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本件は、医療機関内での自殺例について、患者の管理に関する義務違反が争われた事例であり、事例判断の一つとして提供するものです。
自殺防止義務の内容としては、主には、[1]閉鎖的処遇を選択すべき義務、[2]常時監視義務や保護的観察強化義務、[3]自殺道具を排除する義務(所持品検査義務)、が問題となることが多いようであり、本件でも、[2][3]が争点となっています。
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本件は、上記の通り、施設の管理義務違反を巡る事例としての先例的意義もありますが、さらに、自殺に用いられた紐を廃棄している点が、顚末報告義務に反するものであり不法行為を構成するとされている点で、先例的意義のあるものと思われます(なお、顚末報告義務は診療契約から発生するともいえるので、理論上は、債務不履行責任に基づく損害賠償責任も発生するものと考えられますが、本件では、当事者の主張が不法行為のみだったようであるためか、債務不履行には触れられておりません)。
(1)医療機関等が患者や家族に負う義務は、一次的かつ中核的には、診断・治療等の医療行為の提供であることは当然ですが、これに留まらず、患者等の自己決定に資するための説明義務や(悪しき結果が生じた場合)その顚末を報告する義務があると考えられます。
この顚末報告義務は、古くは広島地裁H4.12.21判決や東京高裁H10.2.25判決等でも認められたもので、文献や裁判例により定義は少しずつ異なりますが、共通要素としては、診療(契約)終了後の患者又は遺族に対して適切な説明を行う義務、といえましょう。
本判決も、「悪しき結果」を前提としてはいますが、これが生じるに至った経緯や原因(顚末)について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、当該患者本人ないしはその家族に対して適切に説明すべき法的義務がある、としており、これに反した場合には法的責任が生じるところです。
この顚末報告義務は、本判決も説示する通り、医療行為の専門性や患者らの感情などの実質的な根拠の他、法令上、委任契約(診療契約)における報告義務を定めた民法645条や信義則上の義務を根拠としますが、この義務を一般的に否定する見解は、今日では存在しないようで、それ自体は然るべきことと思われます。
問題は、顚末報告義務が(法的に)尽くされたかどうかを個別に判断するに当たり、顚末報告義務における、説明の内容・程度、方法、時期、回数等がどうあるべきかについては、具体的状況によるものであるということです。
(2)本件では、病院のマニュアル自体に反するものであったこと、紐の入手経路も含めた自殺経緯について確定可能性を途絶させる事態を招来させ、これを前提とする説明にしかならなかったことから、顚末報告義務に反するものとされており、本件黒紐の位置付け等からすれば、多くの方にとって違和感のない判断だったのではないかと感じます。
他方、例えば、マニュアルに廃棄するよう記載されていた場合はどうか(この場合、そのマニュアルの合理性、その例外措置を採る必要性が問題となりましょう)、マニュアルがない状況で半年等一定期間経ってからの廃棄の場合どうか、など、経緯が変われば判断が異なる可能性もあり得るため、ケース・バイ・ケースという他ないところではありますが、顚末報告義務とはやや性格が異なるものの、医療事故調査制度の施行後まもなく10年になろうという今後、さらなる事案の集積や検討によって明らかにされていく問題かと思います。
もっとも、検査結果や術中ビデオに限らず、こうした「遺留品」「物証」のようなものについては、本件の看護師としては良かれと思ってのことだったのかもしれないにせよ、患者や遺族のためというだけではなく、後日の紛争回避のためにも、保全しておく方向で、十分慎重に扱うことが望まれるという意味で、参考になるものと思い、ご紹介した次第です。