本件では、検査義務の有無が争点の1つとなりました。
一般に検査義務違反が問題となるケースとして想像しやすいのは、患者の主訴や症状等から見て、当時行うべき検査を行わなかった結果、治療機会を逃し重大な結果が生じたケースだと思われます。
こういったケースにおいて、医師が検査義務を負うか、その義務を怠ったかは、個別具体的な事情に応じて判断されます。
これに対し、本判決で認められたのは、自家がんワクチン療法が患者に適応があるか否かを判断するために行う検査を行うべきという注意義務であり、従来から争われていた検査義務とは少し内容を異にします。
Yらは、本件の検査は自由診療であり、治療費が全額本人負担となるのでAが検査の実施を求めなかったとして検査義務を負っていないと主張しましたが、認められませんでした。
本判決で、かかる検査義務が認められたのは、本件自家がんワクチン療法が、治療の有効性の根拠が信頼度の低いエビデンスに基づくものであって、当該治療法の有効性が科学的根拠をもって示されていないことが重視されたからであると考えられます。
本件自家がんワクチン療法に限らず、根拠に乏しい治療法が自由診療として高額で、末期のがん患者に提供されることは、当該患者にとって著しい不利益があることは言うまでもありません。
日本臨床腫瘍学会も、効果や安全性が証明されず、保険でも承認されていない免疫細胞療法やがんワクチン療法が、高額な値段で患者に投与されている事例が多く見受けられるとして、これらの療法を受ける場合には、慎重に対応するように促す注意喚起の文書を作成しています。
本判決で注目すべき点は、適応判断のための検査義務を認めたことの他、本件自家ワクチン療法のみならず、一般論としても、標準治療が終了したがん患者に対して「根拠に乏しい治療を行うことは、がん患者の大切な時間を無駄に奪うことになる。また、がん患者によっては、その治療に対する偽りの希望を抱くことにより本来必要な緩和ケアを受けることを拒否する者もおり、その場合にはがん患者に適切な緩和ケアを受けてもらうことを妨げ、QOLを大きく損なうことになる。」と判示したことにあります。
医療の現場のみならず、司法の立場からも、がん患者のQOLの重要性を認識し、科学的根拠に基づかない治療法に対する厳しい態度を示したことで、よりよい医療の実現を目指している点で画期的な裁判例となると思われます。