禁忌薬剤の投与および医師法・医療法上の義務等

vol.263

令和4年4月15日大阪地裁判決(判例タイムズ1506号205頁など)
医療問題弁護団 飯渕 裕 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

1.本件患者は、72歳の女性。

本件患者の夫B、原告X1~X3が子であり原告。

被告Y2(脳神経外科)・被告Y3(整形外科)は、平成30年当時(以下、平成30年は略)、被告病院の勤務医師。

被告Y4は、被告法人理事長。

2.本件患者は、脳梗塞の既往があったところ、7月23日、自宅で転倒し頭部を打つなどし、被告病院に救急搬送。

CT検査などの結果、左大腿骨頸部骨折と診断され、被告病院へ入院。

3.7月25日に左大腿骨頸部骨折に対する人工骨頭挿入術後、28日のMRI検査の結果、右脳梗塞の診断を受け、左半身麻痺の状態。

被告Y3医師は、8月22日、原告らに対し人工骨頭挿入部位がずれ込んでいるため再手術を諮ったところ、手術を希望したので、同年8月25日、本件患者に対し左人工股関節全置換術(第2回手術)を実施。

8月26日午前、本件患者に脳梗塞再発の可能性があり、MRI検査の結果、右大脳半球に急性期脳梗塞が認められた。

被告Y2医師は、同日、被告Y3医師同席の下、原告X1に対し、アルテプラーゼ静注療法による脳内出血、脳浮腫などのリスク、治療を実施しない場合には半身不随となる可能性などについて説明し、同療法を実施するか確認したところ、原告らは本件患者に対するアルテプラーゼ静注療法に同意し、被告Y2医師は、同日午後1時ごろ、本件患者に対し、アルテプラーゼ静注療法を実施した(本件投与)。

同日午後2時47分ごろ、下肢の創部から出血が確認されるなどした後、本件患者は、同日午後4時45分ごろ、呼吸停止となり、同日午後7時2分死亡。

4.被告Y3医師は、8月26日、本件患者の死亡診断書(直接死因は脳梗塞〔発症から1日〕と記載のあるもの)を作成した(被告Y2医師は作成に不関与)。

5.被告Y2医師が本件患者に対し、禁忌薬剤であるアルテプラーゼを投与したこと(本件投与)が注意義務に違反し、被告Y2医師の上記注意義務違反により本件患者を死亡させたことなどは争いがなく請求認容。

原告らは、上記注意義務違反(本件投与)以外に、①被告病院の医師である被告Y3医師に死亡診断書の記載、異状死届出に係る注意義務違反があったなどと主張し、また、②被告病院の代表者である被告Y4に医療法上の医療事故の報告に係る注意義務違反があったなどと主張していた。

判決

※分量の都合で一部要約・証拠引用など略。「・・・」は省略を表す。

1.死亡診断書の記載、異状死届出に係る注意義務違反の争点「原告らは、・・・死亡診断書において、出血性ショックにより死亡した旨記載すべきであるのに、脳梗塞と不適切な記載をした旨主張する。

この点、・・・本件患者が出血性ショック・・・争っておらず、・・・脳梗塞自体は出血性ショックの原因となる傷病名ではないと供述していることからすれば、本件患者に係る死亡診断書において、死亡原因(直接死因)に出血性ショック、その原因として・・・脳梗塞等を記載することも検討できたといえる。

もっとも、被告Y3医師の専門分野は整形外科であり、本件投与を含めた脳梗塞に対する治療は、基本的に脳神経外科の被告Y2医師を中心に実施されたものであり、被告Y3医師は、少なくとも死亡診断書を記載した時点では、本件投与が禁忌であったことを認識していないこと、脳梗塞の治療に関連して生じた事態であり、本件投与後の状態の悪化に脳梗塞が影響していないとは言い難いことなどを踏まえれば、被告Y3医師が死亡診断書に脳梗塞と記載をしてはならないとまでは認め難い。

以上に加え、被告Y3医師らが、原告らから本件患者の死因等についての説明を求められたにもかかわらず、これを拒んだり、あえて誤った説明をしたなどの事実は見当たらないことも踏まえれば、少なくとも、被告Y3医師が自己の認識と異なる死因等をあえて死亡診断書に記載したとは認められず、・・・本件患者に係る死亡診断書において、出血性ショックにより死亡した旨記載すべきであったのに、脳梗塞と記載したことで、原告らの権利利益を違法に侵害したとは認められない」「・・・遅くとも平成30年8月27日までに、創部や体表に付着した血液等から外表から判断できる異状があったことからすれば、異状死として届け出るべきであった旨主張する。

この点、被告Y3医師及び被告Y2医師も創部からの出血により本件患者が死亡するとは予想していなかったなどの経緯を踏まえると、本件につき、異状死として届け出ることも検討し得た・・・もっとも、本件において、外表上、創部からの出血が認められるとしても、前記のとおり、脳梗塞の治療として本件投与を実施した結果、創部からの出血が生じたなどの経緯のほか被告Y3医師は本件患者の遺体を見てはいるが、これをもって検案した、すなわち、死因等を判定するために死亡後の本件患者の外表を検査したといえるかについても検討の余地があること・・・被告Y3医師らが、原告らから本件患者の死因等についての説明を求められたにもかかわらず、これを拒んだり、あえて誤った説明をしたなどの事実は見当たらないことなどを踏まえれば、・・・異状死として届け出なければならない法的義務を負うとまでは直ちには認め難い。

また、・・・被告Y3医師は、少なくとも死亡診断書を記載した時点やその翌日の時点では、本件投与が禁忌であったことを認識していないのであるから、・・・本件投与による死亡を隠す意図を有していたとも認められず・・・原告らの権利利益を違法に侵害したとは認められない」

2.医療法上の医療事故の報告を行うべき注意義務違反の争点「イ.医療法上の医療事故調査制度(医療法第3章)は、医療の安全のための再発防止を目的とし、原因を調査するために、医療機関が自主的に医療事故を調査し、再発防止に取り組むことを基本とした制度であって、責任追及を目的としたものではないと解されるところ・・・この医療事故調査の対象となる「医療事故」該当性の判断は、専ら病院等の管理者に委ねられていること(医療法施行規則1条の10の2参照)、病院等の管理者は、医療事故の報告をするに当たり、死亡した患者の遺族に対する説明をしなければならないとされている(医療法6条の10第2項)ものの、この説明も病院等の管理者による「医療事故」該当性の判断を前提としたものであることなどからすると……医療事故調査等は、患者の遺族の権利利益の保護を目的とするものとはいえず、仮に、病院等の管理者による適切な医療事故の報告がされなかったとしても、これをもって、患者の遺族の権利利益を違法に侵害するものとはいえないというべきである。

ウ.上記イの点を措いても……被告Y4は、医療従事者の認識・判断を踏まえ、本件患者について死亡が起こり得るものとして認識しており、「当該死亡を予期しなかったもの」とはいえない」

裁判例に学ぶ

1.本件は、薬剤の禁忌投与によって患者が死亡した事案で、当該医療行為そのものに関する過失などは争いがなく(そして、態様からすると、被告らが争っても、この点は請求認容となった可能性が非常に高いと思われます)、むしろ、死亡診断書の記載や異状死としての届出がなかったこと、医療事故調査が行われなかったことなど、医師法や医療法上の医師ないし医療機関の義務と損害賠償の関係が争点となっている点で、やや特殊で参考となるケースです。

2.ご存知の通り、医師法は、「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」(医師法19条2項)として死亡診断書の作成を、「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」として(医師法21条)異状死の届出を規定しています。

また、医療法は、「病院、診療所又は助産所(・・・)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。

以下この章において同じ)が発生した場合には、・・・遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない」として、いわゆる医療事故調査制度を定めています(医療法6条の10)。

3.医師法や医療法は、いわゆる公法として、私人間の権利義務を直接規律するものではありません。

そこで、医師などにその違反があったとしても、刑罰や行政上のペナルティ、レピュテーションリスクは別として、一般論としては、患者や遺族に対して、違反があることから直ちに損害賠償義務を負うとは考えられていないと思います。

しかし、医師法・医療法も、その目的規定から明らかな通り、結局は国民の健康的な生活を確保するためのものであり、その意味では個々人の権利利益に関わるものですから、当該違反によって権利利益が害されたり、あるいは、違反の程度が相当のものである場合には、損害賠償が発生することも十分にあり得るものと思います。

なお、東京地裁令和3年4月30日判決(本誌2021年10月号掲載)も、医師法上の義務であるカルテ記載に関連し、カルテ改ざんは患者に対する不法行為に構成し得る旨判示しています。

4.本判決も、死亡診断書の記載や異状死の届出については、医師法上の事柄であるからという理由で請求を認めないという論理構造ではなく、本件において原告主張のような死因や異状死の届出も検討はし得るとしつつ、本件の事案に即した事実認定および評価として、そうした義務(違反)があるとはいえないという理屈であり、裏を返せば、あえて認識と異なる死因を記した場合や、記載の死因が医学的に相当不合理な場合などには、損害賠償義務を負う可能性があるとする余地を残すものです。

一方で、医療法上の事故調査制度については、本判決は、同調査制度が責任追及を目的としたものではないことや(その認定は正当ですが)、病院に一次的に判断が委ねられていることなどから、患者の権利利益保護を目的としたものとはいえないと断定していますが、本件での結論はともかくとして、一般論として、余地がないほどまで断定できるものかは疑問が残ります。

この制度は、2015年10月からスタートして、本年で10年の節目となりますが、一定の事例の集積はある一方で、限界や問題点の指摘もあり得るもので、法解釈だけではなく、そもそもの制度的な側面を含めて、今後の議論の活性化が求められるところです。