どの診療科にも当てはまらない不明疾患を診る 内科診療のスペシャリスト 國松 淳和

医師のキャリアコラム[Challenger]

医療法人社団 永生会 南多摩病院 総合内科・膠原病内科 部長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

診断名が特定できず、「原因不明」の状態で治療を受けられない患者がいる。そうした診断のつかない患者が救いを求めて訪れるのが、南多摩病院の総合内科外来である。担当するのはリウマチ・膠原病診療を専門とし、不明熱や不明疾患の診療に定評がある國松淳和氏。多くの医学書の著作があり、また医師向けのレクチャー動画の人気講師でもあることから、その名を知る人も多いだろう。國松氏の外来では、複数の医療機関にかかっても治らなかった不明疾患や難病を抱えた患者の症状が改善されていく――。そんな國松氏の診療スタイルとはどのようなものなのか見ていきたい。

診断名がなくても治療はできる 原因を見つけ解決する“治し屋”

「不明疾患は、診断がつかなくても治療できます」

そう言い切るのは南多摩病院の総合内科・膠原病内科部長の國松淳和氏。他院で診断がつかなかった患者を引き受け、治療に結びつける内科診療のスペシャリストだ。1日に30~40人を診る外来では、難病の全身性エリテマトーデスや家族性地中海熱から、風邪や高血圧、間質性肺炎、関節リウマチ、バセドウ病、思春期特有の疾患まで、ありとあらゆる症状の患者が列をなしている。

多くの患者が「診断不明」で紹介されて来るが、國松氏は自身を診断の専門家とは考えていない。

「私に相談された時点で、他院での検査が不十分だったり、医師が疾患を見逃していたりすることは、実はほとんどないんです。多くの症状は診断名という定義に当てはめることができないだけ。診断をつけることよりも、その症状をどうやって解決に向かわせるかが大事です」

特定の診断名に当てはめていくことは、いわば白黒をつけるようなもの。診断がつかないグレーの状態で治療を行うことは、当然、医師にとって不安が伴う。そうした診断不明で治療に結びつかない患者を救いあげているのが、國松氏の診療なのである。だから、自らを診断の専門家ではなく、“治し屋”だと言う。

「たとえ診断がつかなくても、症状が出ている原因は分かることが多い。症状を改善させるために必要なのは、分からなくても引き受ける度量と勇気ではないでしょうか」

最短距離のゴールを目指し会話で多くの情報を引き出す

國松氏の外来では、どのようなプロセスで症状が改善していくのだろうか。初診の患者にまず聞くのは、1日の過ごし方である。

――何時に起きるのか、朝食は取るのか、それは誰が作って、誰と食べるのか。食後は何をしているのか、運動はするのか、お酒は飲むのか、何時に寝ているのか。

起床から就寝まで1日の流れに沿ってあらゆる情報を会話の中から引き出すのが國松流である。

「家族構成から食生活、運動習慣まで診療に必要な情報を多く聞き出せるので効率がいい。型にはまった病歴聴取よりも、自然な会話から得られる情報量のほうが圧倒的に多いんです」

会話から得た情報を基に立体的に患者を捉えることで、その後の診療効率は格段に上がる。そこで大事なのは、患者さんと常識的な話をして、常識的な反応を返すことだという。

「朝4時に起きると言われたら『ずいぶん早いですね』と驚き、『ずっと家の中にいる』のなら『なぜ外に出ないんですか?』と聞く。日常的に会話が少ない患者さんは症状をため込みやすい傾向にあります。自分の反応を見せることが患者さんの意識や行動を変えるきっかけにもなるのです」

不明疾患の診断では、どれだけ多くの情報が引き出せるかが肝となる。そして可能性がある疾患が絞られてきたら、ピンポイントで身体診察をして原因を突き止める。「いかに最短距離でゴールにたどり着けるか」も、國松氏が大切にしていることだ。例えば、患者が服を脱ぐ手間を省くため胸ではなく、首や鎖骨下などで聴診することもある。また、舌圧子を使わずに咽頭を観察する方法や、腹痛患者の触診では5段階の強さを用いて的確に患部を探し当てる方法など、さまざまなオリジナルの診察手法がある。

「臨床医はいわば職人であり、自分なりの流儀を持つことが許される職業だと思っています。身体診察も決まったやり方に縛られることなく、より精度を高めるために自分なりに工夫していけばいい」

さらに、薬の処方にも工夫がある。

例えば、咳の症状一つとっても、喘息があるのか、風邪で気管支が敏感になっているのか、喉や肺を酷使する仕事についているからなのか、咳を我慢しているから余計に出るのかなど、さまざまな原因が考えられる。咳が止まらなくなるまでに至る経緯や、どのような薬をどれだけ使って効かなかったかなど、ここでも会話による細かい情報収集が欠かせない。さらに年齢、性別、季節なども考慮し、その時その患者に必要な処方を考える。だからこそ、高い精度で治すことができるのである。

「グラデーションのように多数の因子が複雑に絡み合って症状が出る。その中から比重が大きい要素を判断し、どこからアプローチすればよいのかを緻密に考えて処方します」

手探りの膠原病治療に危機感「難病の患者を助けたい」

今でこそ、豊富な知識に裏打ちされた臨床推論で高く評価される國松氏だが、大学時代は勉強に身が入らない劣等生だったと語る。追試をくり返して進級し、卒業試験は“条件付き”でギリギリ合格。条件だった医師国家試験対策の勉強を始めたときに味わった感覚は、今でも忘れられないという。

「まるで乾いたスポンジが一気に水を吸収するかのように医学知識が頭に入ってきて。これは面白いなと」

臨床医学の面白さに引き込まれ、内科に進もうと決意した。卒業後、内科に入局すると、ある問題意識を持つようになる。それは、病院内に膠原病を専門的に診られる医師がおらず、各科の医師が都度、手探りで治療を行っていたことだ。

「難病だからしょうがない、みたいなムードがありました。これではいけない、と危機感を覚えました」

そこで、研修医だった國松氏は驚くべき行動に出る。上司に「膠原病の患者さんは全部僕に回してください」と頼み込んだのである。右も左も分からない膠原病治療の指針になったのは、『膠原病診療ノート』(日本医事新報社)という1冊の本。著者の三森明夫氏は国内の膠原病治療をけん引する存在である。「もっと膠原病を学びたい」と、國松氏は3年目には医局を辞めて、三森氏が勤務する国立国際医療研究センターの膠原病科へと移った。

「1日1回は三森先生に質問をする。自分から患者を引き受けに行く。振られた仕事は全部受ける。その3つを自分に課して、知識とスキルを吸収していきました」

当時、まだ感染症科がなかった同センターでは、不明熱や感染症について膠原病科に相談されることが多く、どんな患者でも引き受けるという國松氏の診療スタンスはこの時期に築かれている。どの診療科でも専門的に診られない患者を多く診療したことで、診療スキルが上がり、さらに患者が集まる。患者が治っていくのが嬉しく、さらに学びを深める――。その好循環をくり返しながら腕を磨いていった。

医師10年目の気付き 不明熱外来で気持ちが変化

國松氏が「診断がつかなくても治療ができる」と考えるようになったのは、医師になって10年目に不明熱外来を担当したことがきっかけだった。

「診断がついて治療ができた、というケースがほとんどなくて。なんとか診断名を見つけてあげたいと思っていたのですが、うまくいかずに疲弊していきました」

わざわざ遠くから来る患者に「診断名はない」と伝えるのはつらかった、と当時を振り返る。病気がなくても、熱が続くことはある。多くの患者を診るうちに、いかに自分が診断名をつけることにとらわれていたかに気付かされた。

「診断がつかなくても、それぞれの患者さんにとっての解決策を見つけていけばいいのだと、気持ちが切り替わりました」

外来を続けるうちに、診察時のコミュニケーションによって症状が改善していくケースが増えていった。ある患者は、「熱があってつらい」と受診したが、数カ月後、体温は変わっていないのに熱のことを一切口にしなくなったという。

「患者さんは自分の体の状態をうまく伝えられずに、体温という目に見える数字でつらさを伝えようとしているんです。不安があるから1日に何度も測ってしまう。一度、こちらが全てを受け止めたうえで治療を進めていくと、解決の道が見えてきます」

不明熱の患者は、手足の痺れや長引く咳、片頭痛など、熱以外の症状でつらさを感じていることも多く、それらの症状を治療で少しずつ取り除いていくと、患者の不安は解消されていく。熱の高さは変わっていなくても、意識が向かなくなる。それも解決の一つだ。

「私が推奨するのは受診間隔を短めにすることです。次の予約日が決まっていれば、『そのときに話せばいい』と思えるので、不安が先行しなくなる。また、定期的な通院は患者さんの治療や服薬に対する理解を深める。それで良くなっていく症状もあります」

國松氏はこれまで数々の書籍を執筆し、不明熱診療や内科外来診療のコツなどについて分かりやすく解説している。その動機は「臨床医学の面白さを伝えたい」からだ。

「臨床がつらくて離れてしまう医師がいますが、少しでも臨床の面白さを知ってもらいたい。私の本を読んで『書いてあった通りに実践したらうまくいった!』と言ってもらえると、とても嬉しいですね」

次なる目標は思春期診療 不登校児のケアに注力

國松氏が現在、力を入れているのは総合内科で行う思春期診療である。思春期の体調不良によって不登校になる子どもの数は、全国的にも増えている。メンタルの不調を診る児童精神科は、初診の予約が取りにくい上に、中高生は対象外とされることもある。その一方で、成人の精神科では小児に対応できず、適切な介入がなされないまま患者が迷子になっている現状がある。

「不登校はメンタルの不調が原因だと考えられがちですが、ほとんどは体の不調から始まります。私の外来では、頭痛や吐き気、下痢、めまい、だるさなどの身体症状には薬で対応しながら、気持ちの切り替えのコツなどを教えています。子どもたちにとって、学校でも家庭でもない第3の安全な場所があることが大切です」

また、國松氏は南多摩病院での診療の傍ら、月2回は精神科病院での内科診療にも携わっている。精神疾患がある患者は、それを理由に一般の病院で身体的な治療を受けられないことがあり、やはり診療科の狭間にこぼれ落ちてしまっているのである。

このように一貫して、行き場のない患者を救ってきた國松氏。診療のモチベーションは何なのだろうか。

「知的好奇心でしょうか。難しい疾患ほど解決できたときの喜びが大きい。それに、長年病気を抱えていた患者さんを治せると、ものすごく感謝してもらえるんですよね」

どんな不明疾患も引き受けて症状を改善させてきた“治し屋”は、これからも医療が届かず苦しむ患者を見つけては手を差し伸べ続けるのだろう。

P R O F I L E
プロフィール写真

医療法人社団 永生会 南多摩病院 総合内科・膠原病内科 部長
國松 淳和/くにまつ・じゅんわ

2003 日本医科大学卒、日本医科大学付属病院第二内科
2005 国立国際医療研究センター 膠原病科
2008 国立国際医療研究センター 国府台病院 内科/リウマチ科
2011 国立国際医療研究センター 総合診療科
2018 南多摩病院 総合内科・膠原病内科 部長

所属

日本内科学会総合内科専門医/日本リウマチ学会リウマチ専門医

専門

内科、不明熱・不明疾患の診療、自己炎症性疾患

座右の銘: この世の最上の飲み物は、口に出かかった人の悪口をぐっと飲み込むことである
愛読書: 漫画『LIAR GAME』
影響を受けた人: 玉置 浩二
好きな有名人: BLACKPINKのROSÉ、『SPY×FAMILY』のヨル
マイブーム: 老眼鏡
マイルール: 原稿を書き終わってほっとしない。ほっとするのは次の原稿のファイルを作ってから。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2024年3号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。