1.本件は、薬剤の禁忌投与によって患者が死亡した事案で、当該医療行為そのものに関する過失などは争いがなく(そして、態様からすると、被告らが争っても、この点は請求認容となった可能性が非常に高いと思われます)、むしろ、死亡診断書の記載や異状死としての届出がなかったこと、医療事故調査が行われなかったことなど、医師法や医療法上の医師ないし医療機関の義務と損害賠償の関係が争点となっている点で、やや特殊で参考となるケースです。
2.ご存知の通り、医師法は、「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」(医師法19条2項)として死亡診断書の作成を、「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」として(医師法21条)異状死の届出を規定しています。
また、医療法は、「病院、診療所又は助産所(・・・)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。
以下この章において同じ)が発生した場合には、・・・遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない」として、いわゆる医療事故調査制度を定めています(医療法6条の10)。
3.医師法や医療法は、いわゆる公法として、私人間の権利義務を直接規律するものではありません。
そこで、医師などにその違反があったとしても、刑罰や行政上のペナルティ、レピュテーションリスクは別として、一般論としては、患者や遺族に対して、違反があることから直ちに損害賠償義務を負うとは考えられていないと思います。
しかし、医師法・医療法も、その目的規定から明らかな通り、結局は国民の健康的な生活を確保するためのものであり、その意味では個々人の権利利益に関わるものですから、当該違反によって権利利益が害されたり、あるいは、違反の程度が相当のものである場合には、損害賠償が発生することも十分にあり得るものと思います。
なお、東京地裁令和3年4月30日判決(本誌2021年10月号掲載)も、医師法上の義務であるカルテ記載に関連し、カルテ改ざんは患者に対する不法行為に構成し得る旨判示しています。
4.本判決も、死亡診断書の記載や異状死の届出については、医師法上の事柄であるからという理由で請求を認めないという論理構造ではなく、本件において原告主張のような死因や異状死の届出も検討はし得るとしつつ、本件の事案に即した事実認定および評価として、そうした義務(違反)があるとはいえないという理屈であり、裏を返せば、あえて認識と異なる死因を記した場合や、記載の死因が医学的に相当不合理な場合などには、損害賠償義務を負う可能性があるとする余地を残すものです。
一方で、医療法上の事故調査制度については、本判決は、同調査制度が責任追及を目的としたものではないことや(その認定は正当ですが)、病院に一次的に判断が委ねられていることなどから、患者の権利利益保護を目的としたものとはいえないと断定していますが、本件での結論はともかくとして、一般論として、余地がないほどまで断定できるものかは疑問が残ります。
この制度は、2015年10月からスタートして、本年で10年の節目となりますが、一定の事例の集積はある一方で、限界や問題点の指摘もあり得るもので、法解釈だけではなく、そもそもの制度的な側面を含めて、今後の議論の活性化が求められるところです。