腹臥位での頸椎椎弓形成術は視神経などへの血流低下により視機能障害を発症する可能性があり、予防のため、[1]医療用の保護ヘルメットやゴーグル、マスク、スポンジなどを使用して眼部を保護する、[2]頭位を胸部(心臓)などと平行に保ち、特に低い位置にしない、[3]馬蹄形頭部支持器を頭部を直接支える支持器として使用しない、[4]頭部3点固定器などを利用して頭部を固定する、[5]眼部の術中管理を行う義務(術後合併症予防措置)を負っていたことは当事者間に争いはなかった。
本件の争点は、[ア]本件手術後にAの視野機能が低下した原因(機序)、[イ]Yらが予防措置を講じていたか(過失)、[ウ]Yらが予防措置を講じていればAの視力および視野機能は低下しなかったか(因果関係)であった。
なお、本件ではカンファレンス鑑定が行われ、眼科医3人および麻酔科医3人の合計6人の鑑定人が選任されて鑑定意見を述べ、その結果を踏まえて争点の判断がなされた。
第1 機序
1.原告は、視力および視野機能の低下は視神経や網膜への虚血によって生じたと主張したが、被告は、突発性の視神経炎によって生じた可能性が高いと争った。
2.裁判所は、[1]腹臥位での椎弓形成術では術後合併症として視機能障害を発症する可能性があること、[2]原告は術直後から目が見えない旨訴え、顔のむくみ、眼部の腫れ、結膜充血が見られたこと、[3]被告YはQ病院宛ての診療情報提供書に何らかの疑いによる虚血性視神経症、網膜動脈の閉塞を疑っていると記載したこと、[4]Q病院での眼底検査やMRIで網膜血管や眼動脈のトラブル・脳器質障害が否定され、虚血性眼窩コンパートメント症候群と診断されたこと、[5]高気圧酸素療法などの虚血に対する処置により一定の視力改善が得られたことなどの事実を総合すれば、原告の視力および視野機能の低下は本件手術により生じたことおよび虚血性によるものと推認されるとした。
カンファレンス鑑定では、鑑定人6人が全員一致で、原告の視力および視野機能の低下は本件手術によって眼窩内圧が上昇し視神経などへの血流が低下したことによって生じたと述べた。
以上によって、裁判所は本件手術後に生じた視力および視野機能の低下は本件手術による視神経や網膜への虚血によって生じたとの機序を認めた。
第2 過失
1.原告は、本件手術を実施するに当たっては術後合併症予防措置を講じる義務があるのにYらはいずれも怠ったと主張したが、被告らは、術後合併症予防措置を講じていたと争った。
2.裁判所は、[1]Yらが予防措置を講じていたことを裏付ける証拠は全くないこと、[2]後医が作成した診療情報提供書によるとYらが原告の顔面にマスクを装着させず原告の頭部を馬蹄形の枕で直接支えていたと推認されること、[3]争点[ア]で認定した機序を総合すれば、Yらは予防措置を十分講じていなかった注意義務違反があったと認めた。
第3 因果関係
1.被告らは、原告の視力および視野機能の低下は本件手術に伴う不可避の合併症であるとして因果関係を争った。
2.裁判所は、[1]術後合併症予防措置を講じることで虚血による視力および視野機能の低下を予防することができるとされること、[2]鑑定人らも術後合併症予防措置を講じることで虚血性変化が生じるリスクを減らすことができた旨の意見を述べたこと、[3]原告に術後合併症を発症するリスクファクターはなかったことを総合して、Yらが予防措置を講じていれば原告の視力および視野機能は低下しなかった高度の蓋然性があると認めた。
第4 説明義務
原告は説明義務違反の主張もしたが、裁判所は前述の通り術後合併症予防義務違反を認めたため、説明義務違反の有無について判断するまでもなく、被告らは原告に対して視力および視野機能の低下によって生じた損害を賠償する責任を負うと判断した。