本判決は、被告が、被告病院スタッフの使用者であり、同スタッフの過失によるAの死亡は、被告病院の業務として行われたものであるから、使用者責任に基づき、Aおよび原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うと判断し、被告に対し、合計2895万487円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告の請求を認容しました。
本判決から学べることとして、例えば、被告の過失についての主張を排斥した次の各理由が参考になります。
[1]Aの全身状態が相当悪化していた点を前提とする限り、不規則な呼吸が、主に体型によるもので、身体状況の異常を示す徴表には当たらないと安易に扱うべきではないといえるのであり、Aの体型を考慮しても、被告病院スタッフのこの点に関する注意義務を免れさせ得るものではない。
[2]意識レベルが低下した状態で舌根沈下等により上気道狭窄に陥った場合には、シーソー呼吸と呼ばれる、胸部が上下するものの換気が十分ではない呼吸がみられる場合があり、胸郭挙上を確認するだけでは十分な呼吸状態の確認とはいい難いこと、当時、Aのベッド脇には、SpO2値も表示されるテレメーターが配備されており、同値の確認は、比較的容易にできる状況にあったことに照らすと、それすらも行わなかった被告病院スタッフの対応には不備があったというべきである。
本件でポイントになったのは、5月31日時点で、Aが呼吸不全に陥る可能性を予見できたか否かという点の評価だと考えます。
具体的には、本判決は、被告病院スタッフが負っていた注意義務を導出する事情として、次の点を挙げています。
(1)5月29日時点で、被告病院の医師は、亜昏迷、発汗を認めており、血液検査の結果、CK値が高値の19,565IU/Lであったことを確認し、統合失調症のカタトニアで悪性症候群のリスクが高い状態であったと診断していた。
(2)輸液が開始され、両上肢及び体幹部を拘束したうえ、生体モニターが装着されるなどの厳重な処置が開始されていたことからすれば、5月29日以降は、Aについて、全身状態が悪化して、重篤な症状に至る危険性が高まっていたといえ、その可能性を予見することは可能であった。
(3)Aは、輸液が開始された後も全身状態が快方へ向かっておらず、5月31日には経口摂取不能となり、経鼻胃管チューブが挿入されたことからすれば、同日時点のAの全身状態は、悪化し、それまで至ったことのない容体の域に至っていたものと解される。
(4)5月30日の夜には、上気道狭窄の原因となり得る舌根沈下が確認された。Aの肥満体型も考慮すべき事情である。
これらの事情から、本判決は、Aが5月31日時点で呼吸不全に陥る可能性があり、被告病院スタッフにおいても、これを予見することは可能であったとしました。
この点については、悪性カタトニアとの疑義もあった中での判断だったこと、一般的にロヒプノールやセパゾン等の呼吸抑制の副作用がある薬剤につき、もっと大量に服用している患者もおり、治療目的で投与していた可能性もあることなどから、呼吸不全に陥るリスクを予見可能だったという評価は、呼吸管理の義務を過度に課しすぎているのではないかという医師の指摘もあります(「医療判例解説」111号(医事法令社・2024年)・120頁参照)。
本判決は、医療側と裁判所側での評価の違いを学ぶのに参考になるといえるでしょう。