アトニンと子宮破裂

vol.250

~助産師のCTGの異常波形報告義務違反、アトニン中止減量義務違反と子宮破裂による母体死亡との因果関係を認めた事案~

東京地方裁判所 令和5年2月20日判決(令和3年(ワ)第12883号事件)
医療問題弁護団 谷 直樹 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

分娩の際にアトニン(オキシトシン)の投与を受けた30代産婦(亡A)が娩出直後から多量に出血し子宮破裂と診断され、転送先の大学病院で死亡した事案である。

亡Aは、平成29年11月、被告病院を受診し、妊娠6週6日と診断され、それ以後、定期的に被告病院を受診し、妊婦検診を受けた。

亡Aは、平成30年7月5日(妊娠38週2日)、分娩誘発目的で被告病院に入院した。

被告病院の助産師は、同月6日午前9時、亡Aに分娩監視装置を装着し、午前9時12分ごろ、医師の指示に基づき、亡Aに対してアトニンの投与を開始した。

午後5時52分ないし54分ごろ、ナースステーションでCTG波形の異常に気付いたB医師が分娩室に入室し、同医師が吸引分娩を行った。

なお、遅くとも午前10時から上記B医師の分娩室への入室までの間、陣痛室又は分娩室に医師はいなかった。

午後6時ごろの娩出直後から、亡Aには多量の出血があり、子宮破裂と診断された。

亡Aは、午後7時前後に心肺停止となり、大学病院に搬送され同月7日午前0時43分に死亡した。

判決

[1]過失

添付文書、ガイドライン

添付文書には、「オキシトシンに対する子宮筋の感受性が高い場合、過強陣痛、胎児機能不全があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止するか、又は減量すること。」との記載がある。

判決は、「産婦人科診療ガイドライン-産科編2017」では、「子宮収縮薬の静脈内投与中に胎児機能不全(レベル3~5の胎児心拍数波形の出現)あるいは子宮頻収縮(10分あたり5回を超える回数の子宮収縮が生じている状態)が出現した場合には、吸引分娩などの経腟急速遂娩が施行可能であれば、子宮収縮薬(静脈内投与の場合)の投与継続も考慮されるものの、これに該当しない場合には、子宮収縮薬の投与の中止あるいは1/2量以下の減量を検討することを推奨するとされている」と指摘した。

頻収縮と異常波形の認定

判決は、原告協力医、被告協力医、被告法人代表者であるC医師は、午後5時20分の時点で本件CTGの子宮収縮波形(陣痛曲線)に子宮頻収縮を示す波形が現れていると述べており、これに反する証拠はない、と認定した。

また、午後5時20分の時点で、原告協力医はレベル5の、被告協力医はレベル4の、C医師はレベル3の、それぞれ異常波形があったと述べていることから、少なくともレベル3の異常波形があったといえる、と認定した。

注意義務の認定

判決は、アトニン投与を中止ないし1/2量以下に減量すべき異常波形が認められたとき、陣痛室に医師はいなかったことから、助産師には、医師に対し胎児心拍波形の異常が現れたことを報告し、医師又は自ら直ちにアトニン投与を中止するか又は1/2量以下に減量すべき注意義務があった、と認定した。

なお、被告は、(1)ガイドラインによる推奨が全ての患者に適用されるわけではないこと、CTGが偽陽性である可能性も否定できないこと、急激ないし重篤な一過性徐脈ではないこと、激しい腹痛や不穏症状が発生していなかったこと等から、医師の裁量として、アトニンの減量ないし中止をしない取り扱いをしたことは許される、(2)帝王切開歴のない妊婦においては、子宮破裂が生じるのは極めて稀であるうえ、胎児心拍数は120bpmまでしか下がっておらず、亡Aには、呼吸の促迫や頻脈、発熱、顔面紅潮、舌の乾燥もなく、午後5時20分の時点で子宮破裂を予見することはできなかった、と主張した。

これに対し、判決は、午後5時20分の時点では陣痛室に医師はおらず、C医師はアトニンの投与量の判断を助産師の裁量に任せていたのであるから、アトニン投与についての医師の裁量や、子宮破裂の予見可能性についての被告の上記主張は、その前提を欠くといわざるを得ない、と判示した。

また、原告協力医は、アトニンの点滴のコントロールを助産師が行い、医師が分娩監視装置のモニターを見ていないという、本件分娩における被告病院の分娩管理はずさんであると述べた。

被告協力医も、本件ガイドライン上、アトニンの投与中にレベル3あるいはレベル4の異常波形が現れた場合には必ず医師に報告するとされており、助産師が午後5時20分ごろの異常波形を医師に報告せず、医師がアトニンの投与量についての判断をしなかったことは、あり得ない対応であると述べた。

これらから、判決は、被告の主張する事情は助産師の報告義務を減殺する事情ともいえない、と判示した。

注意義務違反の認定

被告は、被告病院の助産師は、CTG波形の異常があればアトニンの減量又は中止をし、波形が回復すれば、助産師の判断によりアトニンを再開しており、本件分娩においても、助産師がアトニンを正しく適切にコントロールしていたと主張した。

これに対し、判決は、(1)令和4年3月14日付第4準備書面において初めてかかる主張をしたこと、(2)被告病院の分娩経過図には、午後1時15分までのアトニンの投与量の推移や、午後5時52分にアトニンの投与を中止したことが記載されている一方、これ以外にアトニンの投与を中止したことや減量を行ったことの記載はないこと、(3)上記主張の根拠は、上記準備書面と同時に提出されたC医師の意見書のみであり、その意見書は一般論を述べるものであって、本件分娩時の具体的な状況について述べるものではないこと、(4)C医師は、その尋問において、助産師がアトニンを中止したというのは、自身の推測であることを自認していることから、被告病院の助産師が、午後5時20分ごろにアトニンの投与の中止又は減量を行った事実を認めることはできない、と認定した。

判決は、助産師は、報告を行わず、また、直ちにアトニン投与を中止せず、1/2量以下に減量しなかったのであるから、過失がある、と判示した。

[2]原因、機序の認定

判決は、次のように、アトニン投与継続による過度の陣痛(子宮内圧上昇)、および過度の陣痛(子宮内圧上昇)による子宮破裂を認定した。

すなわち、被告協力医の証言と医学文献から、本件子宮破裂が生じたのは午後5時50分ごろである。

被告病院の助産師がアトニン投与を中止したのは、午後5時52分ごろであるから、本件子宮破裂はアトニン投与中に生じたことになる。

被告協力医は、アトニンの投与による子宮内圧の過度な上昇が生じたことが、本件子宮破裂が生じた要因の一つになった可能性は否定できないと述べており、原告協力医も、不適切な分娩管理の下でアトニンによって惹起された過度の陣痛(子宮内圧上昇)による急速な分娩進行を本件子宮破裂が生じた原因の一つであると述べているのであって、いずれの見解も、本件CTG上の子宮頻収縮および胎児機能不全(遅発一過性徐脈、基線細変動減少)の所見が、アトニン投与による子宮内圧の上昇を示すものであることを前提に、アトニン投与による子宮内圧の上昇が本件子宮破裂の要因の一つとなっていると指摘するものと解される、と判示した。

[3]因果関係の認定

判決は、午後5時20分の時点でアトニン投与を中止するか、投与量を1/2に減量していれば、子宮内圧の上昇が収まり、本件子宮破裂の発生を避けることができたと認定した。

すなわち、原告協力医が、本件分娩においては、午後5時20分の時点でアトニンの投与を中止して、いったん分娩誘発を中断し、経過観察のうえ、改めて分娩誘発をしたり、帝王切開に切り替えるなどしていれば、母児共に安全な分娩結果で終了した可能性が非常に高いと述べていることや、被告協力医が、アトニンの投与を中止すれば、通常は子宮頻収縮や遅発一過性徐脈が改善すると述べていることを考慮するなら、被告病院の医師又は助産師が、午後5時20分の時点でアトニン投与を中止するか、投与量を1/2に減量していれば、子宮内圧の上昇が収まり、本件子宮破裂の発生を避けることができた高度の蓋然性があるというべきである、と判示した。

[4]終了

損害賠償金7637万9963円と遅延損害金1787万818円の計9425万781円が支払われて、本件は終了した。

裁判例に学ぶ

本件は、子宮破裂による母体死亡という悲惨な事件です。

帝王切開既往妊婦でなければ子宮破裂は起きない、典型症状がなければ大丈夫というのは危険な思い込みです。

添付文書に従った投薬、「産婦人科診療ガイドライン‐産科編」に沿った分娩管理が必要です。

医師が、アトニン投与の管理を助産師に任せ、CTGモニターの記録を見ていない、という分娩管理はあってはならないものです。