早期母子接触における経過観察義務

vol.258

「『早期母子接触』実施の留意点」公表前に実施された早期母子接触において、新生児が呼吸停止状態となり重度の後遺障害が残存した事案について、経過観察義務違反を否定した事案

 平成26年10月31日大阪高裁判決(医療判例解説63号18頁)
医療問題弁護団 松田 亘平 弁護士

* 本誌の裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場を取らせていただいております

事件内容

X3は、平成22年12月某日午後3時36分、Y病院産婦人科において、自然分娩の正期産(37週6日)でX1を出産した。

出産時のX1の体重は2855gであり、アプガースコアは出産1分後が8点、5分後が9点であった。

X1およびX3に対しては、出生直後からいわゆるカンガルーケア(正確には早期母子接触)が行われていたところ、午後4時50分ごろから、X3の体を右側臥位にし、X1をバスタオルで包んだ状態で左側臥位にし、その上からタオルケットが掛けられた状態で、X3の右側の乳房による直接授乳が開始された。

開始後、X2(X1の父)は、X1の鼻と口がX3の乳房によって塞がれているように感じたことから「こんなに密着しても大丈夫ですか」と尋ねたのに対し、D助産師は「大丈夫ですよ」と答えた。

D助産師は、X1が吸啜(きゅうてつ)したり、吸啜(きゅうてつ)を止めたりを繰り返しているのを確認したうえで、同日午後5時ごろ、夜勤のスタッフへの引き継ぎのために分娩室から退室した。

同日午後5時25分ごろ、G助産師が分娩室を訪室し、X1の顔面が蒼白で筋緊張のない状態になっていることに気付いた。

蘇生措置などの医療的措置が講じられたものの、X1には重度の後遺障害が残存した。

X1およびその両親X2・X3は、X1の呼吸停止の原因は窒息であり、Y病院には観察義務違反などが認められるとして、損害賠償請求訴訟を提起した。

1審の大阪地判平成25年9月11日(判例時報2200号97頁)は、X1がX3の乳房により呼吸ができなくなり窒息した可能性はあるとしつつも、医療者による経過観察やSpO2モニターなどの機械を用いてモニタリングをすべきことが、当時の医療水準であったということは困難であるとして、Y病院の観察義務違反を否定した。

X1らは1審判決を不服として控訴を提起した。

判決

[1]呼吸停止に至った原因

「カンガルーケア中にX1が呼吸停止に至った原因は、少なくとも窒息によるものであると認めることはできず、その原因は不明であるが、X1の脳性麻痺の原因は、上記呼吸停止及びその後の低酸素性虚血性脳症並びに原因不明の脳室内出血によるものであると認めることができる」

[2]観察義務違反

「本件事故当時、Y病院において、早期母子接触を行うに際し、医療従事者らが分娩室を頻回訪問するとか、パルスオキシメーター等を使用した機械的モニタリングによる経過観察を実施すべき注意義務を負っていたとまでいうことはできない」

「Y病院においては、本件マニュアル[引用者注:Y病院が作成した「ママカンガルーケア(ママカン)」と題するマニュアル。児の係が30分毎に児の観察を行うことなどが定められていたが、パルスオキシメーター等による機械的モニタリングを行うことは予定されていなかった]に従って、医療従事者らが、人的モニタリングを行っていたのであり、(中略)本件マニュアルが、本件事故当時の医療水準に照らして不相当なものであったということもできないから、本件事故当時の、Y病院におけるX1に対する監視体制が、経過観察義務に違反するものであったということはできない」

[3]因果関係

仮にY病院に経過観察義務違反が認められたとしても、「児がALTEの状態に陥った場合、後遺症なく回復する可能性は7割に満たないのであり、本件において、X1の症状は、ALTEの中でも重症なものであったことも考慮すると、Y病院における、X1に対する人的・機械的モニタリングによる経過観察義務違反という事実と、X1に生じた重篤な後遺障害という結果の間に、高度の蓋然(がいぜん)性があるとまでいうことはできない」

裁判例に学ぶ

1

早期母子接触とは「正期産新生児の出生直後に分娩(ぶんべん)室で実施される母子の皮膚接触」のことを言います。

早期母子接触はカンガルーケアと呼ばれることもありますが、カンガルーケアは本来、「全身状態が安定した早産児にNICU(新生児集中治療室)内で従来から実施されてきた母子の皮膚接触」のことを言い、正期産新生児に関する早期母子接触とは異なります。

Y病院がX1およびX3に実施したことは早期母子接触であり、正確にはカンガルーケアではありません。

2

早期母子接触には、母乳栄養率の向上・母乳期間の延長といった効果、母親の児に対する愛着行動や母子相互関係の確立などに対する効果があるとされ、広く実施されるようになりました。

しかし、早期母子接触が行われる出生直後は、児の全身状態が不安定な時期です。

早期母子接触の普及に伴い、実施中の呼吸停止などの重篤な事象が報告されるようになりました。

3

そこで、平成24年10月、「『早期母子接触』実施の留意点」(以下「留意点」と言います)が公表されました。

「留意点」は、実施方法について、「早期母子接触を実施するときは、母親に児のケアを任せてしまうのではなく、スタッフも児の観察を怠らないように注意する必要がある」としたうえで、「児の顔を横に向け鼻腔閉塞を起こさず、呼吸が楽にできるようにする」「温めたバスタオルで児を覆う」「パルスオキシメーターのプローブを下肢に装着するか、担当者が実施中付き添い、母子だけにはしない」といった注意事項を列挙しています。

また、産婦人科診療ガイドライン産科編は、平成26年版より、早期母子接触について、事前説明と同意、児状態を見守る人員の配置と経過の記録、児体温保持のための工夫、パルスオキシメーターなどによる呼吸監視の4点が求められると記載するようになりました。

4

本件の早期母子接触は、「留意点」公表の約2年前の平成22年12月に実施されたものですので、本件の注意義務違反の判断において「留意点」を基準にすることはできません。

本判決は、当時の医療水準からするとY病院に注意義務違反はなかったと判断しましたが、「医学的によりよい医療という観点からいかなる経過観察が望ましいかということは、別に考えられるべき事柄である」との留保を付しました。

平成24年10月の「留意点」公表後の早期母子接触については、「留意点」の内容も踏まえて医療水準を判断することになります。

そして、報道によれば、「留意点」公表後に実施された早期母子接触中に児が心肺停止した事案について、医療機関の責任を前提とした訴訟上の和解がなされたことがあるようです。

遅くとも「留意点」公表から10年以上が経過した現在においては、「留意点」の内容が医療水準になっていると言えるのではないでしょうか。

そうすると、仮に本件と同様の事案が現在発生したとしたら、X1らが主張した、人的・機械的モニタリングによる経過観察義務違反や初回授乳中の継続的観察義務違反が認められる可能性があります。

なお、仮にY病院に観察義務違反が認められたとしても、有責との結論に至るためには、当該義務違反とX1の後遺障害との間に因果関係が必要です。

1審判決のように呼吸停止の原因として窒息の可能性を肯定する場合には、因果関係が認められる余地がありますが、本判決は、X1の呼吸停止が原因不明であるとして因果関係を否定しました。

5

このように、訴訟では、問題となった医療行為が実施された時点の医療水準を基準として注意義務違反の有無が判断されます。

現在では「留意点」の内容が医療水準であることを前提として、早期母子接触実施中の経過観察の方法などを具体的に検討する必要があります。