腹部造影CT検査の結果を受け速やかにEOB造影MRI検査などの
検査を行う義務の違反と死亡との因果関係、損害

vol.264

東京地方裁判所 令和6年9月13日判決(令和5年(ワ)第22993号事件 判例集未登載)
医療問題弁護団 谷 直樹 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

患者(昭和25年生まれの男性)は、平成28年11月に腹部造影CT検査を受けた。

同検査の読影報告書には、「肝硬変、肝S7多血性病変、肝S2早期増強域:S7病変はHCCに相当。

S2についてはAPシャントとの鑑別が問題となる。

EOB造影MRI検査の適応です」と記載されていた。

患者は、当時、肝S2に腫瘍径13mm・ステージI・腫瘍数1の肝細胞癌を発症していた。

私的総合病院の消化器内科の被告医師は、EOB造影MRI検査を実施しなかった。

患者は、令和元年7月、腹部造影CT検査を受け、肝S2に腫瘍径56mm、ステージIIの肝細胞癌が発見された。

患者は、同月、大学病院消化器内科に入院し、椎名秀一朗医師によりマイクロ波焼灼術およびラジオ波焼灼術を受け、翌月退院した。

患者は、その後も、大学病院に通院し検査を受けていたところ、令和2年1月のEOB造影MRI検査により、肝S2に8mmの結節病変が発見され、同年4月のEOB造影MRI検査を経て、肝細胞癌の再発と診断された。

その後、再びラジオ波焼灼術などを受けたものの、訴訟提起後の令和5年9月、肝細胞癌破裂により死亡した。

患者の姉が訴訟を承継し原告となった。

判決

1 注意義務違反

被告医師に、腹部造影CT検査の結果を受け、平成28年11月以降速やかにEOB造影MRI検査などの検査をする義務があったにもかかわらず、それを怠った注意義務違反が存在することについては争いがない。

判決は、(1)腹部造影CT検査の読影報告書には、肝細胞癌の疑いがあること、EOB造影MRI検査の適応であることの記載が含まれており、早期肝細胞癌の検出においては、EOB造影MRI検査が最も有用であった。

(2)腫瘍径が小さいほど予後が良いこと、肝細胞癌の再発率は高いことなどを根拠に、肝細胞癌の確定診断を速やかに行い、早期に治療を開始するために、被告医師はEOB造影MRI検査を速やかに行うべきであったと判示した。

2 高度の蓋然性

判決は、患者が約7年間のうちに肝細胞癌が再発する可能性は相当程度に高いものであったといわざるを得ず、「本件注意義務違反がなかったとした場合に、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性があるものと認めることはできない」と判示した。

その根拠は、次の通りである。

(1)肝細胞癌は、治療方法が肝切除であっても焼灼療法であっても、5年再発率が70から80%とされ、再発率は高い。

(2)ステージIの肝細胞癌であっても、5年相対生存率が63%から70%、10年相対生存率が34.5%とされる。

(3)患者を治療した椎名秀一朗医師によるラジオ波焼灼術を受けた肝細胞癌患者では、単発、腫瘍径3cm以内、Child-Pugh分類Aに限った場合でも、5年生存率は74%、10年生存率は41.3%である。

3 相当程度の可能性

判決は、速やかにEOB造影MRI検査などの検査を受けることにより、ステージIの肝細胞癌であるとの確定診断を受け、その治療を受けていれば、その死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が存在するものと認められる、と判示した。

その根拠は、次の通りである。

(1)肝細胞癌の肝切除の場合の予後因子として、腫瘍径、腫瘍数、脈管侵襲の存在、肝機能が挙げられている。

(2)患者は、平成28年11月時点で、肝細胞癌の腫瘍径は13mmと比較的小さく、腫瘍数は1個のみ、脈管侵襲はなく、Child-Pugh分類Aと肝機能が良好であった。

(3)前記の肝細胞癌患者の相対生存率など。

4 慰謝料の認定

判決は、原告の慰謝料は800万円と認めるのが相当である、と判示した。

その根拠は、次の通りである。

(1)被告医師は、約2年8カ月もの長期間にわたり、EOB造影MRI検査などの検査をすることなく、肝細胞癌を発見することができなかった。

(2)EOB造影MRI検査を行うべきであることは前述読影報告書にも記載されているものであって、その注意義務違反の程度は大きい。

(3)その結果、患者は、肝細胞癌に対する治療の開始が3年近くも遅れ、肝細胞癌が進行し、腫瘍径は13mmから56mmへと4倍以上に巨大化してしまった。

(4)患者は、被告病院において消化器専門医の受診を継続していたにもかかわらず、約2年8カ月もの間、再発率が高く生存率の高くない疾患である肝細胞癌の確定診断を受けることができず、放置されたまま、その治療を受ける機会を失った。

(5)再発を繰り返している肝細胞癌患者であった患者が、早期に発見されていれば完治できたのではないかとの期待を抱くのは無理からぬことであるところ、この期待を失わせる結果となり、治療を受けることのないままに肝細胞癌を進行させたうえ、交渉過程において、被告病院の院長が注意義務違反を否定する発言をするなどしていたのであるから、本件注意義務違反によって患者の受けた精神的苦痛は極めて大きい。

(6)以上の事情に加え、肝細胞癌の再発率、生存率、被告との交渉の経緯、その他の本件に現れた全ての事情を考慮する。

(7)被告は、患者が、令和元年7月時点では適応外であった焼灼療法を自ら希望して受けたところ、これが死期を早める一因となった可能性があり、慰謝料が減額されるべきであると主張するが、これが慰謝料を減額することになる理由が全く示されていないから、失当というほかない。

判決は、慰謝料以外の損害も認定し、原告の請求は損害金918万4801円およびこれに対する年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある、とした。

裁判例に学ぶ

早期肝細胞癌の検出においてはEOB造影MRI検査が最も有用であることを確認した判決です。

患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性について、裁判所は、統計数値から認定するため、そのハードルは高いですが、相当程度の可能性は認められます。

慰謝料の認定において、被告医師の長期間の懈怠、注意義務違反の程度の大きさ、被告病院の院長の発言、交渉の経過、患者の受けた精神的苦痛は極めて大きいことなどが評価されています。

裁判所は、注意義務違反の程度、事故後の対応もみていることが分かります。