眼科初の3D MRIで「生きた眼球の全貌」を解明
いつしか、大野氏はこの世界で「クイーン・オブ・マイオピア」(近視の女王)と呼ばれるようになった。
だが、大野氏自身にも重度の「強度近視」があることはあまり知られていない。眼科に進む直接のきっかけは医学生時代に見た眼球が「あまりにきれいだった」ことだが、「明日は我が身」という意識も、研究へのモチベーションにつながった。
入局して3年後、前教授の所氏から「強度近視外来」のスタッフに抜てきされたのを機に、この世界にどっぷりとのめり込んだ。当時は、週末を返上して過去40年間に来院した全ての患者のカルテに目を通し、学びを深めたという。そしてある日、これまでは治療の必要がないといわれていた疾患の眼底に、高い確率でひび割れがあることに気付いた。それは、眼球変形を起こす最初のサインだった。
小さな発見であったが、「教科書ではなく患者さんから学ぶことが大切である」と実感した。上司の「病気は始まり方にこそ本質がある」という言葉にも影響を受け、真実を突き止めることが自分の使命だと思うようになっていた。それからは、病的近視一筋に道を進んできた。
実は、眼科にはまだ分かっていないことが多い。正常な目とは、近視の定義とは、眼軸と身長は比例するのになぜ小柄なアジア人に近視が多いのか、などだ。
そして、かねて疑問に思っていたのが、眼球の全体像はどうなっているのかだ。これまでの眼科では「生きた人間の眼球全体」を見ることができなかった。大野氏はこの課題に真っ向から対峙した。そして2010年、世界初となる「眼球3D MRI」の開発に成功したのだ。
3D MRIは、撮影した画像から眼球部分だけを取り出し3次元化する。病的近視は眼球の変形を伴うのでとても有効である。リスクが高いのはどの変形パターンなのかを事前に突き止めることができるようになる。その結果、病的近視には紡錘型・樽型・鼻側変位・耳側変位型の4つのパターンがあることが分かった。このうち視神経障害を起こす確率が80%と最も高かったのが、「耳側変位型」で、眼球から突出するぶどう腫が耳側に向かって飛び出すパターンである。
だが、パターンを解明したからといって、予防までできるわけではない。
自分の子供の近視が将来失明に至るか、その合併症のリスクは学童期にある程度分かるようになった。あとは、いかにして予防するかだと、大野氏は考える。
そして今、大野氏はこの予防策として強膜を補強する研究に精を出す。
病的近視の眼球は、強膜の薄くなっている部分から飛び出すことに着目、弱った強膜を事前に補強しようというのだ。「眼科でいまだに『失明』する疾患が存在するのは恥ずべきこと。在任中、必ず病的近視の失明をゼロにするつもりです」
□眼科が切り開く他科の未来世紀の発見につながる予感
眼科研究の進化はとどまるところを知らない。すでに、うつ病やアルツハイマー型認知症の治療にまで発展していく展望も出てきた。
白内障の手術をした後に認知症のスコアが良くなることもあり、逆に、目が見えなくなると認知症が進行する、という現象が以前から起きていた。大野氏も自身が担当する、統合失調症を合併している重度の白内障の患者が、手術後に別人のようにコミュニケーションが取れるようになったことがある。目から入ってくる光や情報の刺激は、目以外にも大きな可能性を秘めていそうだ。
大野氏は、アルツハイマー型認知症の原因タンパク質となっているアミロイドβが、加齢黄斑変性の原因物質であることを、研究ですでに突き止めている。「加齢黄斑変性は目のアルツハイマー病である」という解釈もできる。今後は、眼科の診断がアルツハイマー型認知症の早期発見につながる希望も出てきた。
大野氏の抱えている研究は、あらゆる眼科分野に及ぶ。そして、その曇りなき目で眼科の可能性を追求している限り、この分野の発展が終わることはない。