医療水準として未確立な治療法の適応判断のための検査義務

vol.252

原判決を変更し、控訴審で自家がんワクチン療法の適応の有無を判断するための検査義務違反が認められた事案

令和4年7月6日 判時2553号12頁 (宇都宮地裁令和3年11月25日判タ1502号211頁)
医療問題弁護団 加藤 貴子 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、遠位胆管がんにり患し、標準治療を終え、症状を和らげるベストサポーティブケア(BSC)を受けていたAが、被告医療法人社団Y1において自家がんワクチン療法(患者自身のがん組織を用いて作製されたワクチンによる治療)を受けるに当たり、Y1の被用者であるB医師が、Aに対し必要な説明および検査をせずに、Aを死亡させたとして、同人の相続人が損害賠償を求めた事案である。

BがAに対して交付した自家がんワクチン療法に関する説明書面には、患者の現在の状況を把握するための検査を経たうえで、主治医が適切と判断した場合に自家がんワクチン投与可能な患者と登録されること、ワクチンができた後、来院しての各種検査を行うことおよび3回目のワクチン注射から2週間経過後にフォローアップ検査を行うなどの記載があったが、Bは上記説明書面に記載されている各検査をいずれも実施していなかった。

判決

原審は、説明義務違反のみを認め、検査義務については、「各検査が本件自家がんワクチン接種を行うために不可欠な過程であることを認めるに足りる証拠はな」く、各検査を「実施しなかったことによって、Aの本件自家がんワクチン療法の円滑な実施が生じたものとは認められない」として、検査義務自体を否定した。

これに対し、控訴審では、説明義務違反のみならず、本件自家がんワクチン療法の適応があるか否かを判断すべき注意義務があったのにこれを怠った過失(検査義務違反)があると認めた。

本稿では、本判決で認められた検査義務を中心に紹介する。

[1]説明義務について

「医師は、患者の疾患の治療のために特定の療法を実施するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名および病状)、実施予定の療法の内容、これに付随する危険性、当該療法を受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について説明する義務があり、特に、当該療法の安全性や有効性が未確立であり自由診療として実施される場合には、患者が、当該療法を受けるか否かにつき熟慮の上判断し得るように、当該療法に付随する危険性、これを受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について正確に分かりやすく説明する義務を負うというべきである。」とし、B医師の説明内容を全体として見たうえで、同人には、「Aの病状及び本件自家がんワクチン療法について正確に伝えなかったという説明義務違反が認められるというべきである。」と判断し、説明義務違反を認めた。

[2]検査義務について

「B医師は、Aが標準治療を終えたいわゆる末期がんの患者であること、最末期のがんについては本件自家がんワクチン治療も対抗しきれないことがあることを知りながら、Aに対し、何らの客観的な検査を行うことも、他の病院等における検査を指示することもなく、検査時点が約11か月前と考えられる他病院からの情報提供(しかもA4判1枚の簡略なもの)及びAのKPSの状態や顔色等の外見のみから本件自家がんワクチン療法の適応であると判断し、事前の免疫反応テストを行うこともせず、本件自家がんワクチン療法を行ったものである。」

「医師であり、がん治療に長年携わり、がん免疫治療ガイドラインの副WG長でもある証人勝俣は、免疫療法のような副作用の少ない治療をする場合であってもがんの治療中に腫瘍の増大縮小などを評価することは医療上必須であり、治療前、治療中、治療後の採血や画像検査を全く行わなかったとすれば、医療上必要な行為を行わなかったといえると供述する。この供述は、特段の不自然・不合理な点もなく、通常の治療の適応を判断する上で検査を行うことがいわば一般常識ともいえることに照らしても首肯することができ、採用することができる。」

「最末期のがん患者の場合、がん細胞の増殖にCTLの増殖が追い付かなくなるため自家がんワクチン療法では対抗しきれない場合が生ずることは、本件自家がんワクチン療法に関与する被控訴人Y2社作成に係る小冊子にも記載があることも併せ考えると、B医師には、Aに対して本件自家がんワクチン療法を行う前に、血液検査や画像検査などを自ら行い又は他の医療機関への受診を指示するなどしてその結果を把握し、Aに本件自家がんワクチン療法の適応があるか否かを判断すべき注意義務があったのにこれを怠った過失(検査義務違反)があるといわざるを得ない。」

として、原判決を変更して検査義務とその違反を認定した。

裁判例に学ぶ

本件では、検査義務の有無が争点の1つとなりました。

一般に検査義務違反が問題となるケースとして想像しやすいのは、患者の主訴や症状等から見て、当時行うべき検査を行わなかった結果、治療機会を逃し重大な結果が生じたケースだと思われます。

こういったケースにおいて、医師が検査義務を負うか、その義務を怠ったかは、個別具体的な事情に応じて判断されます。

これに対し、本判決で認められたのは、自家がんワクチン療法が患者に適応があるか否かを判断するために行う検査を行うべきという注意義務であり、従来から争われていた検査義務とは少し内容を異にします。

Yらは、本件の検査は自由診療であり、治療費が全額本人負担となるのでAが検査の実施を求めなかったとして検査義務を負っていないと主張しましたが、認められませんでした。

本判決で、かかる検査義務が認められたのは、本件自家がんワクチン療法が、治療の有効性の根拠が信頼度の低いエビデンスに基づくものであって、当該治療法の有効性が科学的根拠をもって示されていないことが重視されたからであると考えられます。

本件自家がんワクチン療法に限らず、根拠に乏しい治療法が自由診療として高額で、末期のがん患者に提供されることは、当該患者にとって著しい不利益があることは言うまでもありません。

日本臨床腫瘍学会も、効果や安全性が証明されず、保険でも承認されていない免疫細胞療法やがんワクチン療法が、高額な値段で患者に投与されている事例が多く見受けられるとして、これらの療法を受ける場合には、慎重に対応するように促す注意喚起の文書を作成しています。

本判決で注目すべき点は、適応判断のための検査義務を認めたことの他、本件自家ワクチン療法のみならず、一般論としても、標準治療が終了したがん患者に対して「根拠に乏しい治療を行うことは、がん患者の大切な時間を無駄に奪うことになる。また、がん患者によっては、その治療に対する偽りの希望を抱くことにより本来必要な緩和ケアを受けることを拒否する者もおり、その場合にはがん患者に適切な緩和ケアを受けてもらうことを妨げ、QOLを大きく損なうことになる。」と判示したことにあります。

医療の現場のみならず、司法の立場からも、がん患者のQOLの重要性を認識し、科学的根拠に基づかない治療法に対する厳しい態度を示したことで、よりよい医療の実現を目指している点で画期的な裁判例となると思われます。