入院患者の自殺につき、自殺防止義務違反は認めなかったが、自殺原因についての顚末報告義務違反を認めた事案

vol.253

大阪高裁 平成25年12月11日(判例時報2213号43頁)
医療問題弁護団 飯渕 裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております。
* 証拠引用等は、割愛。また、「…」は省略を表す。

事件内容

判1

亡B(本件患者)は、うつ病に罹患し、平成22年から、被控訴人病院に入院(父母のいる兵庫から離れた県内)。

主治医は、D医師(以下「D」)。

平成22年12月17日、BはY内(被告人病院)で閉鎖病棟に転棟。

その際、カルテに「拒食にてDIV施行中と、自殺企図のおそれがあるためにDr.指示でA-1より転棟となり、205号室に入室する」との記載があり、Dが同月21日に作成した指示書にも「希死念慮のつよいうつ」、「SM-ideeあり要注意」との記載があった。

Bは、12月21日カウンセラーのCと面会の際、転棟自体に落ち込んだ様子で、退院を希望していた。

12月30日から平成23年1月4日までの間、Bは、寮に外泊をしていたが、体調を崩して引きこもり状態となり、右臀部に重度の褥瘡ができるほどであった(後に、ラップ治療を1日2回施すこととされた)。

判2

Bは、1月4日に外泊から帰院し、その後、1月11日、午前11時30分以降、Bに対する巡回はなかった。

午後2時20分、褥瘡処置を求めたBに対し、看護師は、午後4時ごろ処置する旨を告げた。

午後3時40分ごろ、トイレ個室内において、Bが黒い紐で縊首しており、まもなく死亡が確認された。

判3

病院のマニュアルでは、入院患者が縊死した場合、縊死に用いた紐は警察の検死が終わった後、患者の遺族に返還し、その後、当該紐が何であったのかを検討するとされていた。

しかし、Eは、Bが突然亡くなられた事実を受け止めなければならない遺族のことを思うと、家族の目の前で本件黒紐を渡すことにためらいがあり、警察が本件黒紐の証拠写真を撮っており、病院長及びDも本件黒紐を確認済みであったことから、被控訴人病院の夜勤者に対し、Bの遺族が帰られる際に被控訴人病院からあえてBの自殺に用いられた紐であることを告げて遺族に本件黒紐を渡すのではなく、遺族から要望があれば本件黒紐を返還し、要望がなければ処分して構わない旨を告げた。

夜勤者は、Bの遺族から本件黒紐についての質問や返還要求がなかったので、1月12日本件黒紐を廃棄した。

判決

[1]自殺防止義務違反

遺族(控訴人)らは、Bに具体的かつ切迫した自殺の危険性があり、Bの動静を十分に注意する義務、および、閉鎖病棟入院患者の周囲から入院生活に不必要な紐を排除する義務にそれぞれ被控訴人病院が違反していると主張したが、裁判所は、Bの具体的かつ切迫した自殺の危険性について被控訴人病院に認識がなく、そのことについて過失もないことや、厚生労働省委託研究の精神科救急マニュアルを前提に、切迫した自殺企図のリスクが非常に高い患者以外の患者については、紐付きの日用品の持ち込みを厳しく制限することは治療上マイナスであり、患者にはできる限り一般の社会に近い環境を提供することが治療上有益であることなどを認定し、退けた。

[2]顚末報告義務(説明義務)違反

遺族は、「…病院は、特段の事情のない限り、上記診療契約に基づき、あるいは信義則(民法一条二項)に基づき、患者の遺族に対して患者の死亡等の原因を含めた顚末を説明すべき義務を負って」おり、「殊に、被控訴人病院では、患者が自殺に使用した紐は遺族に返還する旨のマニュアルがあり、Bの遺族である控訴人らとしては、Bが自殺に用いた紐を手にすることによりBが何を用いて自殺をしたのか等の顚末を知ることができるのであるから、被控訴人病院は、控訴人らに対し、警察の検死等の終了後、Bが自殺に用いた本件黒紐を速やかに控訴人らに返還し、本件黒紐が何であったのかを確定した上で、控訴人らにBの自殺の顚末について誠実に説明する義務があった」との主張を控訴審で追加した。

判決は、骨子次の通りこれを認め、総額50万円の慰謝料の支払いを病院に命じた。

「…悪しき結果が生じるに至った経緯やその原因(顚末)の説明を医療機関に求める患者本人ないしその家族の心情ないし要求は、医師の本来の責務が患者の生命、健康を保持するための診療行為にあり、上記説明が医師の本来の責務である医療行為そのものではないとしてもなお、法的な保護に値する利益である」「したがって、医療機関は、患者に悪しき結果が生じるに至った経緯や原因(顚末)について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、当該患者本人ないしはその家族に対して適切に説明をする法的義務があるというべきであり、医療機関がかかる義務に違反して、何らの説明をせず、不十分な説明しか行わず、あるいは虚偽の説明をするなどして、患者本人ないしはその家族に精神的苦痛を与えた場合には、当該医療機関は、患者本人ないしはその家族に対する関係で不法行為責任を負う」(父母のいる場所から離れて入院していたなど本件経過を認定し)「事実経過に照らすと、本件自殺後、控訴人らが本件自殺に至った経緯やその原因等の真相を知りたいと考え、被控訴人病院や主治医であったDに対してその説明を求めることは、心情として十分に了解できるところであって、控訴人らの真相を知りたいとの心情ないし要求は、…法的保護に値する利益であると認めることができ…被控訴人病院は、本件自殺に至った経緯やその原因(顚末)について、Bの診療を通じて知り得た事実に基づき、家族である控訴人らに対して適切な説明を行うべき法的義務を負っていた」「Bは、被控訴人病院の…トイレ内で本件黒紐を用いて、縊死したのであるから、被控訴人病院が上記説明義務を果たすためには、その前提として本件黒紐がいかなる紐であり、何故Bが本件黒紐を所持していたのか、その入手方法等の事実関係を調査することが必要であると考えられ、そのためには本件黒紐を保存するなどして本件黒紐が何であるのかを事後的に確認できるようにしておく必要があった…被控訴人病院のマニュアルでは、入院患者が縊死した場合、縊死に用いた紐を現状のままにし、警察の検死が終わった後、患者の遺族に紐を返還し、その後、当該紐が何であったのかを検討するとされているのであって、縊死に用いた紐を患者の遺族の了解なく廃棄することは容認されていない。

ところが、本件自殺後、Eは、Bが突然亡くなられた事実を受け止めなければならない遺族のことを思うと、家族の目の前で本件黒紐を渡すことにためらいがあり、警察が本件黒紐の証拠写真を撮っており、A病院長及びDも本件黒紐を確認済みであったとの理由から、上記のマニュアルに反して、被控訴人病院の夜勤者に対し、Bの遺族が帰られる際に被控訴人病院からあえてBの自殺に用いられた紐であることを告げて遺族に本件黒紐を渡すのではなく、遺族から要望があれば本件黒紐を返還し、要望がなければ処分して構わない旨を告げ、夜勤者において、Bの遺族から本件黒紐についての質問や返還要求がなかったとして、本件当日の翌日である平成23年1月12日六時頃、本件黒紐を廃棄した…結果、…本件黒紐がいかなる紐であり、何故Bが本件黒紐を所持していたのか、その入手方法等の事実関係を調査することが不可能となり、本件自殺に至った経緯やその原因(顚末)についての被控訴人病院の説明も、本件黒紐が既に廃棄されており、上記事実関係の調査がもはや不可能であることを前提とした不十分な説明しかすることができなかった」「本件黒紐が既に廃棄されていたため、本件黒紐に関する被控訴人病院の説明、特にBが自殺に用いた本件黒紐が何の紐であるのか、何故本件黒紐が被控訴人病院の閉鎖病棟にあったのか、Bはどのようにして本件黒紐を入手したのかという本件自殺に至った経緯や原因、被控訴人病院側の落ち度の有無等といった真相についての説明を適切に受けることができなかったというべきであり、被控訴人病院の控訴人らに対する説明義務の履行は不十分なものであったといわざるを得ず、控訴人らに対する関係で不法行為を構成する」

裁判例に学ぶ

1

本件は、医療機関内での自殺例について、患者の管理に関する義務違反が争われた事例であり、事例判断の一つとして提供するものです。

自殺防止義務の内容としては、主には、[1]閉鎖的処遇を選択すべき義務、[2]常時監視義務や保護的観察強化義務、[3]自殺道具を排除する義務(所持品検査義務)、が問題となることが多いようであり、本件でも、[2][3]が争点となっています。

2

本件は、上記の通り、施設の管理義務違反を巡る事例としての先例的意義もありますが、さらに、自殺に用いられた紐を廃棄している点が、顚末報告義務に反するものであり不法行為を構成するとされている点で、先例的意義のあるものと思われます(なお、顚末報告義務は診療契約から発生するともいえるので、理論上は、債務不履行責任に基づく損害賠償責任も発生するものと考えられますが、本件では、当事者の主張が不法行為のみだったようであるためか、債務不履行には触れられておりません)。

(1)医療機関等が患者や家族に負う義務は、一次的かつ中核的には、診断・治療等の医療行為の提供であることは当然ですが、これに留まらず、患者等の自己決定に資するための説明義務や(悪しき結果が生じた場合)その顚末を報告する義務があると考えられます。

この顚末報告義務は、古くは広島地裁H4.12.21判決や東京高裁H10.2.25判決等でも認められたもので、文献や裁判例により定義は少しずつ異なりますが、共通要素としては、診療(契約)終了後の患者又は遺族に対して適切な説明を行う義務、といえましょう。

本判決も、「悪しき結果」を前提としてはいますが、これが生じるに至った経緯や原因(顚末)について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、当該患者本人ないしはその家族に対して適切に説明すべき法的義務がある、としており、これに反した場合には法的責任が生じるところです。

この顚末報告義務は、本判決も説示する通り、医療行為の専門性や患者らの感情などの実質的な根拠の他、法令上、委任契約(診療契約)における報告義務を定めた民法645条や信義則上の義務を根拠としますが、この義務を一般的に否定する見解は、今日では存在しないようで、それ自体は然るべきことと思われます。

問題は、顚末報告義務が(法的に)尽くされたかどうかを個別に判断するに当たり、顚末報告義務における、説明の内容・程度、方法、時期、回数等がどうあるべきかについては、具体的状況によるものであるということです。

(2)本件では、病院のマニュアル自体に反するものであったこと、紐の入手経路も含めた自殺経緯について確定可能性を途絶させる事態を招来させ、これを前提とする説明にしかならなかったことから、顚末報告義務に反するものとされており、本件黒紐の位置付け等からすれば、多くの方にとって違和感のない判断だったのではないかと感じます。

他方、例えば、マニュアルに廃棄するよう記載されていた場合はどうか(この場合、そのマニュアルの合理性、その例外措置を採る必要性が問題となりましょう)、マニュアルがない状況で半年等一定期間経ってからの廃棄の場合どうか、など、経緯が変われば判断が異なる可能性もあり得るため、ケース・バイ・ケースという他ないところではありますが、顚末報告義務とはやや性格が異なるものの、医療事故調査制度の施行後まもなく10年になろうという今後、さらなる事案の集積や検討によって明らかにされていく問題かと思います。

もっとも、検査結果や術中ビデオに限らず、こうした「遺留品」「物証」のようなものについては、本件の看護師としては良かれと思ってのことだったのかもしれないにせよ、患者や遺族のためというだけではなく、後日の紛争回避のためにも、保全しておく方向で、十分慎重に扱うことが望まれるという意味で、参考になるものと思い、ご紹介した次第です。