頸椎椎弓形成術における視神経などへの血流低下予防措置の義務と視機能障害

vol.265

頸椎症性脊髄症に対する椎弓形成術後に患者の視力および視野機能が低下したことについて、術後合併症予防措置を講じなかった医師の過失を認めた裁判例

東京地方裁判所 令和5年3月23日判決 判例時報2604号40ページ、医療判例解説109号11ページ
医療問題弁護団 笹川 麻利恵 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者A(当時58歳の男性)は腰痛によりX病院を受診していたが、平成27年5月6日、左脚の痺れおよび左右手指の痺れを訴えてX病院を受診し、翌7日、MRI検査を受け、第4、5頸椎椎間板ヘルニアと診断された。

Y医師(整形外科医)は手術を勧め、Aは同月16日にX病院で頸椎症性脊髄症に対する椎弓形成術(以下「本件手術」という)を受けることとなった。

5月15日、AはX病院に入院し、翌16日、全身麻酔下の腹臥位で本件手術を受けた。

執刀医はY医師であり、麻酔科医がZ医師である。

手術後、Aは目が見えない旨訴え、Y医師は同日午後1時30分ごろに初回回診をし、その後別の患者の手術に入った。

Aは無光覚の状態が続き、顔のむくみや眼部の腫れ、結膜充血を氷で冷やす処置を受けた。

同日午後5時ごろ、Y医師は腹臥位手術後の眼合併症を疑い、同日午後6時30分ごろから酸素吸入量を6l/時に上げるよう指示し、同日午後8時ごろにAの視力は人影が分かる程度に改善した。

翌17日、Aの視機能は指の本数が分かる程度にとどまったが、X病院には眼科がなく、本件手術後48時間の間、眼科などの専門医による診察を受けられなかった。

5月18日、AはQ病院に転入院し、翌日から高気圧酸素療法とステロイドパルス療法が実施された。

Aは両眼の「虚血性眼窩コンパートメント症候群」と診断された。

Aはリハビリテーション病院に転入院したり眼科医院に通院したりしたが、12月8日の時点で、右眼の裸眼視力が0.6、矯正視力が1.2、左眼の裸眼視力が0.08p、矯正視力が0.08であり、平成29年2月28日の時点で、右眼の裸眼視力が0.1、矯正視力が1.0、左眼の裸眼視力が0.06、矯正視力が0.08、左眼の残存視野機能率が9%であった。

Aが原告となり、Y、Z(以下、「Yら」という)並びにその使用者であるP(X病院の事故当時の開設者を吸収合併した医療法人社団)を被告として損害賠償請求をした事案である。

判決

腹臥位での頸椎椎弓形成術は視神経などへの血流低下により視機能障害を発症する可能性があり、予防のため、[1]医療用の保護ヘルメットやゴーグル、マスク、スポンジなどを使用して眼部を保護する、[2]頭位を胸部(心臓)などと平行に保ち、特に低い位置にしない、[3]馬蹄形頭部支持器を頭部を直接支える支持器として使用しない、[4]頭部3点固定器などを利用して頭部を固定する、[5]眼部の術中管理を行う義務(術後合併症予防措置)を負っていたことは当事者間に争いはなかった。

本件の争点は、[ア]本件手術後にAの視野機能が低下した原因(機序)、[イ]Yらが予防措置を講じていたか(過失)、[ウ]Yらが予防措置を講じていればAの視力および視野機能は低下しなかったか(因果関係)であった。

なお、本件ではカンファレンス鑑定が行われ、眼科医3人および麻酔科医3人の合計6人の鑑定人が選任されて鑑定意見を述べ、その結果を踏まえて争点の判断がなされた。

第1 機序

1.原告は、視力および視野機能の低下は視神経や網膜への虚血によって生じたと主張したが、被告は、突発性の視神経炎によって生じた可能性が高いと争った。

2.裁判所は、[1]腹臥位での椎弓形成術では術後合併症として視機能障害を発症する可能性があること、[2]原告は術直後から目が見えない旨訴え、顔のむくみ、眼部の腫れ、結膜充血が見られたこと、[3]被告YはQ病院宛ての診療情報提供書に何らかの疑いによる虚血性視神経症、網膜動脈の閉塞を疑っていると記載したこと、[4]Q病院での眼底検査やMRIで網膜血管や眼動脈のトラブル・脳器質障害が否定され、虚血性眼窩コンパートメント症候群と診断されたこと、[5]高気圧酸素療法などの虚血に対する処置により一定の視力改善が得られたことなどの事実を総合すれば、原告の視力および視野機能の低下は本件手術により生じたことおよび虚血性によるものと推認されるとした。

カンファレンス鑑定では、鑑定人6人が全員一致で、原告の視力および視野機能の低下は本件手術によって眼窩内圧が上昇し視神経などへの血流が低下したことによって生じたと述べた。

以上によって、裁判所は本件手術後に生じた視力および視野機能の低下は本件手術による視神経や網膜への虚血によって生じたとの機序を認めた。

第2 過失

1.原告は、本件手術を実施するに当たっては術後合併症予防措置を講じる義務があるのにYらはいずれも怠ったと主張したが、被告らは、術後合併症予防措置を講じていたと争った。

2.裁判所は、[1]Yらが予防措置を講じていたことを裏付ける証拠は全くないこと、[2]後医が作成した診療情報提供書によるとYらが原告の顔面にマスクを装着させず原告の頭部を馬蹄形の枕で直接支えていたと推認されること、[3]争点[ア]で認定した機序を総合すれば、Yらは予防措置を十分講じていなかった注意義務違反があったと認めた。

第3 因果関係

1.被告らは、原告の視力および視野機能の低下は本件手術に伴う不可避の合併症であるとして因果関係を争った。

2.裁判所は、[1]術後合併症予防措置を講じることで虚血による視力および視野機能の低下を予防することができるとされること、[2]鑑定人らも術後合併症予防措置を講じることで虚血性変化が生じるリスクを減らすことができた旨の意見を述べたこと、[3]原告に術後合併症を発症するリスクファクターはなかったことを総合して、Yらが予防措置を講じていれば原告の視力および視野機能は低下しなかった高度の蓋然性があると認めた。

第4 説明義務

原告は説明義務違反の主張もしたが、裁判所は前述の通り術後合併症予防義務違反を認めたため、説明義務違反の有無について判断するまでもなく、被告らは原告に対して視力および視野機能の低下によって生じた損害を賠償する責任を負うと判断した。

裁判例に学ぶ

本件ではカンファレンス鑑定が実施され、眼科医3人および麻酔科医3人の合計6人の鑑定人が選任され、鑑定人らは原告の主張に沿う意見を述べ、カンファレンス鑑定の結果を踏まえた判断がなされました。

東京地裁医療集中部ではカンファレンス鑑定が行われています。

カンファレンス鑑定とは、原則として3人の医師を鑑定人に指定し、鑑定人がそれぞれ鑑定事項に対して事前に簡潔な意見書を提出したうえで、法廷において口頭で鑑定意見を述べる方式による口頭複数鑑定です。

複数の医師がカンファレンスのように意見を述べ合うという方法を取ります。

そのため、どの診療科の医師に、何について意見を聞くか(鑑定事項をどうするか)が重要となります。

本件では整形外科領域の術後合併症が問題となりましたが、整形外科医ではなく、眼科医3人、麻酔科医3人が鑑定人に選任されました。

患者の視力および視野機能低下の機序や因果関係が大きな争点とされたことや、また、手術中は布が被せられてしまって術者にとって手術部位以外の場所は見えなくなるため、術中管理は麻酔科医の責任が大きくなるという面が影響していると思われます。

ただ、本件手術の後、患者が目が見えないと訴えてからの管理(術後管理)については整形外科医による判断が大きいと言え、原告の過失の立て方によっては鑑定人選任が変わった可能性もあるように考えます。

カンファレンス鑑定では、医師同士の同調圧力や診療慣行の擁護に偏る可能性から、患者側に厳しい結果になりがちな傾向が指摘されることもありますが、本件では、鑑定人6人が全員一致で機序について原告の主張に沿う意見を述べ、因果関係についても、麻酔科鑑定人らおよび眼科鑑定人らは、術後合併症予防措置を講じることで、虚血性変化が生じるリスクを減らすことができたと述べました。

頸椎手術に関わる医師は眼球圧迫について確実に意識することが求められるでしょうし、術後合併症予防措置を講じていれば術後に両眼にまで視力障害が出るということは考え難いように思います。

訴訟に至る前に示談ができなかったのか、訴訟に至ったとしてもカンファレンス鑑定まで行かずに和解できなかったのだろうかとの疑問を持ちます。

控訴審では和解しているようですので、本件事故を教訓とし再発防止につながるような和解条項となったことを願わざるを得ません。

なお、本判決では原告の視力障害を10級1号該当とするだけでなく、残存視野機能率、実際の見え方、原告の職業(税理士)など諸般の事情を勘案して視野障害につき9級3号相当と判断し、併合して8級相当と認めました。

1億円以上の賠償額に結び付いた後遺障害および後遺障害逸失利益についての判断だったと言えるでしょう。