電子カルテ上の「転室・転床」操作でアラーム設定が上書き

vol.256

ベッドサイドモニタのアラーム設定を継続的に確認する義務が認められた事例

東京地方裁判所 令和2年6月4日判決(平成29年(ワ)第43575号事件 判例時報2486号74頁)
医療問題弁護団 谷 直樹 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

被告Dの開設する本件大学病院において、くも膜下出血のために入院していた訴訟承継前原告亡Cが、平成27年3月25日にSICU(外科系の集中治療室)からSHCU(外科系の高度治療室)に転床した。

病院職員が、電子カルテ上で、SICUからSHCUへの「転室・転床」操作を行ったところ、急性期患者情報システムの「ベッド移動」機能を通じて、セントラルモニタの「床移動」機能が働き、転室・転床前のアラームの設定がSHCUのベッドサイドモニタに自動的に反映され上書きされた。

SpO2、APNEA(無呼吸)、呼吸数、脈拍がOFF、心拍数、血圧がONとなった。

その後の変更操作により脈拍のアラームの設定はONとなった。

同月27日、亡Cは、両手にミトンが装着され、ナースコールを押すことができなくなった。

同月30日、SpO2、APNEA、呼吸数のアラーム設定はOFFのままで、亡Cは、低酸素脳症をきたしていわゆる植物状態になった。

その後亡Cは、死亡した。

判決

(1)過失

[1]監視義務の認定

判決は、「亡Cは、くも膜下出血を発症して本件病院のSICU、SHCUに入院していたのであるから、その病態自体からして再出血を来たすなどして容体が急変する危険性があった」と病態から危険性を認定した。

さらに判決は、「統合失調症の影響と思われる不穏な言動が見られたことなどから、鎮静剤として成人投与量の上限であるフルニトラゼパム1回2mgのほか、ニトラゼパム1回5mgが併用投与されていたところ、これらの薬剤には呼吸抑制の副作用があるとされていた」と投与薬剤からも危険性を認定した。

これらの危険性から、判決は、「本件病院の医療従事者には、亡Cの血圧動向に注視するのみならず、その呼吸状態にも気を配り、それらの急激な悪化があったときには、すぐにそれらを察知することができるように監視すべき注意義務があった」と認定した。

[2]アラーム設定、維持の継続的確認義務

判決は、「3月24日午後9時ごろには、H医師から、SpO2につき90%未満の場合はドクターコールすることなどを含めたバイタルサインの上下限値に関する指示が出されていた」事実を認定した。

判決は、「バイタルサインの把握については、看護師による見回りや目視による確認には限界があるから、医療機器に頼らざるを得ないし、医療機器の方が経時的かつ正確にこれを把握することができるという利点がある」と判示した。

そこで、判決は、「本件病院においては、1日2回、ベッドサイドモニタのアラーム設定画面を開いて、その設定内容を確認するよう求められていたのであるから、本件病院の医療従事者には、亡Cの急変に備え、そのベッドサイドモニタのアラームを医師の指示通りに設定するとともに、その設定が維持されているかについて継続的に確認すべき注意義務があったというべきである」と認定した。

[3]注意義務違反

判決は、「本件病院の看護師は、亡CのSHCUへの転床に伴って、一度はH医師の指示通りにSpO2やAPNEA(無呼吸)等のアラーム設定をONにしたものの、その後に行われた電子カルテの転床操作によって再度SpO2、APNEA(無呼吸)、呼吸数等のアラームがOFFとなったことを看過し、かつ、上記の通り1日2回にわたってアラームの設定内容を確認することが求められていたのに、3月25日午後4時ごろに上記アラームがOFFに設定されてから同月30日午後5時ごろに亡Cが急変するまでの約5日間にわたって、誰も上記アラームがOFFに設定されていたことに気付かなかった」事実を認定した。

この事実から、判決は「本件病院の医療従事者には上記注意義務を怠ったことについて過失があった」と認定した。

[4]被告Dの主張について

被告Dは、亡Cのベッドサイドモニタのアラーム設定がOFFに上書きされたのは、被告Eらが製造した医療機器に仕様設計上または指示・警告上の欠陥等があったからであり、被告Dに責任はないとか、ベッドサイドモニタは目線より上に位置しており、設定がOFFになっていることを示すマークも小さいことからすれば、本件病院の医療従事者が、アラーム設定につきOFFであったとの認識を持つのは困難であったなどと主張した。

これに対し、判決は、「被告Eらが製造した医療機器に仕様設計上または指示・警告上の欠陥等があると認めることはできないし、仮に上記の通り上書きされたことについて本件病院の医療従事者には認識がなく、その責任がなかったとしても、アラームの設定内容が維持されていることを継続的に確認すべき注意義務を免れるものではない」と判示した。

さらに、判決は、「アラームがOFFになっていることを示すベッドサイドモニタの基本画面上のマークは、小さいとはいえ、ピンク色で表示されていると認められるから、認識しにくいとはいえず、かつアラーム設定の確認にあたっては、基本画面を確認するだけではなく、アラーム設定確認画面を開いて設定内容を確認することが求められていたのであり、継続的なアラーム設定確認を履行していれば、それがOFFになっていることは容易に気付くことができたはずであるから、被告Dの上記主張は理由がない」と判示した。

(2)因果関係

被告の原因不明の主張について、判決は、「亡Cが心肺停止になった原因としては、鎮静状態下にあった状態で舌根沈下により上気道が閉塞して、低酸素状態が継続したため呼吸停止が生じた可能性が高い」と認定した。

「午前3時以降も鎮静状態下であったこと、呼吸不全が疑われるSpO2が90%未満になった状態から11分も経過した後に看護師や医師が対応を開始したため救命できなかったが、これがSpO2が90%未満となった状態から早い段階で対処していれば低酸素状態の継続はなかった」と認定し、ベッドサイドモニタのアラームを医師の指示通りに設定するとともに、その設定が維持されているか継続的に確認すべき注意義務違反と結果との間に因果関係を認めた。

(3)製造物責任等について

原告らは、急性期患者情報システム(Mirrel)およびセントラルモニタに用いられた本件各仕様が製造物責任法における仕様設計上の「欠陥」に当たる、または本件各仕様を用いたことが不法行為における「過失」に当たる旨を主張した。

これについて、判決は、「本件各仕様は、転床前後でアラーム等の設定値に変更がない場合が多いことを想定し、従前の設定をそのまま引き継ぐことを基本として、変更が必要であれば転床操作後に行えば足りるという考え方に基づいて採用されていると推認されるところ、その考え方が不合理であるとか、通常有すべき安全性を欠くと認めるべき根拠はないし、転床のたびに上書きの有無について確認または選択することは、かえって混乱を招きかねず、効率性を妨げる可能性もあるから、本件各仕様が仕様設計上の欠陥等に当たるとは認められない」と判示した。

原告らは、被告Eらが、本件各仕様について取扱説明書に明記せず、販売に当たっても説明しなかったことが指示・警告上の欠陥等に当たる旨も主張した。

これについて、判決は、「被告D向けのMirrelの取扱説明書において、Mirrelとセントラルモニタは連携されており、電子カルテ上で行った転床操作がセントラルモニタに反映されること、セントラルモニタの取扱説明書において、床移動機能によって移動元の設定内容が移動先に上書きされること、その場合の注意点として、移動先の全ての設定内容が書き替えられることが記載されていた」事実を認定した。

判決は、「これらの各取扱説明書を併せれば、本件各仕様について説明されていたと認められる」と判示した。

裁判例に学ぶ

医療情報機器は年々高度になり機能が充実する。

機能の充実自体は便利なことではあるが、新たな危険を生じることもある。

本件は、電子カルテ上での「転室・転床」操作により、急性期患者情報システムが作動し、セントラルモニタによりアラームON・OFF設定が転室前の設定に上書きされた。

これは便利な機能ではあるが、病室の医療従事者にとっては意図せずに自動的に上書きされることになり、かえって新たな危険を生じることにもなる。

判決では、医療従事者の継続的なアラーム設定確認義務の過失が認められたが、被告大学病院において電子カルテ上で「転室・転床」とするとアラームON・OFFが転室前の設定に上書きされることについて周知徹底されず、それに対応する体制がとられていなかったことにも問題があるように思われる。