原告らは、主位的に、21日午前0時25分ごろの時点で、C助産師がB医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったと主張し、予備的に、吸引分娩の適応がなかったこと、吸引分娩の方法が不適切であったことを主張して争った。
死亡の結果との因果関係、損害額についても争われた。
第1 注意義務違反
以下、時系列で三つの注意義務違反について検討する。
[1]吸引分娩の適応
(1)原告らは、産婦人科診療ガイドライン(2017産科編)をもとに、吸引・鉗子分娩は<1>胎児機能不全、<2>分娩第2期遷延や分娩第2期停止、<3>母体疲労のため分娩第2期の短縮が必要と判断された場合のいずれかにあたらないと適応とならないが、本件はいずれも満たさず適応を欠くと主張した。
被告は、ガイドラインの推奨レベルはBであるから法的な注意義務を課す基準とならないと反論しつつ、<1>~<3>を満たすと争った。
(2)裁判所は、経時的な児頭下降度などを認定したうえで遅くとも20日午後6時35分以降は児頭下降度が不良であったと判断され、かつ、第2期遷延の基準の「初産婦における無痛分娩中の分娩第2期が3時間以上」は目安であって、子宮収縮薬が併用されていた本件では分娩第2期が2時間以上に及ぶ可能性がある場合と考えることもでき、吸引分娩の適応はあると判断した。
[2]吸引分娩の方法の適否
原告らは、20日午後4時40分以降の児頭下降度に関する記載が分娩経過表にないことから、産婦人科診療ガイドラインに照らし、本件の吸引分娩は児頭が嵌入(かんにゅう)していない状態で行われたと主張した。
被告は、ガイドラインの推奨レベルはBであるから法的な注意義務を課す基準とならないと反論しつつ、吸引分娩を開始した午後7時50分ごろには児頭はステーション0以下に下降していたと争った。
裁判所は、午後7時40分ごろの産瘤が+2~+3の状態であり、午後7時45分ごろに恥骨結合の裏に内診指が入らず膣口側から児髪が見えていたことから児頭陥入と判断したことは不合理ではないとし、午後7時45分ごろの児頭の位置はステーション0に達していたと推認するのが相当とした。
[3]助産師の医師に対する報告義務
これが本件訴訟の主位的主張とされ、この点を中心に争われた。
(1)原告らは、21日午前0時20分ごろの時点で、C助産師は男児に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を認めており、チアノーゼは帽状腱膜下血腫による注意点の一つであり、全身色不良は大量出血を示す所見であり、うなり呼吸は出血性ショックの症状と考えられるから、午前0時25分ごろに助産師は医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきだったと主張した。
被告は、午前0時20分ごろの時点で、皮膚蒼白、ショック状態等の大量出血を疑わせる所見はなく、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸は出血性ショックの症状ではないと争った。
(2)裁判所は、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸はNICUがない施設における新生児搬送の適応であり、午前0時25分ごろの時点で助産師が医師に報告しなかったことは不適切とした。
すなわち、吸引分娩により出生した児は一定時間十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無などを注意深く観察することが必要であり、男児は6回の吸引で出生し、頭血腫があったことから帽状腱膜下血腫の有無の確認が必要であるところ、20日午後10時2分の状態より21日午前0時20分ごろの状態が悪化していることから、C助産師はB医師に対して、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告する義務があったものと判断した。
第2 因果関係と損害
因果関係について、鑑定結果を受けて、21日午前0時25分ごろの時点では男児は出血性ショックおよびDICの前段階であり、この時点で医師が顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸の報告を受ければ、診察して帽状腱膜下血腫を疑って高次機関に搬送し、男児が高度な救命処置および治療を受け、救命できた高度の蓋然性がある(同時点で搬送され適切な治療が行われた場合の救命率は90%前後)と判断した。
損害については、逸失利益、男児の死亡慰謝料、原告らの慰謝料等を認め、約5317万円を支払うように命じた。