の製造記録上、本件シースの製造ロット番号において不具合の発生報告はなかったこと等が挙げられています。

また、過失を認定するに当たっては、製品の注意事項の記載も根拠にしています。

本件の認定は、あくまで裁判の中で現れた事実関係や証拠を基にした事例判断とはなりますが、製品の製造会社による調査結果や、製品の注意事項に記載された内容が、裁判上の事実認定や過失の認定にも用いられることがあることが示されており、医療現場においても、医療器具や製品に関する基礎的な注意事項については改めて確認する必要があると思われます。

(2)[2]シース抜去時に短縮していることに気付き、シースを取り除かなかった過失について

本件では、全長11cmほどあるはずのシースが、抜去した際に1cmほどの長さにまで短くなっていたことを前提に、注意義務を果たしていれば、本件シースが原告の体内に残存していることに気付くことができたと認定しています。

被告側は、「A医師がシースを抜去する際、引っかかりや抵抗感等、何らかの違和感を覚えたことはなく、シースの抜去は円滑に完了した」「A医師は、本件手術までに300例以上に及ぶ本件手術と同様のカテーテルアブレーション術を行ってきたが、術中にシースが破断するという事態に遭遇したことは一度もなく、またそのような事故報告を聞いたこともなかったものであり、シースが破断するという事態は医師にとって想定外の出来事であった」旨の主張をし、そもそもA医師が本件シースの破断を疑う契機がなく、抜去後のシースの長さが短くなっていないかに注意を向け、確認するという行動に出る契機もなかったとして過失を争いましたが、裁判所にはその主張は排斥されています。

この点は、11cmほどのシースが引き抜かれたときに1cmほどになっているのであれば、明らかに短く、その時点で気が付くべきであったと認定されても仕方ない事例と思われます。

医療現場の感覚としては、被告側の主張のように、シースが抜去時にちぎれてしまうことはまれであり、残存してしまうことを想定している医師はあまりいないという意見もあるかもしれませんが、そのような臨床現場の感覚は、少なくともこの事例では、過失を否定する理由にはならないことが示唆されています。