[1]診療経過
本件患者は、昭和23年に生まれ、昭和49年に就職先から様子がおかしいなどと言われ、その後、両親の下で暮らしていたが、精神的に不安定ではあった。
平成2年6月ころ、本件患者は、糖尿病に起因する症状が生じ入院治療し、同年8月に、糖尿病および精神障害の双方への対処が可能であるB病院に転院した。
B病院では、入院当初、看護師に依存的であったが、その後は精神症状は安定し、平成3年1月になり、身体的・精神的にかなりコントロール良好であり、介助は要らないほどにまで回復した。
その後、水腎症が進行し、一時、皮膚科・泌尿器科のD医師のE医院に入院した。
同年7月11日に、本件患者はB病院に帰院したが、同日の血液検査では、BUN95.7、Cre9.0で腎機能が著しく衰えていることがうかがえる結果で、血液透析も視野に、精神科医も常駐する県立病院に受け入れの承諾を得た。
同月12日に、県立病院を受診し、血液透析の責任者的立場にあった内科のF医師は、血圧(82~47)と脈拍(82)、聴打診や眼の診察のみをして、本件患者母(原告X)に対し、血液透析は週3回受け続けなければならず、家庭崩壊にまでつながることがあり容易ではない旨説明し、B病院に戻るように指示した。
その後、BUN112.2、Cre11.4で、尿毒症症状がいつ現れてもおかしくない状態となり、C医師は県立病院に再度、受け入れの承諾を得た。
同月17日に、本件患者は、県立病院を受診して入院し、そのときは問いかけに対する反応もよく、質問を理解できると評価された。
原告Xは、F医師に、血液透析をしてもらいたい旨を伝えたところ、F医師は、本件患者の精神症状の評価をした後に血液透析を導入するかどうかを決めたいと返答した。
同月18日、本件患者の血液検査はBUN127.5、Cre11.6、Na110、K5.3、pH7.082で、傾眠状態で言葉が断片的で幻覚が現れていたため、F医師は、本人に透析に対する理解力がないので当院の透析適応にあてはまらないとし、本件患者の付き添い家族に、本件患者の病名は慢性腎不全で、これに対する長期血液透析は本人がその必要性を理解し、自己管理する能力が必要であるが、本件患者は重度の精神分裂病※のためにその能力がないから導入できない、血液透析できない場合には生命の予後は不良であるが、他に方法はない旨を伝えた。
翌19日にも、F医師は、本件患者両親に対し同様の説明をし、原告Xから他の治療法はないかなどの質問をされても、方法はない、投薬は効果がない旨返答したのみであった。
C医師は血液透析してもらいたいと依頼をしたが、F医師が対応を変更せず、最終的にB病院に戻り、本件患者は、同月20日に死亡した。
病院側は裁判で死因を争ったが、末期腎不全と認定されている。
※平成7年当時は「精神分裂病」だったが、平成14年に病名が「統合失調症」に変更された。
[2]過失
県立病院側は、長期血液透析を行うには、患者が苦痛や危険などを理解し了解し、かつ、それに耐える自己管理能力があり、医療スタッフの協力や家族の協力が絶対に必要な条件となることや、そうでないと十分な血液透析の効果が期待できず、透析中の事故の可能性が高まり、死に至る危険があること、その目的が患者の社会復帰にあり、右のような条件を満たさなければその目的が達成できず、また、人的・物的設備に限界があることも主張した。
本判決は、そもそも、患者に血液透析による生存の機会を初めから与えないようにすることは社会通念に照らして著しく相当性を欠き、また、社会復帰が目的ということを広く捉えれば、心身にハンディを持つ患者を長期血液透析治療から排斥し死亡させることを容認することになりかねないうえに、少なくとも腎不全状態が改善されれば日常生活を営み得る可能性のある患者に延命の機会を与えないのは社会通念に照らして著しく相当性を欠くとした。
また、病院側の主張するような趣旨での適応を問題となし得るのは、当該施設の人的・物的設備に限界があり真にやむを得ない場合であり、そのような状況でないのであれば、少なくとも、医師が心身の治療を行っていても、患者が興奮したり暴れたりして血液透析の施行自体が困難となったり、日常の自己管理ができず血液透析を施行しても死亡する事態となることが、近い将来に予想されるか、腎不全状態が改善されても、退院して日常生活を営み得る可能性がない場合などの事情がある場合でなければ、血液透析をなすべき義務があると判断した。
本件患者については、そもそも精神分裂病か甚だ疑わしく、少なくとも重度の精神分裂病ではないし、7月17日の診察でも興奮、拒絶的なところは認められないと認定し、十分な精神科の治療を受けるならば、近い将来に血液透析の施行自体が困難となる事態となることは予想されないとした。
また、精神症状の改善の可能性もあることからすると、日常の自己管理ができないとはいえず、身体症状についても、改善の余地はあり、退院の可能性は無いとはいえないと認定した。
そして本件患者には、長期血液透析の適応があり、F医師には本件患者に血液透析を施行すべき義務があるところ、7月12日時点で、受け入れを一時保留して、依頼元の医療機関に帰したことは医師の裁量の範囲内といえるが、7月17日には、末期腎不全で救命のためには血液透析を行う以外に方法がなく、行わなければ早期に死に至る状態であり、これをF医師も認識していた中で、速やかに血液透析を実施すべき義務があり、それをしなかった過失があると結論づけた。
[3]因果関係・損害
本判決は、血液透析が行われれば当面生存が可能であったため、死の結果との因果関係はあるが、逸失利益と葬儀費用は損害から除外した。
死亡に対する慰謝料のみが認められ、その金額は本件患者本人が500万円、患者両親が各50万円である。
このほか、弁護士費用として、慰謝料の合計の10%が損害として認められた。