本件の争点は[1]Y医師に、令和3年10月27日以降、Aに対し、2ないし3日ごとに血液凝固能検査を実施しPT-INRの値を確認し、その値が1.6以下になったときは、速やかにイグザレルトを処方するべきであったのにこれを怠った注意義務違反が認められるか、[2]Y医師の注意義務違反と原告Bの損害との因果関係、[3]原告Bの損害である。
[1]注意義務違反について
イグザレルトの添付文書では、(1)ワーファリンからイグザレルトに切り替える必要がある場合には、ワーファリンの投与を中止した後、血液凝固能検査を実施し、治療域の下限以下になったことを確認した後、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始すべき旨の記載や、(2)切り替え時には抗凝固作用が維持されるよう注意し、血液凝固能検査の値が治療域の下限を超えるまでは、ワーファリンとイグザレルトを併用すべき旨の記載、(3)抗凝固剤とイグザレルトを併用する場合は、両剤の作用が増強され、出血の危険性が増大する恐れがあるので、観察を十分に行い注意する必要があるとの記載がある。
また、ワーファリンの添付文書では、血液凝固能検査の検査値に基づいて投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤であること、急に投与を中止すると血栓を生じる恐れがあるので徐々に減量すべき旨の記載がある。
各記載からは、休薬によりワーファリンの抗凝固作用が消失した後、可及的速やかにイグザレルトが服用されないままでいると脳梗塞のリスクが高まる一方で、ワーファリンの抗凝固作用が十分残存している状況でイグザレルトが服用されると出血のリスクが高まることが読み取れる。
いずれかのリスクが高まることが無いように、血液凝固能検査を実施してイグザレルト処方のタイミングの判断をすることが求められる。
また、ワーファリンの臨床的に意義のある抗凝固効果は投与後84時間ないし120時間持続するとの医学的知見に照らせば、ワーファリンに代えてイグザレルトを処方するに当たっては、ワーファリンを休薬してから遅くとも5日以内には血液凝固能検査を実施して、血液凝固能が治療域の下限を下回ったことを確認した場合には、可及的速やかにイグザレルトの投与を開始することが求められる。
判決は、本件では、Y医師は、令和3年10月27日にAにワーファリンの服用を中止する旨の指示をしたのであるから、その5日後の同年11月1日ごろまでには、Aに対し血液凝固能検査を実施し、PT-INRの値が治療域の下限を下回ったことを確認した場合には、可及的速やかにイグザレルトを処方する注意義務を負っていたと認められる。
しかし、Y医師は、令和3年10月27日、Aに対しワーファリンの服用を中止する旨の指示をした後、次回の診察日を通常の1カ月後とし、その間は血液凝固能検査を実施しなかった。
よって、被告医師には前述の注意義務違反が認められると判示した。
[2]因果関係について
判決は、(1)ワーファリン及びイグザレルトは、いずれも血栓塞栓症の治療および予防などに用いられる抗凝固薬であるところ、Aは、平成22年2月5日から継続的にワーファリンを服用し、TTRが良好に保たれていた、(2)Aは令和3年10月27日のワーファリンの休薬後、手術等の身体侵襲を受けたものではなく、本件注意義務違反の他に心原性脳梗塞の発症につながる直接的な要因があったとはうかがわれないことを認定し、Y医師が本件注意義務を尽くし、Aが同年11月2日ごろにイグザレルトを服用していた場合、Aは、心原性脳梗塞を発症しなかったか、発症したとしてもその予後は実際の転帰よりも改善されていたということができるから、本件患者が令和4年6月10日になお生存していた高度の蓋然性が認められる旨を判示した。
[3]原告の損害について
判決は、Aの相続人である原告Bの損害として死亡慰謝料2500万円の他、年金逸失利益、治療費、入院雑費、入院慰謝料、原告Bの固有の損害などを合わせて総額3727万145円の損害を認容した。