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早期母子接触とは「正期産新生児の出生直後に分娩(ぶんべん)室で実施される母子の皮膚接触」のことを言います。
早期母子接触はカンガルーケアと呼ばれることもありますが、カンガルーケアは本来、「全身状態が安定した早産児にNICU(新生児集中治療室)内で従来から実施されてきた母子の皮膚接触」のことを言い、正期産新生児に関する早期母子接触とは異なります。
Y病院がX1およびX3に実施したことは早期母子接触であり、正確にはカンガルーケアではありません。
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早期母子接触には、母乳栄養率の向上・母乳期間の延長といった効果、母親の児に対する愛着行動や母子相互関係の確立などに対する効果があるとされ、広く実施されるようになりました。
しかし、早期母子接触が行われる出生直後は、児の全身状態が不安定な時期です。
早期母子接触の普及に伴い、実施中の呼吸停止などの重篤な事象が報告されるようになりました。
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そこで、平成24年10月、「『早期母子接触』実施の留意点」(以下「留意点」と言います)が公表されました。
「留意点」は、実施方法について、「早期母子接触を実施するときは、母親に児のケアを任せてしまうのではなく、スタッフも児の観察を怠らないように注意する必要がある」としたうえで、「児の顔を横に向け鼻腔閉塞を起こさず、呼吸が楽にできるようにする」「温めたバスタオルで児を覆う」「パルスオキシメーターのプローブを下肢に装着するか、担当者が実施中付き添い、母子だけにはしない」といった注意事項を列挙しています。
また、産婦人科診療ガイドライン産科編は、平成26年版より、早期母子接触について、事前説明と同意、児状態を見守る人員の配置と経過の記録、児体温保持のための工夫、パルスオキシメーターなどによる呼吸監視の4点が求められると記載するようになりました。
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本件の早期母子接触は、「留意点」公表の約2年前の平成22年12月に実施されたものですので、本件の注意義務違反の判断において「留意点」を基準にすることはできません。
本判決は、当時の医療水準からするとY病院に注意義務違反はなかったと判断しましたが、「医学的によりよい医療という観点からいかなる経過観察が望ましいかということは、別に考えられるべき事柄である」との留保を付しました。
平成24年10月の「留意点」公表後の早期母子接触については、「留意点」の内容も踏まえて医療水準を判断することになります。
そして、報道によれば、「留意点」公表後に実施された早期母子接触中に児が心肺停止した事案について、医療機関の責任を前提とした訴訟上の和解がなされたことがあるようです。
遅くとも「留意点」公表から10年以上が経過した現在においては、「留意点」の内容が医療水準になっていると言えるのではないでしょうか。
そうすると、仮に本件と同様の事案が現在発生したとしたら、X1らが主張した、人的・機械的モニタリングによる経過観察義務違反や初回授乳中の継続的観察義務違反が認められる可能性があります。
なお、仮にY病院に観察義務違反が認められたとしても、有責との結論に至るためには、当該義務違反とX1の後遺障害との間に因果関係が必要です。
1審判決のように呼吸停止の原因として窒息の可能性を肯定する場合には、因果関係が認められる余地がありますが、本判決は、X1の呼吸停止が原因不明であるとして因果関係を否定しました。
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このように、訴訟では、問題となった医療行為が実施された時点の医療水準を基準として注意義務違反の有無が判断されます。
現在では「留意点」の内容が医療水準であることを前提として、早期母子接触実施中の経過観察の方法などを具体的に検討する必要があります。